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道標 4

「え……、どういう事かしら?」

「伯爵様はしばらくお出かけになります。長いお出かけの予定であるのです……」

髪の毛の短い、花嫁に相手側が特に仰天するという事もなく式は粛々と進んで今現在。

カティアは眉根を寄せて、目の前の家令に尋ねていた。

カティアの自室とされている部屋は広くもなく狭くもなく、丁度いい居心地の広さであった。

家具も一新されたのか、ピカピカでカティア好みのデザインの物ばかりであった。

ただ。

目の前の家令の言葉に、見えないように胸を撫で下ろした事は、カティア自身が一番不安がっていた初夜を今夜過ごさなくていいという事であった。

「伯爵様は、いつお戻りなさるの?」

「長い間、留守に。という事です……」

黒い前髪が長いうえ、やたらぼそぼそと喋る背の高い痩せた家令は一つ、指を立てた。

「奥様……。この結婚は偽装結婚だという事を、申告しておきます……」

「偽装結婚……」

呆然とするカティアに、家令はさらに指を二本立てた。

「二つ、奥様に約束していただきたいのです……」

「約束?」

「はい……。一つ目……。地下室にはいかないこと……。二つ目……。地下室にさえ近づかなければ屋敷の中では自由に暮らしていい。とのことです……」

カティアは、先ほどこの家令の案内で屋敷内を軽く見た時、地下室への階段が何処にあるのかさっぱり分からなかった事を思い出して首を傾げた。

なのに、近づくなという事なのか。

訳が分からない。

もくもくと疑問が沸いてくるが、この姿に対して家令も式中の伯爵も何も言わないのだから、何よりなのかもしれない。

カティアが胸中でこんな思いを考えている内に、家令はさっさと部屋を出て行ってしまっていた。

そして、結婚式から二週間が経った。

あの家令は時たまカティアの様子を見に来るくらいで、黙ったまま何も言わない。

そんなカティアと言えば……。

「暇だわ……」

絶賛、暇を持て余していた。

屋敷の中には書斎があったが、難しい医学書や本ばかり。物語や小説の類は一切無かったのである。得意の裁縫も、もう飽きるほどしていた為、無駄に腕が上がっていくばかりであった。

三週間が経った時。

「地下室にさえ、近づかなければ、いいのよね」

カティアの我慢の限界が来ていた。

カティアは、汚れてもいい服を着ると屋敷の掃除を始めた。

元来綺麗好きのカティアである。

あちこち、掃き掃除をし、物を磨き上げる。

広い屋敷の中、雑用は見つければ幾らでもあるようだ。

るんるん気分で掃除をするカティアを、あの家令はやはり黙ったまま遠巻きに見つめてくる。

それさえ、気にしなければ快適だった。

ある日。

今度はどこの部屋の掃除をしようか、と思っていたカティアはある廊下の大きな、等身大ほどもある絵画の額縁に埃がたまっているのを見つけて嬉々とした。

ところが、少し違和感に気付いた。

「何か、絵を引きずったのかしら?」

そんな様な跡があるのだ。

不思議に思ったカティアが絵に触れた時だ。

絵が、横にスッとスライドしたのだ。

「え!」

驚くカティアをよそに、スライドした絵の後ろには……。

「こんな所に有ったんだわ」

地下へと伸びる、階段が現れたのだった。

それは、まさに地下室への階段に間違いない。

「あら、階段にも埃が……」

もう(さが)である、カティアの綺麗好きがうずうずとし、いけないと言われた階段をカティアは箒で掃きはながら降りて行ってしまった。

階段を降りると、一つの扉があった。

鍵は、かかっていなかった。

ここで引き返せば、何も言われずに済む。

そこで戻りかけたカティアの頭に、思い出す話が浮き上がった。

『伯爵は奴隷商人のお得意様で、幼い子どもの奴隷を買っては手足を切り刻んでいるらしい』

だが、本当にあの噂が本当ならばこの先には……。

ゴクリとカティアは息を呑む。

そして、扉に手をかけた……。



お読みくださり、本当にありがとうございます。

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