【第4章】 星空キャンプ編 7
7
宿泊棟は白を基調とした大きな建物で、なんとなく病院が連想された。
廊下も宿泊施設にしては飾り気がなく、ホテルよりも病棟の廊下に近い。部屋は数人で一部屋あたえられた。もちろん、番号順。
予想はしていたが、ランプ。春香。マッチの3人部屋だ。
部屋のドアに貼り付けられた割り当ての番号を見た途端、マッチは大仰なため息をついた。
「あーあ。パパにはランプちゃんと二人部屋にしてほしいって頼んだのになあ」
社長の口添えでも、流石にそこまで目立つ忖度は難しかったのだろう。他の班は4~5人が多いので、これでも配慮されている方なのではないか。
「よ、よろしく」
春香は改めてぎこちなく二人に礼をした。それに対してマッチは小さく舌打ちをして無視。ランプは「よろしく。楽にしなさい」とさらりと言って部屋のドアを開けて入っていった。正直、ランプの方がお嬢様の風格がある。
「え、二段ベッドじゃん!」
マッチがはしゃいだ声を出す。部屋には木製の大きな2段ベッドが二つ設置されていた。両側の壁に沿う形で向かい合っている。古びた畳に自分で布団を引くのかと勝手に思い込んでいたので、春香も気分が上がった。二段ベッドは子どもなら一度は使ってみたいロマンの塊である。
「ランプちゃんランプちゃん! どこで寝る?」
マッチの浮かれた声に、ランプは「そうね」と二つの二段ベッドを眺めた。
「せっかくだから、上の段にしようかしら」
すると、マッチは「え・・・・・・」と肩を落とした。
「あたしも、上がいい・・・・・・」
「ベッドは二つあるんだから、隣のベッドの上で寝ればいいじゃない」
「やだ。ランプちゃんと同じベッドがいい。『もう寝た?』とか言って、上からのぞき込んだりしたいもん」
ランプはため息をついた。
「わかったわ。私が下で寝る。あんた、その上を使いなさい」
「やったあ。ありがと!」
マッチは引き気味のランプに無理矢理ハグすると、荷物を背負って嬉しそうにはしごを登っていった。
ということは、私はこっちのベッドか。
春香はもう片方の、向かいのベッドを見つめた。上下どちらにするか少し迷い、せっかくならと上の段を選択した。下の段に誰もいないのはなんとなく変な気分だが、逆に言えば気を遣う必要もない。
春香がはしごを登り始めたところで、ランプが「スピカ」と声をかけた。
「勝手に決めちゃったけど、スピカそっちでいい? なんなら今からじゃんけんやくじで決めてもいいのよ」
「あ、全然大丈夫。お気遣いなく・・・・・・」
「そう」
ランプが向かいのベッドの下の段に消えたのを見届けて、春香も上の段に潜り込んだ。
ベッドの上は思ったよりスペースがあり、ボストンバッグを足下に置いても十分に手足を伸ばせた。自分だけのスペースは、秘密基地感があってちょっとワクワクした。
上の段から、改めて部屋を見回す。両サイドの壁に沿うように設置された二つの二段ベッド。その間が通路のようになっていて、奥にはカーペットが敷いてあり、小さなテーブルもあった。
入り口のドア付近の壁には懐中電灯が一つが設置してあった。「非常時以外、使用禁止」とある。消灯後にベッドに持って行ったりしたら怒られるだろうか。
しかし、その必要はないようだった。
「すごい! ランプちゃん! 枕元にライトも付いてるよ!」
マッチが叫んだ。
「読書灯ね。気が利くわ」
「ねえねえ! この隙間から下がのぞけるよ! ランプちゃんの顔が見える!」
「ほんとね。あとで塞いでおくわ」
「なんでよ!」
二人とも、たのしそうだなあ。
春香もベッドの枠組みの隙間を覗いてみた。ベッドの四隅にある小さな隙間である。確かに、下の段が丸見えだ。まあ、春香の下には誰もいないが。
「スピカ!」
下からランプの声がしたかと思うと、文庫本がベッドに飛び込んできて驚いた。布団がボスンと音を立てる。向かいの下の段から投げ込んだのだろう。
「暇だったら読んでみて。原作もいいわよ」
拾い上げると案の定、スタンドバイミーだった。
ランプは、二人とベッドが離れた春香が寂しいのではと、気を遣ってくれたのかもしれない。まあ、単なる布教活動というだけかもしれないが。
後で読もう。
「ありがとう」と下に向かって声を張り、春香は本を枕元に置いた。
一日目の夕食はカレーだった。
とは言っても、昼食で使用した食堂ではない。炊事場で自分たちで調理するのだ。ようやくキャンプらしくなってきたと言える。
5班の10人で役割分担をする。役割はくじで決まり、ランプは野菜を切る係、春香とマッチは火起こしをする係となった。
マッチは明らかにランプと違う係になったことが不満のようだったが、火起こしの指導係がミオンリーダーだったので、変な抵抗はしなかった。常時仏頂面ではあったが。
薪割り班は炊事場から少し離れた所にある薪割り場に移動した。周りを見回すとすぐ近くが森だった。
薪割り場には薪割り台用の丸太がテーブルのようにいくつも設置されていた。鉈もたくさん用意してある。
「いい? 軍手は利き手じゃない方にするのよ。利き手には鉈を持つからね。鉈を持つ方に軍手をしちゃうと、振り上げたときすっぽ抜けるわよ」
ミオンの指示に従って利き手とは逆の手に軍手をはめる。ミオンはこれまでの退屈そうな表情から打って変わって生き生きとしていた。どうやら野外活動自体は好きらしい。歯切れのいい指示を、火起こし係の子ども達は集中して聞いていた。が、例外もいた。
「そこ! ちゃんと聞いてる?」
注意されたのはマッチだ。マッチは指示を一切聞く様子なく、あさっての方向を見ている。
「聞いてないと、いざってときに怪我して困るのは自分よ」
ミオンにそう言われてもマッチは「ふん!」と息を鳴らしただけだった。
これ以上言っても無駄だと判断したのだろう。ミオンは説明を続けた。
「鉈を使う際は周囲に人がいないかよく確認すること。割れた薪がとんでいく可能性もあるからね。鉈は木目と同じ方向にまっすぐ振り落として・・・・・・」
ミオンの説明はわかりやすく簡潔だった。正直、人の指示を一番聞いていないし、子どもに対しても何の容赦もないミオンの人間性には不安なところがある。しかし、キャンプのインストラクターとしてはなかなか有能のようだ。
「たくさん注意点を言ったけど、気を付けて使えば危ないことはないわ。刃物といえど、薪を割るために設計されたものなのだから、正しく使えば誰だって安全に使用できるようになってる。さあ、各自、鉈を持って始めましょう」
ミオンの合図で、子ども達は鉈を取り、いくつも用意された薪割り台用の丸太に散らばった。春香もおそるおそる鉈を手に取る。子どもでも扱いやすいように小ぶりのものであったが、ずしりとした重みが包丁などとはまたちがう危険性を感じさせた。
対して、マッチは「もっと大きい斧とかがよかったな」なんていいながら、なんのこともないようにひょいと持ち上げた。
「あなたはダメよ」
そう言って、ミオンはその鉈をマッチから取り上げた。
「説明、聞いてなかったでしょ。危険だわ。あんたはスピカがやるのを後ろで見てなさい」
あちゃー。またもめるぞ。
そう思って身構えたが、マッチはミオンを一睨みしただけだった。むしろ「じゃあ、スピカちゃんよろしく」と言って、またあさっての方向を向いてしまった。
ミオンはため息をつき、「スピカ。悪いけど二人分お願い」と言って、別の子を見に行った。
春香は「やれやれ」と思いながら、薪を取り、薪割を始めた。春香の手で握り込めないぐらいの太さの薪を何度か縦に割り、割り箸ほどの細さにしていく。
びびって勢いが足りず、刃が薪の途中で止まってしまった。すかさずミオンが来てアドバイスをくれる。助言通りに、鉈が食い込んだままの薪をハンマーのようにコンコン丸太に叩き付けると、面白いぐらい綺麗にパカンと割れた。
鉈の、あからさまに刃がむき出しの形状にびびっていたが、ミオンの言うとおり、本来は薪を割るためだけに設計されたものだ。正しく使えば、薪を綺麗に割れる便利な道具だ。
気持ちいい。これはやみつきになりそうだ。
「マッチちゃん。思ったより面白いよ。私、教えてあげるから、やらない?」
振り返ってマッチちゃんに声をかけた。しかし、マッチはあいかわらず別方向を見たまま「やらない。興味ない」と塩対応だった。
楽しいのに。
さっきから何を見ているのかと、マッチの視線をたどると、少し離れた炊事場のテーブルで野菜を切るランプがいた。おしゃべりに夢中の他のメンバーを尻目に、黙々とすごいスピードで人参を切り分けている。その姿を、マッチが遠目に寂しそうに見つめていた。
そこでようやく春香は納得した。マッチは野外活動がしたくて来たわけじゃない。キャンプになんか、きっともともと興味がないのだ。
ランプと一緒だから、一緒にいられるから、このキャンプに来たのだ。きっとこのキャンプにランプを誘ったのもマッチだろう。そして、二人で参加できるようにするため、父親を使ってズルまでしたのだ。
だったら、そりゃあ、私は邪魔だろうなあ。
きっと、この場にいるのが春香ではなくランプだったら、この薪割りも大喜びで参加したに違いない。
日が落ちて辺りが暗くなってきたところで、薪を全て割り終わった。
割り終えた薪を抱えて、かまどに向かう。流石にマッチも半分持ってくれた。
炊事場は屋根の下にテーブルが並んでいる調理用の場所と、石造りのかまどがたくさん備え付けられている火起こし用の場所に別れていた。距離は10メートルほど離れている。春香とマッチは火起こし用の場所に行き、空いてるかまどの一つに火をおこす。これもミオンが説明してくれた。
「薪っていうのは表面をあぶっても火は付かないの。木の中心まで温まらないと本格的に燃え出すことはないわ。だから、いきなり太い薪を置くんじゃなくて、細い薪を組み合わせる。この時、隙間なく敷き詰めちゃうと空気が通りにくくなるから・・・・・・」
ミオンの言うとおりにやっていたらすぐに火が付いた。暗くなり始めた夏の夕方の空気に、たき火はよくなじんだ。
ミオンは別のグループに指示を出しに行ってしまったが、火を絶やさないのが春香の使命である。かまどの前でしゃがみこみ、火の具合を見ながらせっせと薪を継ぎ足す。
「あんたさあ」
春香の後ろでしゃがみ、黙って火を見ていたマッチがつぶやいた。
「え?」
「さっき、ランプちゃんに本貸してもらってたでしょ」
「う、うん」
マッチはそこでまた黙った。
え、なに?
火がパチリと小さく爆ぜた。
「どうやったの?」
「どうって・・・・・・」
「あたし、一回も、そんなことしてもらったことないのに」
怒った様子でもなく、苛立っている様子でもなかった。マッチは淡々と言葉を重ねた。ゆらぐ火に照らされ、マッチの整った顔が半分ほどオレンジ色に染まっていた。
「なんでぽっと出のあんたが、あたしより仲良くしてんのよ」
春香は戸惑った。
ここまで、マッチはニコニコ笑っているか、ミオンに噛みついているか、春香を邪険に扱うかだったが、今はそのどれとも違った。たき火を前に、静かに、まるで自分の内面と会話をしているかのようだった。
「・・・・・・ええと。・・・・・・それは、あれじゃないかな。新しい人間関係ってものめずらしいし・・・・・・それに、私から見れば、マッチちゃんの方がずっと仲よさそうだよ。きっと、ランプちゃん、マッチちゃんのことも大事に思ってると思うよ」
必死の春香のフォローにも、マッチは黙ったままだった。春香ではなく、じっとたき火を見つめている。
「それに、ランプちゃん、口下手だし・・・・・・」
マッチは「ふー」と息を吐いて、自分の膝の間に頭を沈めた。
「・・・・・・あたしより、ランプちゃんのことわかってるみたいに言わないで。むかつくから」
「ええ? あ、えと・・・・・・ ごめん」
・・・・・・どうしよう。
『なんだこいつ。めんどくせえな』
シズカもあきれたような声を出した。
『そんなこと言わないの。きっと、この子にもいろいろあるんだよ。多分・・・・・・』
それっきり、マッチは黙ってしまった。




