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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第4章 ずっと側にはいられない
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【第4章】 星空キャンプ編 16


 16


 ハルカは冷たいフローリングの上に座り込んでいた。

 膝を抱え、目をつぶっている。

 でも、その固い床の感覚から、あの部屋にいることはわかった。自分と姉が7歳まで過ごした、あの子ども部屋。

 だから、これは、夢だ。

「ハルカ。わるかった」

 姉の声が聞こえる。すぐそばにいるのがわかる。でも、ハルカは顔を上げなかった。

「ごめんて。あそこまでするつもりはなかったんだ」

 シズカの手がハルカの肩にのせられた。それもハルカは無視した。

「つい、カッとなっちまった。だって、ずっと二人で約束してたことが、ようやく実現するかもって時にだぜ。急にあいつらが日和ってぶち壊しにするもんだから・・・・・・」

「あいつらとか言わないで!」

 ハルカは下を向いたまま叫んだ。

 シズカがびくりと口をつぐむのがわかった。ハルカは顔を上げないまま、言葉を吐き出した。

「あの人たちは、みんな、みんな、一生懸命やってくれてるんだよ。なんでそれがわかんないの?」

 ハルカは抱えた膝の頭を力一杯握りしめた。

「シズカはこのキャンプの間ずっと、文句ばっかり。ひどいこと言ってばっかり! マッチに対してだって、嫌なこと言ってたよね。私、覚えてるんだから!」

「ハルカ、それは・・・・・・」

「キャンプが中止になるのだって、大人の人が私たちの安全のために決断してくれたんじゃん。そりゃ、流星群は見たかったよ。ずっと憧れてたんだもん。シズカだけじゃないんだよ。わたしだってずっと・・・・・・」

「ハルカ・・・・・・」

「でも仕方ないじゃん! 納得してよ! がまんしてよ! わがままばっかり言わないでよ!」

 ハルカは叫び続けた。まるで押さえ込んでいたフタがはじけ飛んだみたいに。でも、体勢は膝を抱え、下を向いたままだった。

「美和子さんに対してだってそうだよ。あんなに私の事を心配して、忙しい中も精一杯、時間作ってくれて、できるだけやさしくしようとしてくれてるじゃん。なのに、シズカはいっつも文句ばっかり言って」

「だって、ハルカ」

 シズカが戸惑ったような声を出す。

「美和子は俺たちのママじゃない・・・・・・」

「うるさいうるさいうるさいうるさい!」

 ハルカは縮こまりながら叫んだ。涙がぼろぼろ出てきて、ハルカの太ももをぬらした。

「私たちのママはもういないの! もう会えないの! なんでいつまでたっても認めないのよ! 私はもう前に進みたいのよお」

 ハルカはシズカの顔を見たくなかった。だから、手で涙を拭うこともせず、自分の足の間に叫び続けた。

「シズカがそんなんだから、私は全然、普通になれない。私はもっといい子になりたい。美和子さんともっと仲良くなりたい。美和子さんの本当の子どもみたいに甘えたい。あの部屋のことなんて忘れたい。だから、いっつも我慢してるのに、いい子になろうと頑張ってるのに! シズカがいつも邪魔するんだ! いっつもそうだ!」

 これ以上は言っちゃいけない。でもハルカは自分が止められなかった。

「昔っからそう。私が必死に我慢してることをシズカは我慢しない。私がしちゃいけないって思ってることはシズカは平気でやっちゃう。そのせいだよ。そうだよ。そのせいだよ」

 ダメだ。言っちゃだめだ。

「ママに捨てられたのは、お姉ちゃんのせいだよ!」

 シズカが息をのむのが聞こえた。

 それでも、ハルカは顔を上げられなかった。

 なんでこんなことになったんだろう。

 初めは、シズカと二人で星が見たいだけだった。それだけが楽しみだった。このために私はシズカとここまで生きてきたんだとそう思った。

 でも、想像もしていなかったことに、ハルカに友達が出来た。

 ランプとマッチ。どっちも変わった子だったけど、ハルカは本当に嬉しかった。

 死んだ姉とばかり会話をしていたハルカにとって、初めての生きた友達だった。

 私も普通になれるかもしれない。そう思った。

 でも、それももう終わりだ。

 みんなが見てる前で暴言をたくさん叫んで。

 優しくしてくれたすずに向かって殴りかかって。

 お風呂で語り合ったミオンに投げ飛ばされて。

 あんなことになってしまったら、きっと二人も、ランプもマッチも、もう話しかけてくれなんかしない。

 全部終わりだ。

 全部、シズカのせいだ。


「ねえ。シズカ。シズカはいつまで、私の中にいるの」

 

 自分でも驚く言葉が、口から漏れ出た。

 シズカがすっと、ハルカの肩から手を離した。シズカの声が震える。

「ハルカは・・・・・・ もう、お姉ちゃんが、いらないの?」

 ハルカは、黙り込んだ。数秒か、数分か、二人の間に沈黙が落ちる。

「私だけでいい」

 ハルカは言った。ハルカはぎゅうっと体を丸め、そして、絞り出すように続けた。

 

「いらない。もう、いらないよ」


 


 春香は目を覚ますと、自分がベッドで寝ていることに気が付いた。

 ゆっくりと身を起す。ここは、ランプとマッチと春香の部屋だ。どうやら、昨日自分が寝た二段ベッドの下の段らしい。本来の春香のベッドはこの真上の二段目だが、意識のない春香を、上の段に運ぶのは難しかったのだろう。

 電気はついていない。閉じられたカーテンから、わずかに夕暮れらしき光が差し込んできている。

「・・・・・・シズカ?」

 春香は薄暗い部屋に呼び掛けた。

 嫌な夢を見てしまったが、シズカは春香が呼べば絶対に返事をしてくれる。だから、またいつものように「なんだよ」と頭の中で返してくれるはずだ。だから、春香は呼んだ。

「シズカ・・・・・・ シズカ!」

 何の返事もなかった。

 いってしまった。

 シズカは、ずっと春香の中で一緒だった双子の姉は。死んでからもずっと一緒にいた姉は、ついに、いってしまったのだ。


 何分たっただろうか。廊下に繋がる扉が、ゆっくりと開いた。

「スピちゃん・・・・・・ 起きてる? って、うわ! 泣いてる!」

 マッチが春香の様子を見るなり、ベッドに飛び込んできた。

「大丈夫? 安心して。パパに出会ったら、ミオンのやつは秒でクビにしてもらうから!」

 マッチは春香を抱きしめ、頭を何度も撫でた。

「だ、だいじょうぶ・・・・・・ 完全に私が悪かったし。ミオンさんも手加減してくれたっぽいし」

 うっすら覚えている。ミオンに手首を掴まれ、床に投げられたが、ちゃんと頭には手を添えてくれていた感触があった。自分が気絶したのも、投げられた衝撃というよりも、精神的ショックのせいだろう。

「そうね。あんだけ全力で殴りかかっていったら、私でも投げ飛ばすわ」

 そう言いながらランプが後ろ手で扉を閉めた。

「子どもらの間ではびびられまくってるわよ。無理もないわ。そこらのヤクザくずれの何倍も迫力あったもの」

 ランプは笑って、春香の隣にすとんと腰を下ろした。

「なんにせよ、お疲れ。スピカ」

 二人が何も変わらない接し方をしてくれている。あんなことをしでかしたのに。当然のように友達として接してくれている。その事実に、新たな涙がこぼれ落ちた。涙は妙に熱かった。

 

 二人は春香が落ち着くまでの間に、あの後の話をしてくれた。

 とりあえず、子ども達は全員体育館に集められたらしい。そこで、焼き杉にペイントをする作業をさせられた。皆が完成したぐらいの頃合いで、改めて今後の予定が伝えられたらしい。


 すぐにでも家に返したい所だが、バスの予約の関係上、いきなりの今日は配車の手配が難しいらしかった。

 バスが到着するのが明日の夜。なのでそれまでは施設内で過ごす。もちろん、今日のテント泊は中止。宿泊棟での寝泊まりとなる。

 明日のアクティビティはできるだけ行うが、目の届きやすい体育館で主な活動は行う。予定されていたBBQも中止。食事は全て食堂で。

明日の夕食後、子ども達はバスに乗って長野を出る予定だ。

 ちなみに、各家庭には、各班の担当のリーダー達が手分けして連絡済みだ。電話がまだ通じていない家庭もいくつかあるが、明日の夜までには全家庭と連絡が取れるはずだという。

 また、一刻も早く。長野まで自力で迎えに来たいという家庭に関しては、施設に直接、迎えに来てもらうように伝えてあるらしい。


「そっか。じゃあ、3泊4日の予定が、2泊3日になっちゃったんだね」

 ペルセウス座流星群は最終日の13日のはずだった。どうやら帰りのバスの中から見ることになる。まあ、きっと、まったく見れたものではないだろうな。

「天体観測、残念だったわね」

 春香の心を読んだかのように、ランプが言った。マッチも頷く。

「好きだろうなとは思ってたけど、あんなに暴れるほど楽しみにしてたんだね」

「ち、ちがうの。あれはシズカが・・・・・・」

 そう言いかけて、春香は口をつぐんだ。どうせ信じてもらえない。精神科につれていこうとした美和子さんみたいに、頭がおかしい子なんだと思われるだけだ。

 二人は顔を見合わせた。そして、「やっぱり」と小声でつぶやいた。

「あのね、スピカ」

 ランプがおもむろに切り出した。

「ずっと、思ってはいたの。スピカは誰と会話してるんだろうって」

 春香は目を見開いた。ランプは続ける。

「きっと、スピカに自覚はないんだろうど、スピカ、初めて会ったとき、ずっと一人でブツブツ誰かと会話してたのよ。何度も小声で『シズカ』って呼んでるのが聞こえたわ」

 春香はあんぐりと口を開けた。ずっと脳内だけで会話ができているとばかり思い込んでいたが、まさか声に出ていたとは。

 あわててマッチを見る。マッチも笑顔で頷いた。

「うん。あたし、初め『うわあ。やばい子だあ』って思ってたよ」

 はっきり言うなあ。

でもマジか。そんな風に見られていたのか。

 そりゃあ、友達が出来ないわけだ。

 そりゃあ、美和子さんが心配するわけだ。

 しかし、そんな変なやつを友達として受け入れてくれた二人の度量が、改めて胸に染みた。

「だからね。スピカが寝ている間にマッチと話してたの。食堂で暴れたとき、あれはスピカじゃないみたいだった。きっとシズカって子が乗り移ったんじゃないかって」

 マッチもうんうんと頷く。ランプは唇をなめた。緊張しているのだろう。でも、ランプは春香の目を見ながら、しっかりと言い切った。

「シズカって、誰なの?」

 黙った春香に、マッチが慌てて付け足す。

「べ、別に嫌だったら言わなくってもいいんだよ。友達にだって知られたくないこともあるもんね」

 マッチがウインクする。

 やさしいなあ。二人とも。

 春香はシズカの話しを誰にもしたことがなかった。美和子にもほとんど話したことがない。知られたくない過去があまりにも密接に絡まっているし、変に話して、好奇の目で見られるなんてごめんだったし、同情なんか絶対にされたくなかった。

 でも。この二人になら。

 初めての、友達の二人になら。

「聞いてほしい」

 ランプが頷いた。

「全然、楽しい話じゃないけど」

 マッチも頷いた。

 春香は目を閉じて、大きく息を吐いた。膝に置いた手が震えている。その両手をランプとマッチが握ってくれた。

 春香は目を開けた。


「私たち、双子だったの」





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