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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第4章 ずっと側にはいられない
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【第4章】 星空キャンプ編 23


 23


「あら? ここの二人は?」

 すずにそう尋ねられ、春香は「トイレです!」と即答した。少し、返答が早すぎたかも知れない。

 食堂は昼食の真っ最中だった。がやがやと子ども達がハヤシライスを口に運んでいる。

 そんな中、春香はテーブルに一人で座っていた。隣の席には食べ終わったハヤシライスの皿が二つ並んでいる。

「そうなの。二人とも?」

「はい。二人ともです」

 すずはじっと春香を見つめた。

 春香は背中に冷や汗が流れるのを感じた。

 疑われている?

「あのね、スピカちゃん」

「は、はい」

「ちょっと、二人で話をしましょう。別室に来てくれる?」

 春香は心臓が止まるかと思った。

 やばい。

「え? ふ、二人でですか?」

「ええ。大事なお話なの」

 やばいやばいやばい。

 どれがバレたのだろう。

 懐中電灯を他の部屋から盗んだことだろうか。

 リュックをみんなで背負おうよと奈緒が女子達を扇動したことだろうか。

 食堂のラップを持ち出したことだろうか。

 味海苔の袋を根こそぎ持ち去ったことだろうか。

 おかわりを何度もして、白ごはんをまとめてラップで包んで部屋に持ち帰り、味海苔も使っておにぎりを大量生産したことだろうか。

 それとも、トランシーバーを盗んだことか。

 花火を持ち出したことか。

 それとも・・・・・・

 

 ダメだ。心当たりが多すぎる。


 時間を。時間を稼がないと。

「あ、あの。二人が戻ってきてからでもいいですか?」

「ダメよ。今すぐ来て欲しいの」

 すずは口調こそ丁寧だったが、その目は全く笑っていなかった。

 もうダメだ。限界だ。

 春香が全てをあきらめ、観念して立ち上がろうとしたその時だった。


 パーーン!


 破裂音が響き渡った。外からだ。食堂からはそう遠くない。

「え、何? 何の音?」

 リーダー達が周りを見回す。

 子ども達が「え? なになに?」とそう言いながら耳を澄ましたところで、


 パパーン! パパパパパパン! パン! パパパーン! パーン!


 盛大に破裂音が連発した。近くの女子が悲鳴を上げる。距離はあるはずなのに、それくらい、迫力があった。

 なんたって、打ち上げ花火30連発が15本分だ。

 一人の男子が叫んだ。

「銃声だああ!」

 食堂は大騒ぎになった。

 一人の女子が悲鳴を上げて耳を塞いだ。それを見て、他の子ども達も一斉に立ち上がったり、しゃがみこんだりした。それをリーダー達が「大丈夫だから!」と必死になだめる。興奮した男子の何人かは外に見に行こうと走り出した。それをリーダーが慌てて止める。

 パパパパーン!

 破裂音は続く。

 厨房のスタッフもみんな出てきて、子ども達に声をかけた。それ以外の大人は、後方の出入り口から食堂を飛び出して、音の方向に走っていった。

 すずも血相を変えて食堂を出て行った。

 今だ。

 春香は目立たないように、ゆっくりと前方の厨房に歩いて行った。

 誰にも注目されることなく、食堂の最前列にたどり着く。そのまま春香はカウンターを乗り越えて、厨房に飛び込んだ。誰もいない。

 昨夜、屋上からあらかじめ食堂の外観を確認していた。だから、厨房に裏口があることもわかっていた。春香は裏口のドアをそっと開け、誰も近くにいないことを確認すると、走り出した。

 目的地は、今朝の倉庫。正確には、その隣の、さっき隠れた林だ。

 春香はがむしゃらに走った。

「誰かに見られるかも」という恐れが頭を一瞬よぎったが、自分たちの計画を信じ、その考えはかなぐり捨てた。

 昼食時は全ての職員とリーダーが食堂付近に集まる。そして、ナツ達が花火を打ち上げたのは、食堂を挟んで施設のちょうど反対側にある炊事場だ。

 大人達は全員、花火の音の方に急行するはず。つまり、春香の向かっている倉庫とは完全に逆方向なのだ。出会うわけがない。

 結果、春香は誰ともすれ違うことなく、林にたどり着いた。

 春香は、茂みに隠した三つのリュックの前に、息を切らしながら駆け寄った。

 自分のリュックの中から、トランシーバーを取り出す。ナツに教えられたとおりに、側面のボタンを押しながら叫んだ。

「こちら春香! こちら春香! 林につきました! オーバー!」

 沈黙。応答がない。

 大丈夫。大丈夫だ。

 二人は花火に火を付けたらすぐに大回りして、焼き杉の作業場を迂回して走ってくるはず。春香と同様、食堂に集まっていた大人達とは動線からしてぶつかるはずがない。今は多分、必死に走っているから、応答できないだけだ。

「こちら春香! 林につきました! オーバー!」

 応答なし。ノイズが流れるだけだ。

 呼び掛けを何度も繰り返す。しかし、ノイズ以外は返ってこない。

 まさか、捕まったのか? そんな・・・・・・

 嫌な想像が頭をよぎる。


『こちらナツ! こちらナツ!』


 春香は喜びのあまり、林の中で飛び上がった。よし。無事だ。

 しかし、通信は続いた。

『緊急事態発生! 追われている!』

 え、何で?

 大人達の動きは完全に回避したはずなのに。

『プランC! プランC!』

 プランC。プランC? 思い出せ。えーとそうだ。「荷物だけ持って先に行く」だったはず。

 春香は3人分のリュックを抱えると、移動を開始した。

 

 リュックはそれぞれパンパンなので、かなりの重さだった。炎天下の中、春香はそれを三つ抱えてよたよたと走った。

 そして、春香は汗だらけになりながらも、たどり着いた。

 春香と奈緒で見つけた、ぽっかりと穴が開いたフェンス。

 当然、穴は木の板で一時的に塞がれている。午前中に確認したから春香も知っていた。

 春香はリュックから鉈を取り出した。これもナツとともに炊事場から拝借してきたものだ。

 狙いを定め、木の板に叩き付ける。木目に沿うように、一回。二回。

 バカンと音をたてて、板が割れた。足で蹴るようにして、残骸を完全に取り払う。

 穴が姿を現す。「何か」がフェンスを破壊し、こじ開けた、小さな侵入口が露わになった。 

 そしてそれは、逆に言えば、春香達の脱出口にもなる。


「春香!」

「ハルちゃん!」

 鉈をリュックに戻していると、二人の声が聞こえた。

 振り返ると、二人はこっちに向かって走っていた。二人とも、足、早いなあ。

 その後ろを見て、春香は戦慄した。その二人を明らかに上回る速度で追いかける存在が見えたからだ。

 それが誰かわかった瞬間、春香は納得した。

 食堂に集合している大人達なら絶対に動線が重ならないはずなのに、なぜ、二人に遭遇してしまったのか。

 その人物は、そもそも、食堂にいなかったのだ。

 また、違う場所で、さぼってたんだ。

 岸本あかりは走りながら叫んだ。

「こらあああ! 待ちやがれ! 悪ガキども!」

 春香はリュックを掴むと、渾身の力で塀の向こうに投げ込んだ。一つ。二つ。三つ!

 あかりが春香の存在に気づき、叫んだ。

「春香! あんたもか!」

「ごめんなさいいいい!」

 春香は大声で謝罪を叫びながら穴をくぐり抜けた。

 次に、ナツが野球選手のようなスライディングで穴を通り抜け、反対側に転がった。

 続けて、奈緒が頭から穴に体を押し込み、肩をぬき、腰までいって。

 そこでつまった。

 奈緒が絶望の表情を浮かべる。

 春香とナツは迫るあかりを同時に見た。もう、すぐそこだ。

 春香が右手を、ナツが左手を掴み、渾身の力で奈緒を引っ張った。奈緒が悲鳴を上げる。

 あかりが迫る。

 あと5メートル、3メートル、1メートル。

 ガコッと鈍い音を立てて。奈緒の体がすっぽ抜けた。

 3人で、森の中に倒れ込む。

 間一髪で奈緒の足をつかみ損ねたあかりは、そのまま頭から穴に入ろうとしたが、小学生の奈緒ですらつまってしまったのだ。あかりが通れるはずもなかった。腰の辺りで引っかかり、うなり声を上げながらばたばたと暴れた。抜けなくなってしまったらしい。

「あんたたちいいーー!」

 やばい。めっちゃ怒ってる。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 春香達は急いでリュックを背負うと、森の奥に走り出した。


「待ちなさい! 待て! 待てって言ってんでしょうがあああ!」


 ナツは振り返らなかった。

 春香は振り返れなかった。申し訳なくて。

 奈緒は思いっきり振り返って中指を立てていた。


 どれだけ走っただろう。

 ナツが笑い出した。

 奈緒も笑い出した。

 笑っちゃダメだと思いながらも、春香も笑い出した。


 夏の日差しの中、三人の少女は緑の森を駆け抜けた。





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