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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第3章 運命なんてあるものか
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【第3章】 雪中キャンプ編 清水奈緒 4


 25


 清水奈緒は、ロッジに着く寸前、気が付いた。足跡に注意しながら雪の通路を10分は歩き続けた後のことだった。

 おかしい。

 足跡が見当たらないのは、通路の上を通ったからだと思っていた。しかし、ナツは斧で耳を切り裂かれていたはずだ。大きな動脈を切ったわけではないので、そこまでの出血ではないにせよ、この短時間で完全に止血できるものでもないだろう。どこかに血の跡が残るはずだ。ナツはここを通っていない。

 そこで、奈緒は見落としていた可能性にようやく気づき、斧を手に雪の通路を駆け戻った。森の横を抜け、トイレを横切り、キャンプサイトに戻ってくる。

 太陽がようやく顔を出していた。雪に白く染まった田園地帯をまぶしく照らし、朝の訪れを告げている。キャンプサイトは一面、金色に光り輝いていた。

 奈緒は片手で朝日を遮りながら、レイジのテントに近づく。テントは完全に崩れ落ち、わずかに残った炎がゆらゆらと揺れている。その手前に、大きな雪山が一つ。

「なっちゃん。出てきなよ」

 レイジが作り、奈緒が雪を重ね続けていた、あのかまくらから、ナツが、ゆっくりと出てきた。

「みーつけた」

 奈緒は白い息を吐きながら、笑った。

 ナツは太陽を背に、奈緒の前に立った。血まみれの耳には、右手で雪の塊を押しつけている。もう片方の手であの小さなナイフを握り、奈緒に向けているが、今はもう二人の間に灯油はない。


 朝日の逆光で、ナツの表情は奈緒からはよく見えない。だが、奈緒を睨み付けているのだけはわかった。

「清水奈緒。もう一度だけ聞くわ」

「なに? なっちゃん」

 ナツの息も白くなる。

「あんたが、レイジを、殺したのね」

 何をいまさら。奈緒は笑った。

「そうだよ。テントの裏から、カッターで生地に穴をあけて、撮影に夢中のレイジの首を絞めた。あ、そっか」

 奈緒は思わずまた斧の柄を叩いて拍手した。

「なっちゃん、あの穴から脱出したんだ。そうだよね。テープで塞いでただけだったし。機転が利くってすごいなあ」

 大げさに褒めたが、ナツの表情は緩まないようだ。そりゃそうか。

「そんな風に、テントに侵入したってことは、レイジの恋人っていうのも始めから嘘だったんだね」

 もうわかってるくせに。

「うんそうだね。ふられちゃった。でも、結局、あたしはレイジになれたわけだから、別にどっちでもよくない?」

「じゃあ、レイジのライブ配信に入り込んだのも」

「よく知ってるね。うん。あたしだよ。ファンの子達への牽制にもなるかなって思ったんだけど、あそこまで炎上するとは。みんな、ほんとはレイジのこと好きじゃなかったのかな」

 奈緒は笑った。

 なっちゃん、時間稼ぎしてるのかな。美容師ちゃんが来るのを待っているのかも。どうせその子も殺しちゃうのに。

「じゃあ、レイジは、ストーカー女につけ回されて、完全に濡れ衣で炎上させられたって訳だ」

 くどいなあ。もう殺しちゃうか。

 奈緒が間合いに入ろうと一歩踏み出した時、ナツが大声で叫んだ。

「清水奈緒! あんたは人殺しだ!」

 ひどい言い草だな。まあ、間違ってはいないんだけど。

「あんたは、無実のレイジを罠にはめて、あげくに殺したんだ! ねえ、聞こえてる!?」

 うるさいなあ。聞こえてるに決まって・・・・・・

「お前に言ってねーよバーカ」

 ナツは急に後ろに振り返った。背後に向かって呼び掛ける。

「ねえ! 聞こえてる!?」

 誰かいるのか? 奈緒はあわててナツの視線を追う。

 ナツの背後、まだわずかにくすぶるテントのさらに先。

 雪だるまがあった。レイジが作った雪だるま。

 その上に、立てかけてあった。ナツのピンクの急速充電器につながれた、超防水性能の高級スマートフォン。レイジの白いスマホ。

 カメラがこっちを向いている。

 ナツが叫んだ。


「世界中のキャンプ仲間のみんな! 聞こえてるー!?」




 数秒後、奈緒は事態に気がついた。

 奈緒は叫び声を上げながら、雪だるまに突進した。ナツには見向きもしなかった。

くすぶっているテントの残骸を飛び越え、雪だるまの頭を斧で吹き飛ばす。

 レイジのスマホが宙を舞い、雪に落ちる。

 奈緒は斧を放り出してそのスマホに飛びついた。画面を見る。一目でわかった。

 ライブ配信。

 この早朝の時間帯にもかかわらず、すさまじい数の視聴者がいた。しかも、今も次々とカウンターが跳ね上がっていく。

「あ、ああ・・・・・・」

 コメント数がおびただしい。

『え、なに? 殺人事件?』『やばいやばい』『歴史的瞬間』『殺人犯シミズナオ』『あれ、斉藤ナツだよね』『レイジえん罪じゃん』『え、レイジさん、死んじゃったの? うそ!』

 配信を止めようとする。しかし、ふかふかの手袋に画面が反応しない。奈緒は金切り声をあげてスマホを放り投げた。ピンクのコードに繋がったスマホは回転しながら、遠くの雪にぼすっと落ちた。

 終わった。全部終わりだ。

 なっちゃんのせいで、全部終わっちゃった。

 許さない。

 奈緒は足下の斧をひっつかんで振り返った。

「なっちゃああああああん!」

 そこで、奈緒は予想外の光景に動きを止めた。てっきり、ナツは今の隙に逃げだしたものと思っていたのだ。

 しかし、ナツは立っていた。奈緒の数メートル前に。奈緒が振り向くのを待っていたように。

 その手には、スキレットが握られていた。

「じゃあ、ナオちゃん」

 斉藤ナツは静かなまなざしで、奈緒を見つめた。正面から、まっすぐに。


「ケンカ、しよっか」

 



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― 新着の感想 ―
どのサスペンスドラマでも解決までの道のりを実況はない気がする
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