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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第4章 ずっと側にはいられない
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【第4章】 星空キャンプ編 11


 11


 抱きしめて背中を撫でる春香の背を、マッチは力一杯しがみついて泣き続けた。

 小一時間たってマッチが鼻をスンスンする程度にまで落ち着いた時には、春香の肩口はマッチの涙で濡れそぼっていた。部屋に戻ったら、上だけ着替えよう。

「・・・・・・ありがとう。落ち着いた」

 鼻を真っ赤にしたマッチがようやく春香から離れた。

「ううん。別に」

 春香はそう言って笑顔を作った。

 結局、なんでマッチが泣いていたのかもわからず仕舞いだった。まあ、いい。マッチは話したくないのだろうし、だったら春香も知る必要はないのだから。

「それよか、スピカちゃん。なんでここに?」

「あ!」

 慌てて、周りを見渡し、壁時計を見つける。22時36分。

 やばい。過ぎてる。

 春香はあわててテレフォンカードを取り出すと、受話器を戻した電話に差し込んだ。

 急いで電話番号を入力しようとして、ピタリと指が止まる。

 あれ? 美和子さんの電話番号、なんだっけ?

『シズカ! 美和子さんの電話番号知ってる?』

『知るかよ! いつも携帯の電話帳でかけてるんだ。覚えてるわけねえだろ』

 その通りだ。電話番号は全て携帯に登録しているものからワンタッチでかけるから、一つも覚えていない。

「スピカちゃん。どうかした?」

「えっと、親にかけなきゃいけないんだけど、番号わからなくて」

 マッチがあちゃーという顔をする。

「だれか覚えてる番号ないの」

 必死に記憶の中をたどるダメだ。ない。

「自分の番号は?」

 そう言われてはっとする。そうか。春香の携帯は美和子さんに預けてあるから、自分の携帯にかければとってくれるかもしれない。

 春香は番号を打ち込み始めた。しかし、自分の番号すらうろ覚えだった。090・・・・・・83・・・いや、4? 

 悩みながら打ち込んでいったが、最後のナンバーがどうしても思い出せなかった。適当に「5」で打ち込んでかけてみる。

 だめだかからない。

「1から順番に試してみたら?」

 マッチの案を実行する。しかしなかなか繋がらない。8で呼び出しがかかったが、知らない人が出てしまい、平謝りするはめになった。9でも繋がらず、途方に暮れる。他のケタで覚え間違えているなら絶望的だ。

「スピカちゃん。0は?」

「それだ!」

 打ち込んだ番号で繋がるのを待つ。これでダメなら詰みだ。なんだか勢いでマッチも一緒になり、二人して祈る。数秒のタイムラグの後、呼び出し音がなりはじめた。よし!

「もしもし! 春香? 遅いわよ! もう少しで運営に電話するところだったじゃない!」

 美和子さんの声にふうっと息を吐く。なんとか間に合ったようだ。

「ごめんなさい。えーと、友達と話してたら遅くなっちゃって」

「ふーん」と美和子さんは疑わしげな声を出した。そりゃそうか。春香が友達どうこう言うなんて信じがたいにちがいない。

 急に、後ろからマッチが「貸して!」と受話器をひょいと取り上げた。「ちょっと!」と言うのも聞かず、マッチはにこやかに話し始めた。

「あ、どうも! スピカちゃんのお母さんですか? あたし、マッチって言います。あ、キャンプネームです。はい。そうなんです。スピカちゃんとおんなじ部屋なんですけど、恋バナ聞いてもらってたら盛り上がってしまって。あたしのせいです。ほんとごめんなさい」

 すごいな。ペラペラと。営業マンとか向いてそうだ。

 マッチはしばらくに明るく会話を続けると、「はい」と受話器を返してきた。

「えっと、もしもし美和子さん?」

「春香。あんた、友達できたのね」

 春香はちらりと、後ろで可愛くピースをしているマッチを見た。

「あ、はい。まあ」

「そっか」

 美和子さんはしばらく黙ったかと思うと、いつもの溌剌とした声で言った。

「よかったわね。キャンプに行って」

「は、はい。ありがとうございます美和子さん」

 美和子さんがうんうんと受話器の向こう側で頷いているのがわかる。

「どう? 危ないこととか、怖いこととか、ない?」

 一瞬、例の女の姿が脳裏をよぎったが、「全然、大丈夫です。問題ありません」と断言した。

「わかったわ。じゃあ、明日も22時半までにね。遅れちゃだめよ」

「え? 明日も? 美和子さん。もう大丈夫だから・・・・・・」

「じゃあ、楽しんでね。おやすみ」

 交渉の余地なく、電話は切られてしまった。


「すごいね。テレフォンカードって、まだあるんだ」

 電話機から取り出したカードをマッチが珍しげに眺める。

「うん。普通に使えたね」

「これ、何の写真? 星?」

「北斗七星だよ。一年中見える、北の星」

「へえ。くわしいね。星座?」

 正確には星座ではない。理科の授業でもやってるはずなんだけどなあ。

「おおぐま座の一部だよ」

「え、熊の星座なんかあるの?」

「あるんだな、これが。こぐま座もあるよ」

 やばい。自分の中の天体オタクのスイッチが入りそうだ。

「え、なんかかわいい。星座ってそれぞれお話とかあるんでしょ。教えて教えて」

 マッチちゃんがそう言ってしゃがみ込むものだから、天体オタクとしては嬉しくなってしまう。春香も隣に座り込んだ。

「じゃ、じゃあ、おおぐま座・こぐま座にまつわるギリシャ神話を」

 マッチは「いえい!」と拍手をした。ちょっと照れる。

「えっとねえ。昔、カリストっていう美しい妖精がいたの」

「ほうほう」

「そこへ大神ゼウスが現れて、カリストに一目惚れ。二人の間にアルカスという子どもが出来ました」

「めでたいじゃん」

「しかし、カリストの上司の女神は潔癖症で、自分に仕える妖精が子どもを産んだのがどうしても許せませんでした」

「え、カリストやばいじゃん。怒られたの」

「怒られたというか、熊に変えられてしまいました」

「そんなことある?」

「あったの」

「ギリシャ神話やば」

「うん。やばいの。とりあえず、熊になったカリストは、泣く泣く森の中で暮らすようになりました」

「まあ、熊だもんね」

「やがて、カリストの息子アルカスは立派な狩人に成長しました」

「良かったじゃん」

「ある日のこと、熊になったカリストは、森でアルカスに出会いました」

「え、まさか」

「カリストは立派に成長した息子を見て、うれしさのあまり自分の姿も忘れてかけよってしまいました」

「うわ」

「ところがアルカスからすると、大きな熊が自分に向かって襲いかかってくるのです。とっさに弓矢を構えました」

「やばいやばいやばい」

「このご様子を天の上からゼウスがご覧になり、とっさにアルカスを小熊にかえました。そして二匹を天にあげ、星座となりました。それがおおぐま座とこぐま座です」

「あ、そうなるんだ」

「ちなみに、二匹の尻尾が熊にしては長いのは、ゼウスが尻尾を持って放り投げたために伸びたと言われています。おおぐま座のその伸びた尻尾が北斗七星なのです」

「おお。つながった」

「なにはともあれ、これでようやく二人は親子なかよく暮らせるようになったのです。めでたしめでたし」

 マッチがまた拍手をする。星座の話をシズカ以外とするのは初めてだ。しかも、こんな風にのりのりで聞いてもらえるとは。自然と顔がほころんでしまう。

「でもさ、スピカちゃん。これ、めでたしめでたしなの?」

「え?」

「だってさ、結局二人とも熊のまんまじゃん。ゼウスさんはさ、息子くんを熊にかえられるんだったら、その逆だって出来るはずでしょ。カリストちゃんを人間に戻してあげればよくない?」

「いや、それはあれだよ。怒ってる女神の手前もあるから」

「そこだよ。そもそもなんで自分が手を出した女一人守ってやらないのよ。そこは男として親として命張ってでも守りなさいよ。なに、最後ちょっときまぐれで行動したからって慈悲深い神です感、出してるわけ? 勝手が過ぎない?」

 面白い解釈だなあと思った。

「確かに。かわいそうはかわいそうかも。おおぐま座もこぐま座も、一年中、北の空にいるんだけど、それは女神が許さないから、地上で休めないせいって言われてるし」

「なにそれ。全然ハッピーエンドじゃないじゃん。むしろバッドエンドじゃん」

春香は一理あると思いながらも、「マッチちゃん。これ、ギリシャ神話だから」で締めくくった。

「そっかあ。でも面白かった。他にも話してよ」

「え、じゃあねえ・・・・・・」

 春香がはりきって次の神話を語ろうとしたときだった。

聞き覚えがある、ハキハキした声が廊下に響いた。

「だれ? そこで遊んでるのは! 消灯時間とっくにすぎてるのよ!」

 見ると、廊下の端から大股で近づいてくる人影があった。声からして、多分すずリーダーだ。

「やば! スピカちゃん行こ!」

 そう言うやいなや、マッチちゃんは立ち上がって走り出した。あわてて春香も後を追う。

「ちょ! 待ちなさい!」

 無論、二人は待たなかった。

「おやすみなさーーい!」

 マッチが叫んで笑う。春香も笑った。


 春香に、二人目の友達ができた。





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