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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第4章 ずっと側にはいられない
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【第4章】 星空キャンプ編 22


 22


『こちら、奈緒隊員です。なっちゃん隊員。聞こえておりますか。おーば』

 奈緒の声がトランシーバーから流れる。

「聞こえてるわ。オーバー」

 ナツが答える。春香は緊張で心臓がバクバクしていた。

 春香とナツは、今、林の木の陰に隠れていた。目の前には、昨日、マッチと見つけた倉庫がある。

「ナオちゃん。パトロールは今どこ? オーバー」

 ナツがトランシーバーに尋ねる。

 トランシーバーの仕組みを春香はよく知らなかったので、先ほどナツに教えてもらった。

 電話とは違い、チャンネルを合わせた機種同士だけで通話を行う。また、双方向で同時に会話することが出来ない。話す。聞く。のどちらかだ。相手が発信ボタンを押している間はこちらも割り込むことが出来ない。だから、しゃべり終わったら、「どうぞ」だとか「オーバー」とか言って、発信ボタンから指を離す。それを合図に、今度は相手が発信ボタンを押すのだ。

 二つのトランシーバーはすでにチャンネルを『5』に変更してある。ナツが言うには、これでリーダー達のトランシーバーには、春香達の会話は聞こえないそうだ。

 しばらくの沈黙。奈緒は今、一人で屋上にいる。周りを見渡しているのだろう。

『敷地の反対側です。今がチャンスです。おーば』 

 春香とナツはこうして屋上の奈緒に指示をもらってパトロールをくぐり抜けながら、敷地内で必要なアイテムを回収して回っていた。そのほとんどが成功し、春香の背負ったリュックの中でガチャガチャと音を鳴らしていた。

 そして、この倉庫が最後。そして、最大の難関だった。

 ナツは春香を見た。

「行くわよ」

「う、うん」

 ナツと春香は林から飛び出し、倉庫に向かった。ナツが頑丈な扉のドアノブを引っ張る。

 当然、開いていない。

「春香。出番よ」

 春香は前に出た。奈緒がどこからか調達してきてくれた針金2本を、ポケットから取り出す。

 春香は唾を飲んで、鍵穴を見つめた。

 これをやってしまったら、完全に、一線を越える気がした。

「春香・・・・・・ 無理はしなくていいのよ」

「ううん。やるって言ったのは自分だもん」

 春香は震える手で、鍵穴に針金を近づけた。

 空は予報どおり、快晴だった。

 夏の日差しに、真新しい銀の錠がギラリと光る。

 暑い。この短時間で、額から汗が垂れるほど。

 しかし、春香は自分が今、違う季節にいるのを感じた。


 寒い冬の日。白くなる息。かじかむ両手。両面シリンダー錠の玄関。


「春香」

 ナツが、針金を差し込む寸前の春香の両手を握った。

「やっぱりいいわ。やめましょう」

「で、でも」

「別に、必ず必要なわけじゃないもの。なくてもなんとかなるわ」

 春香はナツに促されるまま、腕を降ろした。

 安堵すると同時に、自分が、情けなかった。


『なっちゃん! ハルちゃん! 人が来る!』


 二人は飛び上がった。全力ダッシュで林に飛び込む。

 春香とナツは木の幹に隠れて様子をうかがった。まるで昨日のリプレイだ。まあ、配役は奈緒からナツに変わっているが。

 姿を現したのも、昨日の用務員さんではなかった。

 ゆきおちゃんだ。

 なんでこんなところに?

 ゆきおちゃんは、口笛をふきながら、優雅に現れた。散歩だろうか。

 おもむろに倉庫のドアに近づく。そして、ポケットから、鍵の束を取り出した。

 隣でナツが息を飲んだのが聞こえた。

 ゆきおちゃんはカチャリと鍵を回し、ドアを開けた。すっと、頭を入れ、中を覗く。

「ふーん。こんな感じなんだ」

 そうつぶやくと、扉をすっと閉め、倉庫から背を向けると口笛を吹きながらまた歩き始めた。

 鍵を閉めずに。

 ナツが隣でガッツポーズをするのを気配で感じながら、春香は唖然として去っていくゆきおちゃんを見つめた。ゆきおちゃんが、ふっとこちらに顔を向け、また何事もないように歩いて行った。

 一瞬、目が合った気がした。

 え? もしかして今、ウインクした?

 ゆきおちゃんが完全に見えなくなったのを確認し、ナツと春香は倉庫に駆け寄った。扉は思った以上に重かったが、鍵はやはり閉まっていなかった。

 二人で倉庫に入る。

 広さは八畳ほどだろうか。床はコンクリート。壁もコンクリートの打ちっぱなしだ。作られてまだ間もない倉庫は、ほとんど何も物が置いていなかった。

 ただ、コンクリートの床に、数十本の花火が並べられていた。

 昨日はどれも同じ花火に見えたが、よく見ればいくつか種類がある。

 10連発。

 20連発。

 30連発。

 それから、単発もあった。

 太さは全て同じぐらいなのが不思議だった。一発の威力に違いでもあるのか。

「ナオちゃん。目標に侵入成功。オーバー」

『了解! 目標物を確保して、直ちに帰投せよ。おーば』

 トランシーバーから聞こえる奈緒の声は興奮していた。

 それは春香も同じだった。

「なっちゃん。どれを持って行く?」

 ナツは花火を冷静に見比べていた。

「そうね。別に威力はいらないわ。30連発にしぼりましょう」

 春香は頷き、尋ねた。

「何本?」

 ナツは「決まってるでしょ」と春香を見た。

「全部よ」





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