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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第4章 ずっと側にはいられない
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【第4章】 星空キャンプ編 9


 9


 カレーライスは控えめに言って絶品だった。

「外で食べるごはんって、何でこんなに美味しいんだろうね」

 マッチがご満悦の表情で頬に手を当て、スプーンをくるくるさせた。

「そうね。自分で作ったものだから、なおさらね」

 春香はルーをすくって、ランプが切った野菜を見つめた。見事に均等な大きさに切り分けられていて、実に丁寧な仕事がされている。性格が出るなあ。

「ところで、さっき、森のところで何話してたの? 盛り上がってたみたいだけど」

 マッチがそうランプに問いかけた。他愛のないことを聞く感じで切り出したが、きっとずっと気になっていたに違いない。

「別に。ただの幽霊の話よ」

 それに対し、ランプはカレーを口に運びながら、本当にたいしたことではないという風に返した。実際、ランプはたいしたことではないと思っているのだろう。

「え、幽霊が見えること、スピカちゃんに言ったの」

 マッチが目を見開いた。危うくスプーンを取り落としそうだ。

「ええ。マッチには前に言ってたわね」

「う、うん。二人だけの秘密ねって、言ってくれたよ」

「そうだったかしら。まあ、言いふらされたら嫌だったから、秘密とは言ったかも」

 ランプは春香に補足するように言った。

「マッチは幽霊が見えないのよ。まあ、それが普通ね」

 ばっと、風の音が聞こえそうな勢いでマッチは春香の方を向いた。

「え、じゃあ、スピカちゃんは、その、見えるの?」

 穴があきそうな勢いで見つめてるマッチに圧を感じながら、しかし、ごまかすことも出来ようがないので、春香は「う、うん」と頷いた。

 マッチが完全にスプーンを取り落とした。運良く皿の上に落下し、べちょりと食べかけのカレーライスの上に突き刺さる。

「で、でも、あれだよ。さっき話してたんだけど、私はランプちゃんほどじゃないんだ。ランプちゃんみたいに頻繁には見ないし、それに、声も聞こえないみたいだし」

 これは論点ではないからフォローにはならないのだろうと思いつつも、春香は言葉を重ねたが、やはり意味は無いようだった。マッチは完全に意気消沈したようで、がっくりと下を向いた。

 それに一切かまわず、ランプは続けた。

「私の知る限り、幽霊ってのは2種類いるのよ。ただ死ぬ前の行動を繰り返すタイプと、何かを伝えようとするタイプ。きっとあの女は後者ね。何を言いたいんだか。まあ、気にしなくていいわよ」

 とてもためになる話をしてくれているようだが、春香はマッチの様子が心配で気が気ではなかった。

 マッチは虚無な表情で突き刺さったスプーンをおもむろにつまむと、そのまま無言でカレーをぐりぐりし始めた。

 うわあ。重症だ。

「気にしないで。原因不明だけど、マッチは時々こうなるの」

 そう言いながらカレーを食べる手を止めないランプを見て、春香はあきれた。

鈍いなあ。ランプちゃん。自分だけが知ってるランプちゃんの秘密だと思っていたものが、こんな風に私に持ってかれたら、そりゃあ、マッチちゃんも落ち込むよ。

でも、春香もかける言葉がなかった。


『ざまあ見ろ』

 シズカがすかさずあざ笑った。

『シズカ!』

 流石にそれには春香も怒った。




 夕食の片付けが終わると、各班、そのテーブルごとにミーティングを行い、明日の予定を確認して、宿泊棟にもどった。これから部屋ごとに時間差での入浴となる。呼ばれた部屋から大浴場に行くのだ。

 部屋に戻る頃にはマッチも調子を取り戻したようで、二段ベッドの上からしきりにランプに話しかけている。前に言っていたのぞき穴は宣言通り塞がれたようで、ベッドの側面から身を乗り出して、半分、逆さづりのようなポーズでランプのベッドをのぞき込んでいる。長い髪もだらんと垂れて、ランプから見たらなかなかの光景だと思うが、ランプは慣れっこなのだろう。春香に貸した本とは別の本を読みながら適当な生返事をしていた。

 春香はというと、ボストンバッグを整理していた。着替えやタオルなどを取り出して、入浴セットを作る。そうしている内に、適当にサイドポケットに入れていたテレフォンカードが出てきた。

 ああ。そうだ。これで美和子さんに電話しないと。

 高揚していたキャンプの気分が一気に現実に引き戻されたのを感じた。22時半までに電話しないと美和子さんが乗り込んできてしまう。

 宿泊棟の3階の廊下の中央に公衆電話が設置されているのは確認済みだ。しかし、ソファなども設置されてフリースペースと銘打って憩いの場と設定されている場所でもあるだけに、今、電話を利用すればかなり目立つ。ここまで来て親に電話なんて、なんだか恥ずかしい。マッチなんかに気づかれたら「あれれ え? すぴかちゃん、さびしくなっちゃったんですかああ?」とか言ってからかわれそうだ。

 ちらりと部屋の壁時計を見る。19時半ちょっと過ぎ。まだまだ時間に余裕はある。21時が消灯だから、その後にそっと抜け出して、こっそりかけにいこう。

『たく。なんで俺たちだけこんなことをしなくちゃいけないんだ。めんどくせえ』

シズカがまた文句を言う。

『仕方ないよ。私たちも心配させちゃってるところがあるんだろうし』

 春香自身も美和子さんが過保護なことには閉口しているが、幽霊が見えるなどと言って春香が心配させてしまっている側面もある。だから、春香は美和子さんの肩を持つ形でシズカをなだめた。

まあ、実際、変な幽霊につきまとわれて、不安になっている所もある。もし、春香一人だったら、夜の森で幽霊に再会した段階で恐怖のあまり「迎えに来てくれ」と美和子さんに泣きついたかもしれない。

 でも、大丈夫。自分にはシズカもいるし、なんたって初めての霊感友達ランプ先輩もいる。怖くなんかない。

 それに、自分とシズカの最大の目的は最終日の星空観察会だ。それまでは意地でも帰るつもりはない。

 ふとテレフォンカ―ドを見ると、昼間は裏側ばかりを見て意識していなかったが、表は写真になっているデザインだった。星空だ。メインで写っているのは形からして北斗七星。

 きっと、美和子さんが、春香が好きそうなデザインを探してくれたのだろう。

 そう思うと、「まあ、電話1本ぐらいしてあげるか」という気分にはなった。




「スピカ。お風呂の順番回ってきたわよ。行きましょ」

 ランプの声で春香は読んでいたスタンドバイミーから顔を上げた。ランプがはしごを途中まで登り、春香のベッドをのぞき込んでいた。

「あ、うん」

 あらかじめ分けていた入浴セットを手に取り、ベッドを降りる。3人で部屋を出て、ランプとマッチは大浴場に向かう。しかし、春香は反対方向に進んだ。

「大浴場はこっちよ。スピカ」

 不思議そうなランプの声に、春香はぎこちない笑みを浮かべて振り返った。

「えっと。実は、私、職員用の浴場使わせてもらうことになってるんだ」

 美和子さんが事前に交渉してくれている。夕食後にすずリーダーにも確認したところ、しっかり話は通っているようだ。

 なにか、つっこまれるだろうか。

 そう不安になった春香だったが、ランプは「そう。じゃあ後でね」と後ろ手に手を振ってさっさと行ってしまった。マッチも不意にランプを独り占めできたことが嬉しいようで、上機嫌でランプの後を追った。


 職員用の浴場も大浴場と優劣ない上等なものだった。きっと、宿泊人数が多いときはこちらも宿泊者用に使われるのだろう。今回のキャンプでは主にリーダー達が利用するらしい。

 女湯に入り、脱衣所をおそるおそる覗く。誰もいない。

 すずの話では、この時間はリーダー達も利用しないように周知してくれているそうだから、心配しなくていいとのことだった。

 春香はなんとなく落ち着かず、早足で適当なカゴに荷物を放り込んだ。眼鏡を外し、服を脱ぐ。春香の視力は眼鏡がなければ何も出来ないというほどではない。ただ、近眼なので手が届かないぐらいの距離からぼやけてしまう。今回はそれがうれしかった。脱衣所に設置された大きな鏡に映った自分の体を見なくて済む。

 浴場は小綺麗な銭湯という感じだった。綺麗なのは新築だから当たり前か。ただ、別に露天風呂やサウナがあるわけでもなく、単純に、湯船を大きくしました。洗い場も増やしました。以上! という感じの作りだ。

 洗い場の一つで体を洗い、湯船に浸かる。ほどよい温度のお湯に、「ふうっ」と力が抜けた。

 今日は、疲れたな。

 初めてづくしの一日だった。特にランプとマッチ。シズカしか話し相手がいなかった春香にとって、あんなに長時間、同い年の子と会話するなんて前代未聞の出来事だった。

 明日は宿泊棟ではなくテント泊だったか。

 メンバーはどうなるんだろう。やっぱり今の3人なのだろうか。ランプちゃんと一緒になれるのは嬉しいけど、マッチちゃんは超いやがるだろうなあ。

 でも、野外でテント泊。楽しみだなあ。星空も見えるだろうか。

 心地よい湯気の中で表情を緩めていた春香は、がらりと脱衣所の引き戸が開いた音に飛び上がった。慌てて後ろを見る。

 バスタオルを手に持ったミオンが立っていた。

「え?」

「あれ?」

 目が合い、二人で固まる。

 数秒後、ミオンは「まあ、いっか」とつぶやき、洗い場で体を洗い始めた。

 いや、よくない。よくない。よくない。

「あ、あの」

 春香はあわてて湯船に肩まで浸かると、勇気を振り絞って声を張った。

「んー。なに?」

 ミオンはもう頭を洗い始めてしまっていた。

「こ、この時間は、私が入らせてもらう時間だったと思うんですけど・・・・・・」

 ミオンは頭を泡だらけにしながら、「あー」と記憶を探るような声を出した。

「そういえば、大野ディレクターがミーティングでなんか言ってたな。あんまり聞いてなかったや」

 言ってたんかい。そして、聞いてなかったんかい。

 何にせよ、もう遅い。ミオンはすでに体にまで泡を付け始めてるし、もうこの段階で出て行けとも言えまい。

 さあどうする。春香は考えた。

 春香は体を見られたくない。今、ミオンが体を洗っている隙に背後を通って脱衣所に行き、さっと服を着替えれば体を見られることはないだろう。よし。そうしよう。

 湯船にはもうちょっと浸かっていきたかったが、背に腹は代えられない。よし。出るぞ。

 そう覚悟して立ち上がった瞬間、まさかのタイミングでミオンも立ち上がった。体を洗うのが早過ぎる。

 再び、目が合う。

 慌てて背中を向けた。が、意味はあるまい。

 お腹や胸にある、昔の痣や切り傷の跡、それから火傷の治った跡。

 ばっちり見られたはずだ。また、反射的に背を向けたが、そのことで、その傷跡が体の正面だけでなく、背中にもあることを教えてしまった。

 人に見られるのは初めてではなかった。でも、こんな風に唐突に見られるとは思っていなかったから、気持ちの整理が追いつかなかった。湯気で揺らいだ視界が、さらにぼやけた。勝手に口がへの字に歪むのを感じ、必死に嗚咽が出ないように力をこめた。

 いい。別にいい。

 見られたって。なんてことはない。

 ちょっとかわいそうな目で見られるだけ。

 気を遣ってさりげなく目をそらされたり。

 ちょっと同情的な言葉をかけられたり。

 急に次の日から態度がやわらかくなったり。

 それぐらいだ。特に困ることはない。

 ただ、それが本当に嫌なだけで。

 自分が我慢すれば、別に、問題はない。


「なに。もうあがるの?」

 ミオンはそう言うと、何事もなかったように、湯船に入ってきた。突っ立っている春香のそばの浴槽の縁に腰掛ける。

 春香はおそるおそるミオンに目をやった。

 そして、驚きで声を上げそうになった。

 ミオンの体にもたくさんの傷があったからだ。

 服を着ているとわからないような箇所だった。打撲、切り傷、太ももの痣は火傷だろうか。眼鏡をしていなかったので、近づかれるまで見えなかった。

「せっかく貸し切りなんだから、もうちょっと浸かっていきなよ」 

 ミオンにそう言われ、春香も湯船にしゃがみ込んだ。気持ち、ミオンに背を向ける角度にはなったが、たぶん肩にある火傷の跡は丸見えだろう。

 春香が湯船にしゃがみ込んだのを確認して、ミオンも湯船に浸かった。春香のすぐ隣で、しゃがみ込むのではなく、ぐっと足を伸ばす。

「ふうー。ああ、つかれたあ」

 ミオンは先ほどの春香のような声を出した。

 春香は悪いと思いながらも、湯船越しにミオンの体をチラ見した。

 春香の痣や傷はもう5年以上前についたものなので、皮膚の入れ替わりで大分薄まってきていると思う。

 だが、ミオンの傷は治ってはいるようだが、どれも最近できたものが多いように思えた。

 春香の視線に気づいてはいるだろうが、ミオンはなにも気にしていない様子で足をつま先まで伸ばし、両手を伸ばし、首をこきこきやった。気持ちよさそうだ。

 だから、春香もミオンの隣で足を伸ばして座ってみた。手も同じように伸ばし、首も曲げてみる。春香の首からは何の音も鳴らなかったが、なんとなく、気分は良かった。

しばらく、二人でぼうっと湯気を見つめた。

「あの・・・・・・」

 春香は無意識に口を開いた。

「ん?」と一切態度をかえないミオンが返す。

 聞いてみたかった。その傷はどうしてついたのか。この人にどんな過去があるのか。

 もしかしたら、春香自身も、聞いてほしかったのかもしれない。美和子さん以外、知らない春香のこれまでについて。

 でも、春香の口からでたのは質問でも、自分語りでもなかった。

「慣れないことをすると、疲れますね」

 ミオンはちょっと眉を上げた。

「そうね。疲れたわ」

 春香の濡れた髪から落ちた滴が、湯船にぴとんと落ちた。

「なんか・・・・・・」

「うん」

 春香はぐっと首を後ろに伸ばして湯気に包まれた天井を眺めた。

「お互い、大変ですね」

 ミオンは短く笑った。

「そうね」

 ミオンもぐっと背中を反らした。

「大変だわ」

 




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