【第4章】 星空キャンプ編 18
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春香が話し終えたとき、マッチは春香を後ろから抱きしめ、春香の背中に顔を埋めていた。
ランプは、ずっと、春香の目を見ていた。話の間、ずっとだ。あんなに人の目を見るのが苦手なランプちゃんが。
強い子だな。そう思った。
「もう、スピカの中に、シズカさんはいないの?」
話しの後の沈黙を、ランプが破った。
「うん。ケンカしちゃった」
「そう」
ランプはすっと視線を落とした。
「もしよ。もしもの話。もし仮に、天体観測が出来ることがあったら、シズカさんはもどってくるかしら」
春香は薄く笑って小首をかしげた。
「どうだろう。結構ひどいことも言っちゃったしなあ」
春香は夢の中での自分の発言を思い出した。ずっと、死後でさえもずっと、自分を支えてくれていた姉に対して言ってはいけない言葉だった。
「絶対! 戻ってくるよ!」
マッチが春香の背中から顔を上げて叫んだ。ちょっと鼻声だった。
「だって、約束したんでしょ。一緒に流れ星を見るって! スピちゃんのお姉ちゃんが、その約束を破るわけないよ!」
ムキになったように叫ぶマッチに春香は「ありがとう」と肩越しに礼を言った。
そうかもしれない。なんだかんだあの姉は、星空の下に立ったらヘラヘラ笑って現れてくれるかも知れない。
でも・・・・・・
「でも、天体観察は中止になっちゃったから。どっちにしても無理だよ」
春香は自傷気味に笑った。
天体観察さえできれば、また、シズカは戻ってきてくれたのかもしれない。でも、それは結局タラレバの話しだ。
もう、それは叶わないのだ。
「マッチ!」
ランプが急に大声を出した。
「地図を出して!」
何事かと戸惑う春香の前に、マッチが「あいあいさー!」とどこからともなく真新しい紙の地図を取り出した。
春香は膝の上に広げられた地図を見て目を見張った。
「え、なにこれ」
「この施設の周辺の地図よ。ほら。ここが私たちの今いるところ」
確かに、「青少年自然の里」と書いてある。
「どこで手に入れたの。こんなの」
「はーい。私でーす」
マッチが得意げに笑う。
「杉施設長の部屋に行って、『帰りたくありませーん』て、うそ泣きしたの。あのおじいちゃんやさしいから、部屋に入れてくれるわけですよ。でも、こんな事態じゃん。施設長だからすぐに何かと呼ばれて、部屋を出るわけ。そのすきにランプちゃんと机を漁りまくったら、出てきましたー!」
窃盗じゃん。
「そしてここが、私たちが3日目に行く予定だった、展望台よ」
ランプは山の上にある展望台の表記を指さし、それから、すーと現在地まで指でなぞった。大きな森を一つ抜ける形だ。
「本来はバスで移動する予定だったけど、どうやら林道と登山道はいくつかあるみたい。徒歩でも、南にまっすぐ進めば、半日ぐらいでつくはずよ」
春香はぽかんと口を開けた。
「え、ランプちゃんまさか」
「そのまさかよ。明日の昼、ここを抜け出せば、夜には間に合う。」
ランプはにやりと笑った。
「私たちだけで行くわよ。天体観測」
春香は二の句が継げなかった。
それはつまり、熊が侵入したかどうかで、ただでさえ、てんやわんやしている施設を脱走するということだ。どれだけの人に迷惑をかけるか。そして何より・・・・・・
「・・・・・・怒られるよ」
「でしょうね」
ランプはさらりと言った。
マッチも「ねー」と笑っている。
わかっているのだろうか。きっと、怒られるだけじゃ済まない。
「そんな・・・・・・ 二人を巻き込めないよ」
ランプとマッチは顔を見合わせ、きょとんとした顔で春香を見た。
「何言ってるの。友達でしょ。私たち」
友達。
ふいに、春香の視界がぼやけ、揺らいだ。
この二人は、春香が食堂で暴れた後、すぐにどうすればよいか、何ができるかを相談したのだろう。そして、すぐさまリスクを冒して行動してくれたのだ。春香のために。
「もー。スピちゃんは泣き虫だなあ」
マッチがまた笑う。
「ありがとう・・・・・・ありがとう・・・・・・」
ランプは一瞬微笑んだ。
「スピカ。いえ、春香だったわね」
ランプが、すっと真面目な顔をする。
「さあ。どうするの。行くの? 行かないの?」
ランプがまっすぐ春香の目を見た。
「どうなの」
春香もその目を見返した。まっすぐに。
「・・・・・・行く」
ランプとマッチはハイタッチした。
「じゃあ、行くわよ!」
「うん!」
場が盛り上がったところで、マッチが言った。
「スピちゃんが、ハルちゃんであることが判明したところで! そろそろ全員、本名を解放しない? キャンプネームも楽しかったけど、このキャンプは抜けちゃうんだし」
確かに。先ほどの昔話で、シズカとの関係を話す上で、春香は本名を言ってしまっていた。となると、春香だけ本名がわかっているのにキャンプネームで呼ばれるのは変な感じもする。
「むしろ、あたしたち3人だけが本名で呼び合う方が特別感あっていいんじゃない? リアルフレンドって感じで」
マッチの提案にランプも「それもそうね」と同意する。春香も異論はなかった。
春香は咳払いした。
「えっとじゃあ、改めまして立花春香です。よろしくお願いします」
マッチが拍手する。
「よっ! ハルちゃん!」
「よろしく。春香」
次にマッチが手を上げた。
「あたしはナオ。清水奈緒でーす。ナオちゃんって呼んでね」
マッチ改め、奈緒はそう言って、にっこり笑った。かわいい犬歯がちらりと覗く。
そして、最後にランプが言った。
「ナツよ」
弱冠12歳の、幽霊が見える少女は、そう名乗った。
「斉藤ナツ」




