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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第4章 ずっと側にはいられない
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【第4章】 星空キャンプ編 14


 14


「スピちゃん、やっと来た」

 板を乾かすために日向に立てかけたところで、マッチと合流した。板が完全に乾くまではペンが使えないので、絵を描くのは昼食を挟んでの午後になるようだ。

「ランプちゃんは?」

 春香が尋ねると、マッチは首を横に振った。

「さっき、覗いてみたけど、まだ下書き描いてたよ。『これでどう?』って聞かれたから、正直に答えたら、なんか『じゃあ、どうしろっていうのよ!』て怒って、また描き直しはじめちゃって」

「なんて言ったの」

「首が長くて、キリンみたいだねって」

 あちゃー。なんかごめん。ランプちゃん。

「なんにせよ、暇になったね」

 春香は周りを見回した。他にもやることがなくなって、手持ち無沙汰な子ども達が何人かいた。大体は日陰にあつまっておしゃべりをしている。

「私たちも座ろうか」とそう提案しようとした一瞬先に、マッチが言った。

「スピちゃん。探検、行こっか!」

「探検?」

「うん。施設内を見てまわろう」

 ああ。散歩のことか。

 本当は作業場から離れないようにという指示はあったのだが、春香もマッチと行動するうちになんだか規則やらルールやらにいい加減になってきた。朱に交われば赤くなる。

「いいよ。行こっか」


 探検すると行っても、施設はかなりの広さだし、多くの施設がある。どこからどう行くべきか。

相談の結果、マッチの提案で、フェンス伝いに進んで、施設を一周することとなった。

 フェンスは施設内の車道に接していることもあれば、完全に林の中を突き抜けている所もあった。あえてそうすることで、どんぐり拾いなどのアクティビティも柵の中で出来るようにしているのだろう。

「このフェンス、結構、高いね」

 林の中を歩きながら、マッチがフェンスを見上げる。春香もつられて見上げた。確かに、2メートル近くありそうだ。ランプが刑務所に例えるのも納得である。

 逆に言えば、ここまでの高さに設定しないと野生動物は侵入するかもしれないと言うことだ。そう考えると怖さがわかる。

「あ、あれ、倉庫かな」

 マッチの声に前を見ると、林を抜けたすぐ先に、無骨な建物がぽつんと立っていた。どうやら一階だての小さな建物だが、全体的にコンクリートで出来ており、ただの小屋と言うには実に丈夫そうだ。

 二人で建物をぐるりと回って見る。窓が一つもなく、頑丈そうな扉が一つあるだけだ。開けようとしてみたが、当然のことながら、鍵がかかっている。

「なんの倉庫なんだろ」

「気になるね」

 二人で未練がましくもう一周建物の周りを回っていると、車の音が聞こえてきた。近づいてくる。

「やばい! スピちゃんこっち!」

 マッチの声に、春香はあわてて林に逃げ込んだ。木の裏に隠れるようにして、二人で様子をうかがう。

 冷静に考えれば、別に隠れるほどのことはない気がしたが、なんだか、本当に冒険をしているようでどきどきした。

 やってきたのは軽トラだった。バッグで倉庫のギリギリまで車を近づけると、作業着を着た用務員さんが降りてきた。

 じゃらじゃらと鍵の束を取り出すと、例のドアを重そうに開ける。そして、軽トラの荷台から何やら降ろして次々と運び込み始めた。

「なにあれ」

 春香もマッチも目を細めて用務員さんの手元や軽トラの荷台を見つめる。

 一見トイレットペーパーの芯のようだった。だが、それにしては長い。30センチはあるだろうか。用務員さんはその筒を四本ずつ抱えて倉庫に運んでいく。筒には何かしら文字も書いてあるようだが、眼鏡越しに凝視しても春香には読み取れなかった。

「マッチ。視力は?」

「両目とも2.0」

「いや、良すぎでしょ・・・・・・ じゃあ、あの文字読める?」

「うん。ギリ・・・・・・。えっとね、30メートル? って書いてある。あと、10連発? って書いてあるっぽい」

 ああ、なるほど。

「花火だよ。打ち上げ花火」

 春香が小声でそう言うと、マッチも「あー」と納得した声を出した。

 打ち上げ花火はある程度の規模のものまでは市販で売っている。さしずめそれの業務用と言ったところか。30メートルは上空への飛距離。10連発は文字通り、一回火を付けたら数秒おきに花火が10発発射されますよということだろう。

 つまるところ、あの倉庫は火気厳禁のものを管理する倉庫と言うことか。通りで扉が頑丈な訳だ。

 用務員さんが花火を全て移し終わり、扉が再び施錠されて、軽トラが去ったところで、二人も林を出た。

「そういえば、明日の夜はキャンプファイヤ―のあと、花火大会だったね」

 マッチに言われてそういえばしおりの日程表に書いてあったなと思い出す。最終日の星空観察会に気をとられていて忘れていた。

「20本以上は絶対あったよね。あんなに用意してくれてるんだったら、期待が高まるね」

 実際は他の団体が使う分も含まれているかもしれないので、先ほどのを全部打ち上げてくれるとは限らない。だが、みんなが知らない前情報を自分たちだけが知れたことに、春香とマッチのテンションは随分と高揚した。


 上機嫌の二人はそのままフェンス沿いにずんずん進んだ。

 すると、意外な人物に出会った。

 ミオンだ。

 ミオンは、フェンスの根元に咲いている野花に、一眼レフを向けていた。

 え、どう見ても、サボってるよね。

 マッチが舌打ちする。そうか。マッチはミオンが嫌いなんだ。

 その舌打ちの音が聞こえたのか、ミオンがこちらに振り向いた。サボっているところを見られたというのに、悪びれた様子もなく、「よっ」と春香に対し、手を上げた。マッチのことは完全無視だ。

 3人の間に沈黙が流れる。春香は昨日、一緒にお風呂に入った中なので、仲良くなった気はしている。そして、マッチとも昨夜のことで急速に仲良くなった。しかし、この二人は犬猿の仲だ。

 気まずい。

 沈黙に耐えきれず、春香は必死に話題を探した。

「えっと。いいカメラですね!」

「そう? ありがと」

「な、何円ぐらいしたんですか?」

「わからないわ。もらったものだもの」

 ダメだ。多分、ミオンも口下手だ。何を言っても最低限の返事が返ってきて、話題がつづかない。

「あ、そうなんですね。そんな高いものもらうなんて、仲のいい人なんですね」

「それほどでもなかったわ。よく知らないし」

 どういうことだよ。お近づきの印にもらったってこと?

「あ、でも、これから仲良くなっていけば」

「無理よ。もう死んでるから」

 え。形見じゃん・・・・・・

 思いっきり地雷を踏み抜いた春香は絶望した。え、謝るべき?

「スピちゃん。もう行こ」

 マッチに促されて春香は「あ、じゃあ」とミオンの横を素通りした。ミオンも気にしてないようで、また野花の撮影に戻った。

 緊張した。昨日今日と、春香の交友スキル習得への叩き上げがすごい。


 気を取り直した二人は、フェンス一周を目指して歩を進めた。

 しかし、想像以上に施設は広く、フェンスは切れ間なくどこまでも続いていた。昼食までの時間ではとてもじゃないが一周など出来そうもなかった。どこかのタイミングで引き返さないと。

「スピちゃん。あの焼き杉、完成したらどうする予定?」

 大股で歩くマッチちゃんがフェンスの上の方を眺めながら聞いた。

「うーん。とりあえず、部屋の壁に飾ろうかな。もしかしたら、美和子さ・・・・・・ お母さんがリビングに飾るかも」

「そっかあ」

 マッチは歩きながら、銀色のフェンスを撫でた。まるで湖をボートで進みながら水面を撫でるようだった。優雅なような、もの寂しげなような。

 そろそろ引き返そうとマッチに相談しようとした時だった。終わりないフェンスの先を見つめていた春香は、数メートル先の光景に違和感があり、足を止めた。

 マッチもほぼ同時に気が付いたらしい。「え、あれ、やばくない?」とつぶやいて、足を止める。

 二人はどちらからというわけでもなく、ほぼ同時にその場所に向かって駆けだした。

 目の前までたどり着き、足を止め、二人して、目を見開く。


 フェンスに穴が空いていた。


 木々の間にあるような薄暗い場所だった。高さ二メートル近くあるフェンスは、地面すれすれまで鉄の柵が伸びている形状だ。その最下部がぐにゃりと変形していた、まるでペンチで無理やり押し広げられたようだ。地面はそれに合わせて、幾分か掘り起こされている。

 つまり、フェンスの底の部分が上方にねじ曲がり、その下の部分の地面がえぐれれていることで、フェンスに大きな抜け穴が空いている状況なのだ。ちょうど子どもが一人、入れるか入れないかというサイズの。

「おい! そこで何してる!」

 突然の大声に、固まっていた春香とマッチは飛び上がった。

 田代警備員だった。

 厳しい表情でずかずかと木々の間を進んでくる。二人の視線の先に気が付いたのだろう。二人を押しのけるようにしてフェンスに近づいた。

 田代はフェンスの穴を見つめて、あんぐりと口を開ける。

 マッチが慌てて叫んだ。

「あ、あたし達じゃないですよ! あたし達は偶然、こうなってるのを見つけただけで、あたし達が壊したわけでは・・・・・・」

「わかってるわ!」

 田代の大声に二人はまたびくりと肩を震わせた。思わず身を寄せ合う。

 田代はそんな春香達を一瞥もせず、フェンスの穴を見つめたまましばらく動かなかった。そしておもむろにトランシーバーを取り出して電源を入れた。

「大野ディレクターを呼んでくれ。あと、杉施設長も」

 田代警備員はゆっくりと、しかし、はっきりとした口調で言った。

「熊が出た」





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