【第4章】 星空キャンプ編 21
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大野ディレクターは朝の食堂で、寝不足の目をこすった。
昨日は散々だった。さまざまな所に連絡して、関係機関には文句を言われ、上司にはどやされた。今回のことは施設の不備に近いから、大野の失態というわけではないはずだが、それでも現場責任者の大野が責められるのは仕方ないことだ。
キャンプを短縮するという判断についても批判してくる関係者はいた。確かに、フェンスが破損していただけで、獣の痕跡はなかったのだから、やり過ぎだったかもしれない。しかし、何かがあった後では遅いのだ。その時は、その全てが大野の責任になるのだから。
安全面を第一に考える点については、本社のキャンプメーカーの清水社長にもご理解いただけた。実の娘がこのキャンプに参加しているのも大きかったのだろう。コネで抽選をすっ飛ばして娘とその友達をねじこんで来た時は殺意がわいたものだが、ここにきてそれが役立った。
しかし、コネで抽選やら定員やらを無視して押し込んできたのは社長だけではない。この爽やかなキャンプ企画にも大人の事情が複雑に絡み合っている。まあ、結果的にコネ娘の存在のおかげで上部への話しがスムーズに済んだので、よしとしよう。
大野は朝食が始まった食堂を見回した。子ども達が騒ぎ、楽しそうに朝飯を頬張っている。
「大野のおっちゃーん! おはよー」
少年の一人が大野に手を振る。大野もにっこり笑顔で手を振り返した。
大野は内心、朝からやかましい子ども達にいらついていた。大野は別に子どもが好きなわけではない。大野はただ、笑顔を終始、作っておくのが得意なだけだ。
だからこそ、昨日、その作り笑顔を真っ向から否定されたときは、流石に心にくるものがあったが。
大野は気を取り直して、朝食をよそうため、お盆を手にとった。大野はいつも子ども達とリーダーが全員取り終わったのを確認した後、最後に食事をよそうことにしている。
今朝のメニューでも味海苔があったはずだ。大野の好物なので覚えている。
そこで、大野は手を止めた。自分の分の味海苔がなかった。
おかずはいつも人数より多めに用意してあるから、大野が最後でも数袋は必ず残っているはずなのに。 味海苔が積まれているはずのトレーは空になっていた。
今日はもともとないのだろうか。自分の勘違いだろうか。
大野はメニューを確認しようと、ラップで包まれている見本を見に行った。
しかし、ラップがはられた見本には、ちゃんと味海苔が入っている。
職員が数をまちがえたのだろうか。まあ、いい。所詮ただの海苔だ。
「あれ?」
そう思っていると食堂の職員の中年女性がよってきて、首をかしげた。
「大野さん。ここに置いていた、ラップの箱、知りません?」
大野が知るわけがなかった。
「どこいったんだろ」と眉をひそめている職員に大野は話しかけた。スタッフとの円滑なコミュニケーションも大野の仕事である。
「どうです。子ども達はしっかり食べてますか?」
職員は「ええ」と嬉しそうに頷いた。
「昨日から白ご飯をよくおかわりしてくれる女の子達がいましてね。育ち盛りなんですかねえ。今日なんて、その女の子達、そろって3回もおかわりに来たんですよ」
自分で話題をふっておいてなんだが、大野は全く興味がなかった。「そうですか」と笑い、残りの朝食をよそって、自分の席に行った。
席について、食堂を見渡し、大野は違和感に気づいた。
なぜか、子ども達の何人かが、リュックを背負っていたのだ。リュックはテント泊や天体観測で使用する予定で、持ち物に記載していたが、今、この朝食の場に必要なはずがない。
なのに、全員ではないものの、ちらほらとリュックを背負って朝食を食べている子どもがいた。特に女子が多いようだ。なんのまねだろうか。
大野は、ちょうど自分の前を通り過ぎていこうとした女性のリーダーを呼び止めた。
「ねえ。どうして、子ども達の中に、リュックを背負っている子があんなにいるんだい?」
女性リーダーは「ああ」と笑った。
「なんか、このキャンプのために新品のリュックを用意した子も多かったみたいで。でも、結局使わないことになってしまったじゃないですか。だから、せっかくだからみんなで明日は、形だけでも背負って、見せあいっこをしようって。そう言い出した女の子がいたらしいんです」
なんだそりゃ。
「子どもってそういう、みんなでなにかするの、好きじゃないですか。別に実害はないので、放ってるんですけど。それだけ楽しみにしてたんだって思うと、かわいらしいですし」
大野は「なるほど」と頷き、女性リーダーに礼を言った。
大野は何も入っていない、ぺちゃんこのリュックを背負った子ども達を見て、ため息をついた。
かわいらしいというか。いじらしいというか。未練がましいというか。
子ども達が宿舎に帰る時間になり、ぞろぞろと移動を始めた。
その時、3人の女の子が大野の前を通り過ぎた。そのうち一人は、昨日、大野にくってかかってきた子だった。
「スピカちゃん。おはよう。調子どうだい?」
スピカはびくりと反応し、「あ、おはようございます。だ、大丈夫です」と目をそらした。昨日とは別人だ。
ふと、スピカのリュックが妙に膨らんでいるのに気が付いた。何か入れているのだろうか。
「リュック、何が入ってるんだい?」
そう笑顔で聞くと、スピカはまた表情をこわばらせた。昨日のことを改めて怒られるとでも思ったのだろうか。
「ちょっと! レディの持ち物をチェックしようなんて、デリカシーないんじゃないですか!」
隣の女子が急に怒り出した。あまりに心外な言いがかりにむっとしたが、その子は社長のコネ娘だったため、大野は自分を押さえ込んだ。
「いや。そんなつもりはないんだよ。悪かったね」
作り笑顔でそう言うと、コネ娘は「ふん!」とそっぽを向き、「いこ!」と二人の腰巾着を連れて行ってしまった。
大野はため息をついた。
やはり、子どもは好きじゃないなと、改めて思った。
すずリーダーは違和感に首をひねった。
なにかがおかしい。
朝の食堂を見回す。特に変なところはない。
子ども達、特に女の子たちが嬉しそうにリュックを背負っているが、それぐらいだ。
だが、なにか嫌な予感がする。すずの勘はよく当たる方だった。
「すずリーダー・・・・・・」
横から別のリーダーに話しかけられる。若い大学生のリーダーで、なにかとすずに相談することが多かった。
「どうしたの?」
「なんか、うちの班の子ども達が、部屋の備え付きの懐中電灯がなくなったって言ってて・・・・・・」
「遊んでて、なくしたんじゃないの?」
大学生リーダーは首を横に振った。
「自分たちは、絶対、触ってないって言うんです。お風呂に行っている間になくなったって。それに、隣の部屋の子達も同じように騒いでるんです。誰も触っていないのに、懐中電灯がなくなったって。」
盗まれたと言いたいのか。まさか。
懐中電灯なんて、何に使うと言うんだ。
ゆきおちゃんは、首をひねった。
あれ? トランシーバーがない。
リーダー全員に配られているトランシーバーだ。周波数のダイヤルは全て「3」に合わせてあり、リーダー全員の通話を一定距離にいれば聞くことが出来る。今は一応緊急事態なので、常に持ち歩くようにと指示があった。だから、いつも持ち歩いている手提げ袋に入れていたはずだ。朝起きたときは絶対にあった。
どこかに置き忘れたのか? 取り出してもいないのに。
ゆきおちゃんは朝からの自分の行動を振り返ってみた。
そうだ。スピカちゃんに話しかけられたんだ。
「今日で最終日だから、星の話がしたい」と。
朝食の当番まではまだ時間があったから、断る理由もなく、部屋で座って話をした。
本当は立ち話ですませたかったのだが、スピカちゃんにちょっと強引に、部屋に連れ込まれたのだ。
正直、女の子と二人で個室はちょっと問題かなとも思ったが、部屋にはランプという女の子もいたので、じゃあ問題あるまいと思った。
そういえば、あの部屋にはマッチという少女もいたはずだが、見当たらなかった。トイレにでも行っていたのだろうか。
ベッドの下の段に座り、星座や恒星の話をしばらくし、10分ほどで部屋を出た。
その時、ベッドの上に手提げ袋を一時的に置いたが、トランシーバーだけこぼれ落ちることはあるまい。どこからともなく手が伸びてきて、手提げ袋から抜き取らない限りは。
そんなこと、ありえるはずもない。
ゆきおちゃんは首をひねった。
じゃあ、どこでなくなったのか。
ミオンリーダー、改め、岸本あかりは、首をひねった。
ん? トランシーバーがない。
いつも持ち歩いている一眼レフの肩紐に引っかけていたはずなのに。今は一眼レフしかない。朝起きたときは絶対にトランシーバーもくっついていた。
どこかに落としたのか? でも、トランシーバーのストラップはそう簡単に外れる構造じゃないはずだ。
あかりは朝からの自分の行動を振り返ってみた。
そうだ。マッチに話しかけられたんだ。
「今日で最終日だから、仲直りがしたい」と。
朝食の当番はどうせサボるつもりだったから、あかりは断る理由もなく、部屋で座って話をした。
あかりは立ち話ですませたかったのだが、マッチが無理矢理、部屋に連れ込んだのだ。あかりは「春香もいるかもな」と思ったが、部屋にはランプという女の子しかいなかった。
まあいいやとベッドの下の段に座ったあかりは、マッチのあんまり心がこもっているとは思えない謝罪を一方的にまくしたてられ、急なタイミングで、用済みとばかりに部屋を追い出された。わずか数分のことだった。
その話の間、ベッドの上に一眼レフを一旦、置いた。しかし、トランシーバーだけが肩紐から外れることはあるまい。
どこからともなく、手が伸びてきて、肩紐から抜き取らない限りは。
それこそベッドの上からとか。下からとか。それはありえないか。
あかりは首をひねった。
じゃあ、どこでなくなったのか。
あかりは思った。
まあ、いっか。




