【第4章】 星空キャンプ編 12
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ハルカとシズカが育ったのは、とあるマンションの一室だった。
天窓があったことから、最上階だったにちがいない。部屋も大きく、小洒落ていて、高級マンションといっても差し支えなかっただろう。
母は美しい女性だった。
物心ついたときから、ハルカとシズカはずっと母親と3人で暮らしていた。双子の二人は、母が用意してくれたいつもおそろいの服を着て、母が作った手料理を食べ、母とお風呂に入り、母に絵本を読んでもらい、母と一緒に寝た。
記憶の中の母はいつも綺麗で、清潔で、子供心に見とれてしまうこともしばしばだった。もちろん、幼少期の記憶など当てにならないので、思い出が美化されている可能性はある。それでも、少なくとも、当時のハルカとシズカにとって、母よりも美しいものは存在しなかった。
そんな母が一層美しく着飾る日があった。その日はお化粧も念入りにし、表情も明るく、それこそ女神のように輝いていた。
そんな日の晩は、必ず、一人の男がやってきた。
マンションの一室から一度も出たことがなかった双子は、時折どこからともなくやって来る男の存在が不思議でならなかった。
双子にとっての家であり、世界でもあったマンションの一室にある一番大きな扉。男が毎回入ってきて、時には母も出て行くことがある大きなドアが「外」という場所に繋がっているのだと言うことを、双子はぼんやりと理解していた。
男はハルカとシズカに優しかった。毎回、ぬいぐるみや、積み木などを持ってきてくれた。なぜか一セットしか持ってきてくれないことが多かったが、ハルカとシズカはケンカなど一切したことがなかったから、いつも仲良く二人で遊んでいた。
母に男のことを必ず「パパ」と呼ぶようにと言われていたので、この男が自分たちの父親なのだろうとはおのずと理解できた。
じゃあ、なんでたまにしか家に来ないんだろうとは不思議だったが、それを聞くのはダメなんだということも、なんとなく二人にはわかった。
父は母が作った手料理を食べ、かいがいしく男の世話をする母と話し、時々ハルカとシズカに話しかけてきた。
父が笑顔になると母も喜ぶことを双子は知っていたので、いつも必死によりよい返答を絞り出し、一生懸命、父に甘えた。そうすれば、大体の場合は父は笑ってくれ、母も満足げだった。
父の食事が終わってしばらくすると、父はもう一つお土産を出してくれる。DVDだ。
大体はドラえもんの映画、もしくは学習教材の「はじめての理科」だとか、「世界の動物たち」というような当たり障りのない子供用のDVDだった。ハルカもシズカもDVDが増えることはうれしかった。
双子はそのDVDを受け取ると、大喜びで子ども部屋に持って行った。
家の中心にある大きな子ども部屋には、これまた大きな液晶テレビがあり、つなげてあるデッキにDVDを入れて、二人は映画や学習ビデオを楽しんだ。
父と母が一緒に観ることはなかった。
母は双子がビデオを見始めたのを確認すると、そっと子ども部屋に鍵をする。この家についている鍵は全て両面シリンダー錠という特殊構造になっていて、ドアの表と裏の両面に鍵穴があった。外から開けるときも内から開ける時も鍵が必要になるのだ。
それはつまり、一度外から閉められたら、鍵を持った母が再び来るまで、双子は子ども部屋を出られないということを意味していた。
父と母は、子ども部屋を施錠した後、この家で二番目に大きな部屋である寝室に消えていく。
ハルカとシズカは鍵が閉められた子ども部屋で、静かにビデオを見続けた。見終わってしまうと、日に日にたまっていくDVDの棚に新しくきたDVDをしまう。
当時は存在自体も知りはしなかったのだが、部屋にある大型テレビは地上波のテレビ番組を受信していなかった。だから、外に出ることのない双子にとって、父が持ってくるDVDは唯一の、自分たちの世界を広げてくれる窓でもあった。
ちなみに、部屋にある本物の窓には全てシャッターが下ろされていて、双子が外の景色を見ることは叶わなかった。
唯一、太陽の光と、青空と、夜空を見せてくれるのは、子ども部屋に設置されている天窓だけだった。だから、ハルカもシズカも日中、天気がいいとよくその天窓の下に寝っ転がって日向ぼっこをしていた。 すると時には母もブランケットを持ってやってきて、3人でお昼寝をした。
ハルカにとって、それが最も「幸せ」に近い思い出だった。
でも、父が来た日の夜は、母は一緒にはいてくれない。だから、ビデオを見終わった双子は、二人だけで、母が置いていったブランケットにくるまり、天窓を見つめた。少し肌寒い日もあったが、二人でいると思えば、それぐらい耐えることが出来た。
父が持ってきたDVDの中にはいくつか星座や星空、宇宙にまつわる学習ビデオが混ざっていた。ハルカとシズカはそれらがお気に入りだった。外に出たことがない二人にとって、他のビデオはどうも現実感がなく、どれも作り話に見えてしまう中、星空だけは唯一、天窓を通すことで、実際に自分の目で見ることができるものだったからなのかもしれない。
二人は閉ざされた子ども部屋で、天窓を指さし、ビデオで学んだ星座や星の知識をああでもないこうでもないと言い合った。
そんなことをしているうちに、二人は自然と眠ってしまうのだ。




