道標 5
扉は音もなく開いた。
そこには……!
カティアは目の前の光景に目を見開いた。
何とそこには。
「伯爵様来たー!」
「もう、お薬の時間?」
「え、ブラックンさんでもないよ」
「あんた誰だ!」
わらわらとパジャマを着た子供たちが居た。
カティアは想像していた光景と違って言葉も出ない。
てっきり、もうそれは見てもいけないこの世の終わりの光景が広がっていると思っていたのだ。
「お姉さんも伯爵様に買われた奴隷?」
ちょんちょんと、服を引っ張ってくる子どもにカティアは我に返る。
「えっと……」
どう言えばいいのか、言い淀んでいるカティアに子どもたちは興味津々といった感じでいる。
「猫さん!」
びくり。
カティアの肩が震えた。
「お姉さんの目、色違うんだー病気?」
二人の女の子がカティアの目を見てびっくりしている。
よく見ると、片方の女の子は松葉杖を持っている。
もう片方は眼帯をしているではないか。
そこでカティアはその場に居る子どもたちが何かしら怪我をしていのに気付いた。
「あんた、伯爵様と結婚した人だろう」
そこへよく通る声がした。
声のした方を見ると、幾つものベッドが並んでいる内の一つに男の子が寝ていた。
「カティアって言ったっけ。借金の肩代わりに嫁に来たっていう」
すらすらとこちらの正体を言う男の子にカティアは驚く。
「……よく、知っているわね」
「よく聞こえる、耳があるからな。どんな噂でも聞こえるよ」
「ロイド兄ちゃんすごいー」
ベッドの周りに子どもたちが集まっていく。
どうやらあの男の子はロイドという名前らしい。
それにしても。とカティアは思う。
「ここは一体」
他のベッドにも寝て居る子どもが数人居る。
地下室に居た子どもは全部で10人以上は居るだろう。
「おい、あんた早く立ち去れよ」
ロイドが言う。
「あんた、ここに来ちゃいけない約束だろ」
すると、隣のベッドからひどい咳が聞こえてきた。
「アンナ姉ちゃん!」
子どもたちが叫ぶ。
カティアは思わずその女のベッドに行くとその背中をさすってあげた。
「苦しい……」
アンナという女の子はとても苦しそうだ。
「……アンナ。もう少しの辛抱だ」
ロイドが辛そうに声をかけるのを見て、カティアはロイドが事情を話してくれそうだと思った。
「ロイド、教えて。ここは一体……」
「……」
「お願い、ロイド」
カティアは頭を下げる。
「……ここは病気や怪我の奴隷の子どもたちを伯爵様が買って治療してくれる地下室なんだ」
「病気や、怪我」
「そう。俺は足が不自由だ。誰も買わない所を伯爵様に買ってもらったんだ」
「わたしは目が片方変なの」
「ぼくは手の骨折ったんだー」
子どもたちは口々に自分の病気や怪我を口にする。
「みんな、似たような事情で買ってもらったんだ。本当に伯爵様には感謝している」
「ロイド……」
「ああ、憐れむなよ。ったく」
カティアの、伯爵に対するイメージが大きく変わった。
だから書斎には医学書が沢山あったのだ。
「奥様……」
ぎくり!
後ろから、それはそれは怖い声が聞こえて、カティアの肩が跳ねた。
あの家令が立っていた。
「地下室に行ってはいけない、お約束でしたよね……」
ぼそぼその声に怒りがこもっている。
「……その様子だと、もう事情をお知りになったようですね……」
「ごめんなさい!」
「はあ……。いいんですよ、もう知ってしまったならば……」
家令は、大きくため息をつく。
そして、抱えていた薬瓶の箱と包帯等を傍にあった机に置く。
「……皆さん、薬と包帯の交換の時間ですよ……」
「はーい」
「ブラックンさん、アンナ姉ちゃんにいつもの薬お願い」
子どもたちが家令、どうやらブラックンという名前の家令に寄っていく。
「手伝いましょうか?」
カティアは堪らずに手伝いを申し出る。
「……。じゃあ、その子の包帯を」
カティアは言われた通りに包帯を変え始める。
ブラックンは手際よく子どもたちに薬を配っている。
その様子を眺めながら、カティアは決意したのだった。
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