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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第3章 運命なんてあるものか
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【第3章】 雪中キャンプ編 斉藤ナツ 13


 13


 私がトリマキさんをアンパンマンにした次の日から、私たちの家出計画「メイちゃんプロジェクト」の準備が進められた。

 話し合いは主に理科準備室で行われた。トリマキアンパンマン事件以降、私たち二人はクラスメイトから恐れられると同時に憎まれてもいたので、教室や図書室ではいつ計画を盗み聞きされるかわかったものではなかったのだ。ここで、私たちだけが合鍵で入れる理科準備室の存在が生きてきた。

 さて、メイちゃんプロジェクトには課題が二つあった。

 一つは、距離と交通手段である。

 メイちゃんがいるとされる喫茶店の場所は、ぎりぎり県内ではあるものの、ここからはかなり距離があり、しかも相当田舎だ。車がなければきつい。しかし、小学生二人でタクシーに乗れるわけもない。

 電車は快速など当然なく、普通電車を乗り継いで行かねばならない。しかも、一番近い最寄り駅からさらに数時間バスに乗らなければならない。バスも一日に数本しか通っていない。

 それに、電車やバスも遅い時間の便には乗ることは出来ない。小学生二人では怪しまれる。

 昼間は電車やバスを乗り継いで、夜はひたすら歩くという案も出たが、体力的に現実的ではないし、夜の田舎道を小学生が歩いているのを大人に見られたら、即通報されてゲームオーバ―だ。

 どう計算しても、一日では着かない。どこかで一泊、ないしは二泊しなければ。


 二つ目の課題は、金銭面だ。宿泊地がなんとかなっても、交通費がなければどうにもならない。

 しかし、この問題はあっけなく解決した。奈緒が両親の財布から抜き取ってきた2万円。さらに、私がこれまで祖母から気まぐれでもらってきたお小遣いを全て貯めてきた、3万円。合わせて5万円が工面できた。これなら交通費と食費を差し引いても、数万円残る。そして、金があれば、大体の物事は解決するのだ。

「寝袋を買おう」

 私の案に奈緒は面食らったようだった。

「つまり、野宿ってこと?」

「子どもだけじゃホテルには泊まれないでしょ。そもそもこの地域に宿泊施設があるかもわかんない」

 私は市立図書館で入手した地図を理科準備室のテーブルに広げた。最寄りの駅を指さす。

「ここまでは電車で行ける。ここからメイちゃんの喫茶店までバスで3時間。でも、電車を降りる頃には日が沈んでて、バスも終わってるわ。朝一番のバスに乗り込むとして、どうにかしてこの付近で一晩頑張らないと」

「まだ2月だよ。きっと寒いよ」

「来週には3月になる。今よりはましなはず」

「でも、野宿するとして、どこで?」

 確かに、適当な山の中に寝転ぶわけにはいかない。雨天の可能性も考え、せめて屋根はないと困る。

「地図で確認できて、確実に屋根があって、夜は無人で、侵入が簡単な施設・・・・・・」

 私と奈緒は頭を付き合わせるように地図を見つめた。二人同時に一つのマークを指で突く。社会で習った代表的な地図記号。

「神社」


 3月上旬、私たちは出発した。

 

 なんでもない土曜日の朝。

 奈緒は友達の家に遊びに行くと嘘をつき、私は無言で家を出た。私たちの捜索が始まるとすれば、早くて夕方、遅くても夜。奈緒の両親が嘘に気が付いたタイミングだろう。

 二人して大荷物だった。一番かさばったのはホームセンターで買った大人用の寝袋一つ。これと自分の着替えで奈緒のリュックはパンパンだった。私は自分の着替えに加えて、図書館から拝借した地図、理科室から持ち出したコンパス。図書室にあったサバイバルハウツーブック、ホームセンターで買った簡易救急キット、懐中電灯、そしてスーパーで仕入れた水とおにぎりたくさん。

 もちろん、上着も一番暖かそうな業務用のジャケットを新調した。

 私は変に目立ちたくなかったので、お互い違う種類の上着を買うことを提案したが、奈緒の強い希望でおそろいの黄色いジャンバーで揃えることになった。まあ、機能面は防水防風だし、若干蛍光色なので、遠目に見れば小柄な作業員に見えてくれる可能性だってある。何より、二人の団結を強める意味でも、おそろいのユニホームというのは良いかもしれない。

 さらに私は左手に腕時計を付けた。安物だが、ボタンを押せば文字盤が光るのが気に入った。

そんな大荷物作業員スタイルで朝一番に電車に乗り込んだ私たちは、ひたすら普通列車を乗り継いで目的地を目指した。

 数時間後には全く見知らぬ景色になる。

「なっちゃん、嬉しそうだね」

 窓の外を見つめる私に奈緒が言う。そう言う奈緒の顔も興奮で上気していた。

「そう?」


 昼過ぎに、乗り換えのホームのベンチでおにぎりを食べる。3月の日差しがぽかぽかと暖かく、奈緒は上機嫌で足を振っていた。

「・・・・・・家を出て、遠くに行くのってこんなに気持ちがいいんだ」

「そうね」

 お互い、家にはいたくなかった。

奈緒にとって家は、自分を自分扱いしてくれない場所。

 私にとっては・・・・・・


 何本電車を乗り換えただろう。日が傾きかけ、ようやく目的の駅が近づいてきた。

「なに見てるの? なっちゃん」

「・・・・・・雪が降ってる」

「そうだね・・・・・・」

 私も奈緒も全く考慮していなかった。同じ県内でも、地域によって最低気温や気候は全く異なり得るということを。

 昼間の昼食時には考えられないほど、私たちの住んでいた地域では想像できないほど、電車の外は冷え込んでいるのではないか。

 この読み間違いは致命的なミスなのではないか。

 その予感は、目的の駅で改札を出た瞬間に確信に変わった。私たちは経験したことがないレベルの冷たい強風に襲われた。しかも固い雪が交じっていて、被った黄色いフードにピシピシと音を立ててあたった。

「なっちゃん!」

 奈緒が大声で叫ぶ。そうしないと、風でとても聞こえないのだ。

「なに!?」

「神社! どっち!」

 地図は見れたものではなかったが、今日までに何度も地図を指でなぞってイメージトレーニングをしてきた。

「こっち!」

 この付近には神社がいくつかあった。吹雪の中を、身を寄せ合いながら、候補の神社を一つ一つ巡って野宿できそうな場所を選ぶ。

 まず最も近い神社。ダメだ。

 次の神社。ここもダメ。

 3つめの神社。ちくしょうダメだ。

 周りは完全に暗くなっていた。二人の細い懐中電灯の光だけで田舎道をさまよう。

 吹き荒れる風にたまらなくなり、途中で見つけた電話ボックスに二人で入り込む。二人ともガタガタと震えていた。

「神社、まだある?」

 奈緒が震える声で聞いてくる。

「大丈夫。候補はたくさんある」

 そう答えたが、実際はあと一カ所しかない。そこが無理なら路頭に迷う。

 電話ボックスを出て、再び歩き出す。

 4つ目。最後の神社に着き、鳥居から奥に目をこらす。

 よし。いける!

 二人で鳥居をくぐり、雪の積もった細い参道を通る。暗いのでよく見えないが、古いわりに寂れている様子はない。小まめに手入れがされているのだろう。奥まで行くと小さな本殿があった。鈴緒が垂れ、小ぶりな賽銭箱がある。

 当初は中には入らず、単に屋根下で野宿するつもりだったが、この吹雪の中でそんなことをすれば死んでしまう。

 私は、一礼すると、懐中電灯の縁を本殿の扉の古びた南京錠に叩き付けた。数回の打撃で周りの金具が外れ、扉が開いた。

「お邪魔します」

 私は中に入った。少しかび臭いが、汚れていない。定期的に清掃されているのだろう。

 奈緒も恐る恐る入ってくる。

「大丈夫? 幽霊いない?」

「いないよ。いるとしたら神様かな」

「そんなところ、入っていいの?」

「緊急事態は避難場所にしていいって決まりなの」

 嘘だ。そんなはずがない。ここは御神体が置かれている神様の部屋だ。どんな理由があっても入って良いわけがない。

 神社に関する本は手当たり次第に読みあさったから、今の自分がしていることがどれだけ罰当たりかは理解している。本来はここは選ばれた人がお清めを受けてからじゃないと入れない。そんなところで野宿をしようなんて、正気の沙汰ではない。

 でも、ごめんなさい神様。今夜だけ、泊めてください。

 私たちは二人で身を寄せ合って、冷たい床に腰を落とした。

 懐中電灯の光を頼りにリュックからおにぎりを取り出し、食べ始める。しかし、すぐに諦めた。リュックに無造作に入れていたおにぎりは、カチカチになっていて食べられたものではなかった。水分量が多いおにぎりは冬山などでは凍ってしまい、携行食には向かない。サバイバル本で知っていたはずなのに。

 私たち二人は大人用の寝袋を広げ、靴だけ脱いで、抱き合うようにして一つの寝袋に収まった。

 風が本殿の壁に吹き付ける音が響く。風が防げても、冷気は容赦なく私たちを襲ってきた。

寒い。

 明らかに寝袋の性能不足だった。ホームセンターで最も値段の高い物を買ったが、所詮は子どものはした金で買えてしまう様な代物だ。この寒さに耐えられる訳がない。

 左手の腕時計を光らせて、時間を見る。20時半。

 明日の日の出はおそらく7時ごろ。あと、ざっと10時間、ここで耐えなければならない。

「寒いね」

 奈緒がささやく。

「うん。寒い」

 そこから私はしゃべらなかった。口を開くと、声が震えてしまう気がしたのだ。奈緒もぎゅっと私を抱きしめて、何も言わなかった。



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