道標 6
「……で?」
「で?」
カティアはすっとぼけた声をわざと返す。
その間にも手だけは止めない。
子どもの一人、ジュシュアの腕に薬を塗り、清潔なガーゼで覆うとくるくると包帯を丁寧に巻いた。
その手際はもう慣れたものである。
「……奥様。もう一度聞きます……。で、どうしてここにいらっしゃるんですか?」
その家令・ブラックンの冷たい声音に、ジュシュアが怖がって思わず逃げる。
だが、カティアは意にかえさず、
「レティア~、次は貴女の番よ~」
と声を少女にかけた。
ブラックンが再三、「止めてください」「邪魔です」と注意してもカティアは子どもたちの世話をするのを止めなかった。
否、カティアは意地でも止めるつもりはなかった。
例え、帰ってきた伯爵様に怒られても、だ。
「私は、ね」
全ての子どもたちに、薬を飲ませて包帯等を変え終えるとカティアは去ろうとしたブラックンに語り始める。
「この子たちが、まるで他人事の様に思えないの。私は、こんな瞳だから。気持ちが解るの」
「…………」
「それに」
とカティアは続ける。
「伯爵様に借金の肩代わりもしてもらってるお礼がしたいの。感銘も受けたし」
ブラックンは、何も言わない。
ただ、黒の長い前髪の向こうで笑った気配がした。
ドキリ。
カティアはブラックンのそんな反応に、何故か胸が鳴った。
「……もう、お好きにしてください……」
「ブラックンさん」
「ブラックン、と呼んでください……」
ブラックンはそう言うと、地下室の階段を上がっていってしまった。
それからも、毎日カティアは決まった時間にブラックンと子どもたちの世話をした。
時には、熱を出した子供の一人の為に一緒に一晩地下室で夜を明かしたこともあった。
時には、子どもたちの世話を巡って討論もした。
ある時、カティアが子どもたち全員の新しいパジャマを作ったときは、一緒にミシンを使って裁縫もした。
意外とブラックンは不器用であることが判明。
カティアは、ボタンの縫い付けに悪戦苦闘するブラックンに声を出して笑っていた。
恨めしそうな視線が飛んでくる。
こうして、カティアとブラックンには一緒にいる時間が増えていたのだった。
ブラックンは言葉と態度とは裏腹に、優しく常にこちらを気遣ってくれるのがわかった。
伯爵様の妻なのに、いつの間にか、本当にいつの間にかカティアはブラックンに惹かれている自分に気付いてしまった。
それは、子どもたちの最年長のロイドに指摘されてからだった。
「カティア」
「何、ロイド。今日は足を少しマッサージしましょう。リハビリってものよ」
「お前さあ。伯爵様の奥さんなんだろう」
「ええ、そうよ」
いつもなら、ズバズバ言ってくるロイドの言葉が歯切れが悪い。
「どうしたの、ロイド。貴方変よ今日」
足のマッサージの手を止めて、カティアはロイドの顔を見る。
「お前、ブラックンさんに恋してるだろ」
一瞬、何を言われたのか、カティアは分からなかった。
が、次の瞬間ぼっと顔が赤くなる。
「な、何を言うの! 私は人妻よ。そんなわけないじゃない!」
「お前さー、その態度でもうまるわかりだぞ」
「ロイド!」
カティアは思わず叫んだ。
その声に子どもたちが心配げに寄ってくる。
「猫のおねーさん、顔赤いよ?」
「熱あるんじゃない?」
“猫のおねーさん”はカティアの子どもたちからの愛称だ。
この頃は、ブラックンにも冗談で呼ばれている。
その声を思い出し、さらに顔が赤くなる。
ブラックンに恋をしていることをはっきり自覚したカティアだった。
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