表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第4章 ずっと側にはいられない
71/230

【第4章】 星空キャンプ編 4


 4


『とはいえ、あのコネ娘、やっぱむかつくな。一発殴ってやれば良かったんだ』

 バスが国道を走り始めると、シズカが頭の中で悪態をついた。

『やだよ。乱暴だなあ。それに社長令嬢だよ。もしそれで星空観察に参加できなくなったら、本末転倒だし』

『じゃあ、星空観察後に、血祭りだな』

『しないよ。そんなこと』


 バスが高速に乗った。ここから長野まで数時間の旅路だ。ちらりと窓側の席を見る。ランプはいつの間に取り出したのか、文庫本を読んでいた。話しかけづらい雰囲気だ。一発目のあいさつが不発に終わったのが悔やまれる。

 今度は通路の向こうを見る。コネ娘こと、マッチは隣の男の子と楽しそうにしゃべっている。それどころか、前後の子も巻き込んでしりとりをして盛り上がっていた。あんな騒ぎを起したあとなのに。コミュ力すごいな。

 しりとり、楽しそうだな。自分も入れてもらえないかな。

 ちょっと期待を込めて見つめていると、笑顔のマッチと目が合った。すると、マッチは笑顔を引っ込め、明らかに敵意をむき出しの目で春香を睨み付けた。春香は慌てて顔を前に戻した。

 なんで。私、何もしてないのに。


『お嬢様に完全に敵認定されたな。おめでとう』

 シズカが愉快そうに笑う。他人事だと思って。


 春香はため息をついた。長野までは遠い。両隣の子と仲良くなるのは無理そうだし、もう寝ちゃおうかな。

「さっきは悪かったわね」

 急に隣から話しかけられて、春香はびくりと肩を揺らした。隣の小柄な少女を見つめる。ランプは相変わらず文庫本を読んでいた。

「え?」

 ランプは本から目を離さなかった。だからまるで独り言のようだったが、確かに春香に向けて続けた。

「隣の馬鹿のことよ。あの子、時々暴走するの。嫌な思いをさせたんじゃないかと思って」

「あ、ああ」

 さっきのことを気にかけてくれたのか。友達の代わりに謝ってくれているらしい。

 その割に全然こっちを見てくれないが。

「べ、別にいいよ。結局、席は代わらなかったし。気にしないで」

「そう。ならいいわ」

 それきり、ランプは黙ってしまった。黙って読書を続ける。

 どうしよう。せっかく話しかけてくれたんだ。会話を続けるべきじゃないだろうか。

 春香は迷った。ランプは明らかに本に集中している。別におしゃべりなんかしたくないのかもしれない。それに、おしゃべりをしてくれることになっても、自分なんかと話をしても、きっと楽しくない。


『ごちゃごちゃ考えてないで、さっさと話しかけろバーカ』

 シズカがあきれたような声を出す。

『バカって言わないでよばか』


 春香は一人深呼吸をして、声を絞り出した。

「な、な、何、読んでるの?」

 よし。ちょっと言葉がつっかえたが、聞き取れる程度のはず。話題としても悪くないはず。

 固唾をのんで反応を伺う春香に、ランプはまた本から目を離さず、端的に答えた。

「スタンドバイミー」

 すたんどばいみー。知ってる。聞き覚えがある。春香は懸命に記憶を探った。

 そうだ。美和子さんの映画コレクションだ!

 美和子さんは大の映画好きで、書斎の本棚にたくさんの映画をコレクションしている。春香は美和子さんが留守の時、よくそのコレクションをこっそり無断で視聴していた。その中にあったはず。

「あ、あれだよね。あの、男の子達が、死体を探しに、線路を伝って、冒険するやつ」

 そう言った瞬間、ばっとランプはこちらに振り向いた。急な動きにまた春香の肩が飛び上がる。

「読んだことあるの?」

「えっと。映画で観て・・・・・・」

「そっか。私は断然、原作派だけど、映画版を見たこともあるわ。どうだった?」

「ええ・・・・・・ 面白かったけど・・・・・・」

「どの場面が?」

 どの場面が!?

 試されている。ここで当たり障りのないことを答えてしまったら、きっともう話しかけてもらえないだろう。

 考えろ。どう考えてもランプはこの作品が好きなのだ。大好きなのだ。恐らく原作を何度も読み直すほどには。

 春香は必死に映画の内容を思い出した。幸い、視聴したのはそこまで昔ではない。

「あの、眼鏡の子が、汽車に向かって度胸試しをするところ・・・・・・ とか」

「テディね。どうして?」

 どうしてって・・・・・・

 春香は頭をひねって言葉を絞り出した。

「なんだろう。えっと、その、あの子は、自分をひどい目に遭わせた父親を愛しているでしょ。耳まで焼かれたのに。ずっと愛してる。でも、その反動なのか、自分のことは全然大事にしてない。それがなんか、悲しいというか・・・・・・」

 これで合ってるのだろうか。不安げにランプの様子をうかがう春香に、ランプは「なるほど」と頷いた。

「そっか。そんなふうに解釈したんだ。人の意見を聞くのって面白いわ」

 良かった。表情はそこまで変わっているように見えないが、どうやら悪くない返答が出来たようだ。

「他に好きな場面は?」

 ええ・・・・・・ 正直、そこまで覚えてないんだけどなあ。

「・・・・・・主人公が、銃を撃つシーンとか・・・・・・?」

 そう言った瞬間、ランプはパチンと手を叩いた。

「そこよ。映画と決定的に違う場面は。あのね、映画だと最後に銃を構えるのは主人公だけど、原作小説では親友のクリスなの」

「そ、そうなの」

「ええ。きっと主人公の内面の成長を描きたかったのね。他にも結構、原作と違うところがあるの。さっきの汽車を避けるシーンも微妙に配役が違うしね。でも、映画として全体的にいい出来よ。流石、青春映画の金字塔と言われるだけあるわ。映画ならではの脚色もある。例えば・・・・・・」

 なんか急に饒舌に話し始めた。春香は「へえ」「そうなんだ」「すごい」と懸命に相づちを挟んだが、 実際の所、ランプは春香の反応などお構いなしといった感じだった。春香が途中で眠り込んでも続けたかもしれない。どれだけ語ったかというと、一時間後のサービスエリアのトイレ休憩までノンストップだった。

 流石に勢いがすごすぎて、「と、トイレ行ってくる」とバスを降りた。が、「私も行くわ」とランプも一緒におり、駐車場を歩く間も春香の隣でジェスチャーを交えながら延々とマシンガントークを続けた。

逃げるようにトイレの個室に入って一息をつく。


『物静かなオタクほど、しゃべり出すと止まらないって本当なんだな』

 そうぼやくシズカに、返答する元気すらも春香にはなかった。

 

 用を済ました後も、春香はしばらく便器に腰掛けた形でぼーとしていた。

 同年代の子、とはいえ、多分かなり変わった子ではあるんだろうけど、とりあえず同じ年頃の女の子とこんなにお話をするのは初めてで、かなり気疲れがあった。まあ、ほとんど春香はしゃべっていないのだが。

 そろそろ出ようか。

 そう思って身だしなみを整えようとしたとき、個室のドアの前に人の気配がした。個室トイレのドアは床とドアの間に隙間がある。そこから陰が動くのが見えた。ドアの前に誰かいる。

 ランプかな? とっくにバスに帰ったと思っていたが、待ってくれていたのだろうか。

 春香はあせって便座から腰を上げようとし、そこで動きを止めた。

 首筋にぞわぞわと寒気が走る。全身に鳥肌が立ったのがわかった。


 あ、ちがう。


 春香は中腰のまま、動きを止めた。

 視線は自然と、床に釘付けになる。個室の扉と、ジメジメしたトイレの床とのすき間から、蛍光灯の明かりが漏れ出ている。


 やばい。来る。


 カリカリカリ

 そんな音とともに、ドアと床の数センチの隙間から、ぬっと2本の手が入ってきた。骨張った指の、鑞のように白い手。その指の細さから、多分女性の手だ。床を爪でひっかくようにして、かりかりかりかりと進んでくる。そして、春香の靴に触れそうになるほどのところで手は動きを止めた。隙間が小さすぎて腕がつっかえ、それ以上手が入らないのだろう。

 春香はその手をじっと見つめて固唾をのんだ。

白い手はまるでその隙間から無理矢理に個室に入ってこようとでもするように、

ガリガリガリガリガリガリガリ

と床をかきむしった。爪が割れ、赤黒い血が床になすりつけられる。

 春香は悲鳴を上げそうになるのをぐっとこらえた。

大丈夫。大丈夫だ。

 何秒たっただろうか。2本の手はピタリと動きを止めた。そして、すうっと2本の手は引っ込んでいった。

 しばらくたってから、春香は浅く息を吐き、ゆっくりと立ち上がって身だしなみを整えた。

『ハルカ』

 シズカが緊張した声をかけてくる。

『絶対、上を見るんじゃないぞ』

春香は声に出して答えた。

「わかってる」

 頭の上、ちょうどドアと天井の間の辺りから、すさまじい視線を感じる。

 だが、春香は動じなかった。こういうことは初めてではない。ここまであからさまなのは初めてだが、自分は大丈夫だ。シズカもいる。

 自分がしっかりしていれば、彼らはそれ以上何も出来ない。それを春香は経験上知っていた。

 あえて静かに扉を開ける。

 誰もいない。

 床に目をやる。もちろん、血の跡なんかどこにもない。

 春香はゆっくり歩みを進め、鏡を絶対に見ないようにして手を洗った。

 トイレを出ると、まぶしいほどの日光と夏の熱気が春香を迎えた。そこでようやく春香は大きく息を吐いた。安堵で涙目になるのがわかった。

「どうかした?」

 トイレの外壁にもたれていたランプが小首をかしげる。

「う、ううん。なんでもない。ありがと。待っててくれて」

 気丈に答えた春香に、ランプは「そう」とだけ答えると、バスに向かって歩き始めた。春香も後に続いた。

 どれだけ視線を感じても、春香は背後を絶対に振り向かなかった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ