道標 3
そうして、私たち家族は多額の借金を背負ってしまったのだった。
こんな家の事情を持った私を、娶りたいという奇特な家はもう無くなっていた。
それから一年後。
借金を少しずつ返済をする余裕もなく、細々とした暮らしをしながらの中にそのお話は舞い降りてきた。
『貴女を是非とも嫁に迎えたい』
暗い部屋の真ん中で震えていた私は、ふと静かになった窓の外を見て仰天した。
綺麗な馬車が家の前に停まっていた。
よく見ると、伯爵家の紋章が入った馬車であった。
この家の数少ない手伝いが応対し、手紙を持ってきた時には、一体何の用だろうと訝しんだ。
手紙の内容はというと。
私を嫁にという事と、その代わりに借金を払うという事であった。
「わ、私を……嫁に……? そして借金の返済まで……?」
臥せる両親に取り敢えずを報告する。
諸手を挙げて両親は涙を流して喜んだ。
翌日には床上げまで出来たんだから、相当の喜びようだったに違いない。
対する私は沈むわけでもなく、ただ淡々と婚姻が進む過程を見守っていた。
私がいよいよ嫁ぐ前の日。
涙ぐむ両親との最後の晩餐を終え、部屋に戻った。
私の世話をしてくれた手伝いが、何か言いたそうな顔をしているのに気付いた。
「どうしたの? さっきから落ち着かないわね」
「お、お嬢様、お嫁に行ってはなりません! あ、あんな黒い噂の伯爵家になんて!」
さめざめと泣きだす高齢の手伝いはこう説明してくれた。
噂曰く。
伯爵は奴隷商人のお得意さまで、幼い子どもの奴隷を買ってはその屋敷の地下で手足を切り刻んで遊ぶという、狂ったお方だというのが真実らしい。
「そう」
話を聞き終えて私は、ポツリと反応しただけであった。
どんなお方であろうが、その黒い噂の伯爵様しか、もう私を娶ってくれる人はいないのだから。
泣くお手伝いをどうにか下がらせてから、私は鏡の前に立つ。
灰色の髪の毛は醜くも緑色の斑模様だ。
引き出しから、大ぶりのハサミを取り出すと……。
ザック、ザック!
私の足元に髪の毛の束が落ちる。
「……これで、伯爵さまに好かれることなんか、無いわ……」
その日の晩、こうして私は眠りについた。
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