【第4章】 星空キャンプ編 1
「あれ、なんて星かな」
ハルカは固いフローリングの床に寝そべり、大きな天窓を指さした。
真っ暗な部屋の中、わずかに漏れる天窓からの月明かりが、あざだらけでやせ細ったハルカの腕を青白く映し出す。
「さあな」
気のない返事がすぐそばから帰ってくる。隣に目をやると、自分と同じように、あざと傷だらけのやせ細った少女、シズカが、ハルカと頭と頭をくっつけるように寝そべっていた。そっけない言葉を返してはいるものの、シズカも天窓を見つめていた。そりゃそうだ。いま、この大きな部屋で、天窓以外に見るものなんてないのだから。
ハルカはとりあえず姉が自分と同じものを見ているのだとわかり、安堵してまた天窓に目を戻した。
「あれ、あの形、オリオン座だよね。前にテレビで見た」
「だろうな」
ハルカはちらりと部屋の奥にある大きな液晶テレビに目をやった。画面に大きなひびが入り、もう長いこと、なにも映ってない。
「てことは、今、冬だね」
「ああ。寒いしな」
シズカの吐く息がわずかに白くなる。
「てことは、ふたご座もあるはずだよね」
「あるだろうな。確か、オリオン座の上だ」
ハルカは腫れあがった目を細めて星座を探した。だめだ。見つからない。そもそもどんな形だったかうろ覚えだ。
「……わかんないね。よくみえない」
「星座ってのは、山奥とか、田舎とかじゃないとよく見えないんだよ」
「テレビで言ってたね」
「ああ。テレビで言ってた」
「いつか、見に行こうね。二人で」
「山奥にか」
「うん。星がすっごく綺麗に見えるところで、二人で天体観測をするの」
シズカは笑った。
「いいな。きっと最高だ」
「シズカ、何が見たい?」
「うーん」
シズカは少し考えて答えた。
「流星だな」
「流れ星! いいね。私も見たい」
「だろ? 星がびゅんびゅん流れていくんだぞ。絶対に綺麗に決まってる」
「一緒に見に行こうね」
「ああ」
「約束だよ」
「約束だ」
ハルカは少し、少しだけ明るい気分になれた気がした。
くすんだ天窓を見つめる。
ふたご座。私たちと同じ双子の星座。見えたらいいのに。
ハルカはふうっと白い息を吐いた。フローリングの床は冷たかった。
「あの、双子座の二人、たしか、姉妹じゃなくて兄弟だろ」
ハルカの心を読んだように、シズカがつぶやいた。
「そうだったね」
「確か、二人とも神の子で、でもどっちかは神に近いから不死身だけど、もう一人は人間よりだから冒険の末に、死ぬんだったか」
「だから、神様にお願いして、星座にしてもらったんだよね。いつまでも一緒にいたいから」
そうして二人はゼウス様に星座にしてもらいました。そして今でも、二人仲良く、空の上で幸せに過ごしています。
ハルカは、ふたご座が、おそらくあるであろう場所を見つめた。
「いいなあ。わたしたちもなりたいね」
そうつぶやいたハルカを、シズカは鼻で笑った。
「星座にか? なってたまるかよ」
ハルカはまたシズカの横顔に目をやった。シズカもこっちを向く。やせこけた頬、腫れあがった瞼、切れた唇。汚れて脂ぎった長い黒髪。
きっと、私も同じ有様なのだろう。だって、私たちは双子なんだから。
「生きるんだよ。ここを出て、生きるんだ」
何度目だろう。姉のシズカがこう言うのは。その度に、妹のハルカは笑顔を作ってうなづいてきた。でも、今日はなぜか笑顔が作れなかった。
ハルカは星座になりたいという意味で言ったわけではなかった。自分たちも、双子座のように、ずっと一緒にいたい。幸せになりたい。そう思ったのだ。「幸せ」の意味を、ハルカはよく知らなかったけれど。
言葉がつまり、視界が涙で揺らいだ。
「……私たち、幸せになれるのかな」
いつも凛々しいシズカの顔も、妹につられるようにゆがんだ。
「知るかよ」
シズカは寝ころんだまま向こうを向いてしまった。シズカは先のこととか、未来の話は好きではないのだ。
ハルカは天窓を見つめた。若干薄汚れたガラス越しに、よく見えない星座たちを想像する。
「まあ……」
ハルカの手が握られた。だからハルカも握り返した。
シズカが目を閉じる。ハルカも目を閉じる。
「生きてみれば、わかるさ」
1
千載一遇という言葉がある。
みんな、気軽にこの言葉を使っている。だがよく考えれば、いや、よく考えなくとも、本来の意味は文字通り、千年に一度の大チャンスという意味だ。つまりハレー彗星をこの目で見ることの13倍以上の難易度となるわけで、それこそ小学6年生にとっては天文学的なスケールの話になり、実際そんな幸運はそうあるわけはない。
だけど、自分にとって、これはそういうレベルの大チャンスだ。気持ち的には天文学的確率の大大大チャンスなのだ。
パイプ椅子に座った立花春香は、そう自分に言い聞かせて、何度も何度も読み返した一枚のチラシを握りしめた。くしゃりと折れ曲がったチラシから「子どもキャンプ」という文字が覗く。
「チラシ、くしゃくしゃになってるよ」
隣に座るスーツ姿の美和子さんにそう言われ、春香は無意識に手に力が入っていたことにようやく気が付いた。あわててチラシを膝にのせてしわを伸ばす。係の人に言えばいくらでも新しいのを貰えるだろうが、なんとなく初めに手にしたこの一枚に愛着がわいていた。
「そんなに嫌なら、辞退して帰ってもいいのよ」
そういう美和子さんは新聞を眺めながら不機嫌そうに眉間にしわを寄せていた。美和子さん自身が帰りたいのだろう。
「・・・・・・いやです」
春香は丸眼鏡越しに、美和子さんを見る。ちょっと睨んでしまったかもしれない。美和子さんは少し驚いたように新聞から顔を上げた。普段、こんな顔を美和子さんに向けることはない。むしろ、話しかけられても目を伏せていることがほとんどだ。
美和子さんはしばらく春香の顔を見つめると、にやりと笑った。
「じゃあ、せいぜい健康診断がんばりなさい」
その言葉の響きだけで、今度は春香のほうがひるんだ。
ちらりと前を見る。ちょうどパーテンションで区切られた一角から白衣の看護師さんが顔を出したところだった。「次の方どうぞ」という声とともに、自分の前に親に連れ添われて座っていた子供が立ち上がった。看護師とともにパーテンションの奥に消えていく。
次は私だ。
春香は唾を飲み込んだ。健康診断は、嫌いだ。
美和子さんは私の気持ちが分かっているのだろう。優しい言葉をかけてくれるわけではなかったが、ビビる春香をからかうこともせず、世間話を振ってくれた。
「ずいぶん厳重ね。子供のキャンプごときで事前説明会だなんて。しかも、健康診断まで。検尿に、この後は採血まであるらしいじゃない」
「3泊4日ですから。なにかあったら困るんでしょ」
この春に40歳の大台に乗った美和子さんは「私の時代とは違うなあ。厳しくなったものね」と両手を頭の上で組んだ。
「主催は大手キャンプメーカですけど、実は市や県も関わっている一大プロジェクトらしいですから。念が入っているんだと思います」
春香はチラシに目を落とした。夏休みに市内の子どもたちを集めての、長野県の山奥で子どもキャンプ。
『街中では決して味わえない大自然に囲まれながら、親元を離れた冒険のひと時。きっと忘れられない思い出になる』
そんなうたい文句が並んでいる。行先の県の魅力をアピールする目的もあるのだろう。子どもキャンプと銘打っているわりにかなり大きなイベントのようだった。その証拠に事前説明会と健康診断のために市立の大きなホールを貸し切っている。
「まさか、勝手に応募するなんてね」
美和子さんがチラシを覗き込んでぼそりと言った。チラシの下半分の応募欄は切り離されている。春香が切り取って提出した。保護者欄に勝手に美和子さんの名前を書いて。
「相談したら、どうせ反対しましたよね」
「まあ、するわね。危ないもの」
「はい。それがわかっていたので。無断でお名前をお借りしました。すみません」
美和子さんに頭を下げる。少しだけ、眼鏡がずり落ちた。美和子さんはまだ何か言いたげだったが、チラシを胸に抱いて頭を下げる春香を見て、言葉を飲み込んだようだった。
「まあ。今から辞退したら、抽選に落ちた子たちがかわいそうだもんね」
このキャンプは春香の住む市内の小学6年生全員を対象に募集が行われた。3泊4日、しかも県外への小旅行である。だというのに町おこしの側面や教育支援の名目があるためか、参加費が無料だった。当然、応募者が殺到。かなりの倍率の抽選になったらしい。事実、春香の学校の同級生も数人応募していたようだったが、当選したのは春香一人だった。
まさに千載一遇である。
『よかったな。ハンコを偽造したことまではばれてなくて』
春香の頭の中に声が響いた。
『シズカ、うるさい』
春香は声に出さないように注意しながら頭の中で返事をする。
『百均で買った適当なハンコで押印をごまかしたなんて知られたら、美和子さん大激怒だぜ』
シズカの声がまた脳内に響く。
『うるさいって言ってるでしょ。そもそも、あれはシズカのアイデアでしょ』
『うまくいっただろ』
「春香。どうしたの」
美和子さんが心配そうに春香の顔を覗き込んだ。美和子さんは急いで笑顔を作り、ずれた眼鏡を押し上げてごまかした。
「いえ。なんでも」
美和子さんは「そう」と言いながらも、春香から目を離さない。なんでもないという春香の言葉を信じているわけではないのだろう。春香の挙動を心配しているのだ。
でも、言えるわけない。
死んだ双子の姉の声が、頭の中でするなんて。
その時、美和子さんのスーツの胸ポケットが振動した。しばらく続くことから、メールではなく電話らしい。しかし、美和子さんは携帯電話を取りだそうとしない。
「電話、なってますよ」
「いいのよ。今日、オフなんだから」
そういいつつ、スーツ姿なのだから説得力がない。
たっぷり数十秒、振動は続き、ぷっつり途絶えた。
「かけなおしてきたらどうですか」
「いいって言ってるでしょ。今日は、春香と過ごす日」
そう言って微笑む美和子さんを、「そうですか」と春香は複雑な表情で見返した。
そう言いつつも、しばらくすると美和子さんはまた新聞に目を落とした。さっきから同じページばかりを見ている。
「何か、あったんですか」
美和子さんは、少しの沈黙の後、紙面をちらりと春香に見せた。
「この、大臣さんよ」
春香はモノクロの荒い顔写真を見て、「ああ」と頷いた。美和子さんとは関わりが深い人だ。春香も過去に何度か会ったことがある。
「どうかされたんですか」
美和子さんはすっと新聞を手元に戻した。
「心臓の病気らしくて、政治から一線を退くことになったらしい。今朝、正式に発表されたそうよ」
「ご活躍されていたのに。残念ですね」
美和子は答えず、代わりにため息をついた。
もしかしたら、さっきの着信もその件なのかもしれない。きっと忙しくなるのだろう。
「・・・・・・かなり、お悪いんですか?」
「そうね。私の情報網によると、末期だって。それこそ、心臓をとっかえないことには、もう無理でしょうね」
春香はどう反応するのが正解なのかわからず、「そうですか」と返すだけにとどめた。
おぼろげな記憶に、若々しい人なイメージだったが、実際はそれなりの年齢だったらしいし、政界で活躍するにあたっては無理もあったのだろう。盛者必衰。諸行無常だ。
なんにせよ、自分には全く関係のない話だ。春香はそう思った。
「次の方、どうぞ」
看護師の声に、春香はびくりと肩を震わせた。
「ほら。頑張って」
春香は立ち上がり、ゆっくりと看護師に近づいた。看護師に付き添われてパーテンションの陰に入る。
その時、ちらりと一瞬だけ後ろを振り返ってみた。
美和子さんが急いで携帯電話を取り出して立ち上がったところだった。かけなおしに行くのだろう。
『なんだ。結局かよ』
シズカが不満げな声を頭の中で漏らす。
『仕方ないよ。弁護士なんだもん。忙しいんだよ』
診察してくれるのはニコニコしている中年の女の先生だった。聴診器を手に持っている。
「……お願いします」
「はい。こんにちは」
手で促され、春香は丸椅子に座った。
「怖がらなくていいからね」
先生が春香の表情を見て、声をさらに和らげた。自分でも緊張で顔が強張っているのが分かった。
身長体重を測るのはいい。次の採血だってちょっと痛いだろうが、それだけだ。別に怖くない。
でも。これだけは苦手だ。
「じゃあ、胸の音を聴くから、服をまくってください」
春香は着ている厚手の長袖Tシャツの裾をつかみ、そこで止まった。春香は躊躇していた。服の上からやってもらうことはできないのだろうか。
『ハルカ。さっさと済ませようぜ』
『簡単に言わないで。体を見られるのは私のほうなのよ』
『これまで何度もあっただろうが。いい加減に慣れろ』
「どうかした? だまっちゃって」
先生が怪訝そうな顔で春香の顔を覗き込んだ。
「大丈夫よ。注射はもう終わったし、お胸の音を聞くだけよ。」
『ハルカ。腹くくれ。キャンプのためだ』
春香は、覚悟を決めて、ばっとTシャツをまくり上げた。視界がTシャツの裾で隠れる。
「ひゅっ」と先生が小さく息を飲むのが聞こえた。
数秒の沈黙の後、Tシャツの生地越しに、先生が問診表を確認する音が聞こえた。眼鏡がTシャツに押しつけられて、ちょっと鼻の付け根が痛んだ。
「立花……春香さんね」
美和子さんが事前に連絡を入れておいてくれたのだろう。先生は何事もなかったように補聴器で検査を始めた。
「後ろを向いてください」
背中を見た際、今度は先生は何の反応もしなかった。自然な動作で聴診器を当てる。
「はい。いいですよ」
服を下げた春香に、先生は微笑んだ。
「がんばったわね」
初めの営業的なニコニコ顔ではない。慈愛に満ちた、優しい、温かい笑顔だった。
春香は「ありがとうございました」と一礼すると、パーテンションの空間を出た。
『ああいう顔されるのが、一番むかつくよな』
シズカの声を、春香は否定しなかった。
席に戻ると、美和子さんは何事もなかったかのように座って新聞を読んでいた。しかし、わずかに息が上がっているし、読んでいる新聞もさっきの大臣の記事のところから進んでいない。急いで電話から戻ってきたのだろう。
「ごめんなさい。忙しい時期なのに・・・・・・」
「ん? え? なにが? 別に忙しくないわよ。つ、次は採血でしょ。さっさと済ませましょ」
白々しく笑顔を作る美和子さんに促されて、採血のブースに向かう。
今度は順番待ちもなく、春香は若い女医さんの前にすぐに座らされた。
「はい。チクッとしますよー」
手慣れた様子で刺された針に、ちゅーと自分の赤い血が吸い込まれていく。
「・・・・・・これ、なにがわかるんですか?」
「んー。そうね。いろんな事がわかるわよ。貧血気味じゃないかとか、病気じゃないかとか、内臓に異常はないかだとか、大人だったら、脂肪とか、コレステロールの値とか」
すっと針が抜かれ、ガーゼをあてがわれた。
「じゃあ、あそこの椅子で5分間、じっとしててね」
椅子に座って言われたとおりにボーとしていると、美和子さんが隣に座った。
「春香。あんた、よく針が刺さってるとこじっと見れるわね」
「え? 普通、見ませんか?」
「私、血、苦手なのよ。若いころに採血中に倒れたこともあるし」
春香はチラリと前の席に張られている掲示を見た。「採血直後に気分が悪くなる人がいます! 5分間は安静に!」と大きな赤文字で書いてある。こういう掲示は美和子さんのような人のためにあるのだろう。しかし、美和子さんはご不満のようだった。
「なんで赤い字で書くのよ。よけい気分が悪くなるじゃない。絶対、自分は気分の悪くなったことがない、気持ちがわからない人が作ってるでしょこれ」
そう言って美和子さんはさも嫌そうに自分の両肩を抱いた。今日は、自分が血を抜かれた訳でもないのに。本当に苦手なんだろう。
「でも、美和子さん、献血好きじゃないですか」
「・・・・・・好きじゃないわよ。でも、立場上ね」
春香と美和子さんが住む家には献血に協力した際にもらえるグッズが山積みになっている。美和子さんはこんなに血を抜かれるのが苦手なくせに、ことあるごとに献血に参加しているのだ。春香の前ではこんな感じだが、美和子さんは人権運動の立役者としてその名をとどろかせている、今話題の女弁護士である。テレビの中で見たことも何度もある。
そんなこんなで、ボランティア活動と名のつくものには全部参加。献血も見つける度に参加している。 別に格好だけで良いだろうと春香は思うのだが、それは美和子さんの流儀に反するらしい。有言実行というやつだ。
この前はドナーとして骨髄提供までしていた。骨髄バンクに登録していても、適合ドナーが見つかる確率はそれこそ千分の一どころではないと聞く。美和子さん自身も驚いていた。美和子さんがそのオペのために入院した時は美談だと取り上げられ、病院の前に取材陣が押し寄せたものだ。
「まだまだドナーが見つからない患者さんがたくさんいらっしゃいます。一人でも多くの方のドナー登録が必要です。ご協力お願いします」
メディアの前ではそうしてすましているが、どれも好きでやっている訳ではないというのが家での口癖だ。
でも、嫌な事や苦手なことを誰かのために自分からする美和子さんは、本当に偉い人だと、春香は思う。人として、尊敬できる。そう思った。
『でも、この人は、俺たちのママじゃない』
シズカが、春香の中で言った。
春香は答えなかった。
事前説明会の会場には、小学生とその保護者がひしめいていた。確か、応募要項には市内の小学6年生50名限定と書いてあった。親を含めたら百人越えということだろう。
前半はキャンプの趣旨を延々と語り、見たこともないお偉いさんが要点を得ない挨拶を長々とするのを聞かされる、退屈することこの上ない時間だったが、春香は受付で渡されたしおりを読みふけっていたので苦ではなかった。その中でも、行程表のページを食い入るように見つめる。
3日目。8月13日、天体観測。
8月13日。つまり、そういうことよね。
ようやく挨拶が終わり、キャンプの持ち物についての説明があり、次に参加メンバーについての説明が始まった。
「今回、予想を上回り、200人を超えるたくさんのご応募をいただき、抽選を行う形となりました。皆さん、ご当選おめでとうございます」
200人。倍率は4倍か。無論千倍ではないものの結構な幸運を掴んだと言える。
春香がそう思っていると、舞台の上にぞろぞろと同じオレンジのTシャツを着た大人が並び始めた。男女入り混じっている。年齢はばらばらだったが、どうやら20~30代が多いようだ。
「今回、講師のインストラクターさんたちとは別に、皆さんと一緒にキャンプをする15人のリーダーさんたちです。お兄さんお姉さんと一緒にたくさん思い出をつくってください」
春香はしおりをぱらぱらとめくった。運営メンバー一覧のページを見つける。
なるほど。イベントや野外授業をまわすインストラクター的な人は数人で、あとはお目付け役のリーダーで人員をかさまししているわけか。
『なんか、頼りなさそうなやつもけっこういるな』
シズカの声に、春香も脳内で返す。
『だいたいは大学生のバイトだろうしね』
実際のところ、子供がけがをしないか見ておく役割さえこなせれば誰でもよいに違いない。まあ、50人の子供が参加するんだから、人数は多い方がいいのだろう。
しおりには、リーダーの名簿があった。「おんぷ」「ツナマヨ」「ゴッホ」など、気の抜けた名前が並んでいた。リーダーネームというやつだろう。
一人一人の自己紹介を始めたらまた長くなるから勘弁してほしいと思っていると、その15人は一礼してぞろぞろと席に戻っていった。自己紹介はキャンプ当日まで取っておくらしい。
「では、日程の確認に移ります」
来た!
一日目。8月11日。早朝6時集合。バスで長野県の施設まで移動。オープニングセレモニー。昼食。アクティビティ。夕食。入浴。就寝。
二日目。8月12日。6時起床。朝食。アクティビティ。昼食。アクティビティ。夕食。入浴。テント泊。
そして、三日目。8月13日。
昼食後、早めの入浴。バスで山道を登り、山頂の展望台まで移動する。その施設の周りでテント泊を行う。日が沈めば展望台の中心にあつまり、そこで満を持しての天体観測。
「そして、8月13日の夜はペルセウス座流星群を最もよく観察できると考えられています。長野県は星空が美しく見えるので有名な県でもあります。その中でも、この展望台は有数のスポットで……」
春香は思わずガッツポーズした。
『まじか。展望台まであるのか。最高じゃねえか!』
シズカの声も興奮している。当たり前だ。私たち姉妹は、天体には目がないのだから。
「なるほどね。春香の狙いはこれか」
隣の美和子さんが納得したようにうなづいた。
「珍しく強引な手をつかってきたもんだから、どういうわけかと思ってたけど。天体観測がしたかったのね」
そのとおりである。チラシの大まかな日程表に小さく「星空観察会」と書いてあったのを見つけた時は飛び上がった。しかも一年に一回やってくるペルセウス座流星群にドンピシャの日程だ。
絶対に行きたい。そう思ったのだ。
「星空観察なんて。ベランダでいつもやってるじゃない」
美和子さんが理解できないといった様子で首を傾げた。
「わかってませんね。同じ夜空でも人口の光がそこかしこにある町中で見上げるのと、光源が少ない田舎で見上げるのでは見え方が全く違うんです。しかも、長野県ですよ。星空観察の聖地です」
そんなところで流星群が見られるなんて。
美和子さんは「あ、ああ。そうなの」と春香の勢いに飲まれるように口を閉じた。
『ハルカ。最高のキャンプにしようぜ』
シズカの声に、春香は黙ってうなづいた。久しぶりに、本当に久しぶりに胸が高まっていた。
自分は千載一遇を手にした。美和子さんの手を離れて外泊など、いつぶりだろうか。それも4日間だ。きっと最高のキャンプになる。そして、なにより、天体観測。
『うん。シズカ。流れ星、見ようね』
そうだ。シズカと一緒に流れ星を見るんだ。
それが出来れば、春香は死んでもよかった。
お待たせいたしました。 第4章開幕です。
毎日10話ずつぐらいで一気に投稿していく予定です。
どうぞお付き合いください。




