【第3章】 雪中キャンプ編 斉藤ナツ 12
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ロッジの薪置き場には、老人の言ったとおり、大量の薪が積み上げてあった。大小さまざまな薪の山から、手頃な薪を見繕う。
見ると、薪置き場の脇には、先ほどの大きな斧が立てかけてあった。刃が綺麗に手入れされ、鈍く光っている。むき出しで放置とは危ないな。全く、物騒なじいさんだ。
自分のサイトに帰ってくると、ロッジから持ち帰った薪を、テントの入り口にドサリと置く。焚き火台を組み立て、テントの入り口に背を向けるようにチェアを置く。レイジと同じスタイルだな。
ここで、首にぶら下げた紐を引っ張った。拳に収まりそうなサイズのナイフがジャンバーの胸元から引っ張り出される。これが紗奈子のプレゼントだ。ネックナイフというやつで、首から提げられるタイプのナイフ。
紗奈子らしいプレゼントだ。美音からは「そんな物騒な」と不評だったが、私は気に入っている。
白鳥キャンプ場で、私と紗奈子の生死を分けたのは、紗奈子が肌身離さず持ち歩いていたカッターナイフだった。
きっといろんな思いを込めて選んでくれたのだろうと思う。
このナイフ、ぱっと見は黄色い石ころのようだが、半分にスポリと抜くと、5センチほどの刃が現れる。小ぶりなナイフだ。小さいながら耐久性も高く、細い薪ならバトニングというやり方で薪割りも出来る。
そして、このナイフのお気に入りポイントは、なんといってもファイヤースターターが付属していることだ。
ファイヤースターターを首紐から外す。ファイヤースターターとは簡単に言うと、現代の火打ち石である。一見、ただの金属の棒だが、材質はマグネシウムだ。これを金属でこすることで、火花を起す。
私は焚き火台に細かな薪と杉の葉、ほぐした麻紐を置いておき、その麻紐にめがける様にファイヤースターターを構え、ナイフの背を添える。
「ふん!」
気合いを入れて、ナイフの背でマグネシウムの棒を一気にこすり上げる。花火のような火花が上がった。金属とマグネシウムによってこのときに発する熱は3千度に及ぶ。火花は麻紐に着火し杉の葉に燃え移る。後は順に薪に燃え移っていくのを見ているだけだ。
まあ、チャッカマンも持っているので、ファイヤースターターを使う必要は別にないのだが、まあ、ロマンだ。この理科的な仕組みがなんとも私の心を揺さぶる。紗奈子はいいいものをくれた。改めて礼を言おう。
湯を沸かし、コーヒーを淹れる。管理人のおじいちゃんのコーヒーも美味しかったが、やはり自分で作るのは格別だ。
香りを楽しみながら、紗奈子に電話をする。数コールで繋がる。
『はいはーい。さっちゃんでーす。なっちゃん、どうしたの』
「ああ、うん。今プレゼントのナイフ使ったから、お礼言おうと思って。今大丈夫?」
『あ、そっか。今日キャンプかー。全然大丈夫―。みっくんもご機嫌だし。みっくーん。ナツおばちゃんだよー』
『やっ!』
『良いでしょそのナイフ。色もなっちゃんにぴったりだーと思って。なっちゃん黄色好きだもん』
え? いま、未来くん、「やっ!」て言わなかった? 私、嫌われてる?
「あ、うん。すごく気に入った。ありがとう。ファイヤースターターもすごく便利」
『ふぁいやー?』
あ、こいつ、よくわからず買ったんだな。紗奈子らしい。
「ああ、そうだ。 隣のテントにワイチューバーいるよ。結構有名な人みたい」
『え! 誰? 誰?』
「レイジのキャンプちゃんねる」
『・・・・・・知ってる!』
知ってるんだ。紗奈子、キャンプ動画とか見るんだな。
『この前、炎上してた人だ!』
レイジ、燃えてんじゃん。
「なんでまた」
『なんかね、彼女いません的な発言してたのに、ライブ配信で彼女さんらしき人が映り込んじゃったんだって』
ああ。うん。彼女いるもんね。
『女性ファンが多かったらしいからね。コメント欄が荒れに荒れたんだって。本人はいまだにシラを切ってるらしいけど』
なるほどな。レイジが私にぶち切れてきた理由がわかった。次、動画に女性の影が映ろうもんなら、今度こそアウトだろうからな。神経質になっているんだろう。
じゃあ、もう彼女を連れてくるなよって話ではあるが。
通話口からコッコッと音がする。何かと思ったら、紗奈子が電話しながらスマホを操作して調べているらしい。
『あー。一月前に炎上してから、まだ一本も新作出してないね』
なるほど。では、彼にとって、起死回生の一本を撮影中なわけだ。
もしかしたら、いっそのこと、彼女さんも登場させて、正式に紹介するつもりなのかもしれないな。うん。それが一番良いよ。
そこから適当に世間話をして、紗奈子との電話を終えた。スマホのバッテリー表示を見ると、残り30パーセントだった。気温が低いと消費しやすいと言うしな。
私はリュックから、ピンク色のモバイルバッテリーを取り出した。スマホの新調に踏ん切りがつかなかったので、妥協案でこれを買った。ポケットに収まるサイズで、急速充電対応の優れものだ。家で試したが、スマホを3回はフル充電できる。まあ、色だけピンク色で不満なのだが、仕方あるまい。
スマホにピンクのコードを差し込み、充電器ごとスマホをポケットに入れる。
辺りが薄暗くなり始めていた。冬場は日が落ちるのが本当に早い。特に西側に山がそびえているからなおさらなのだろう。夕日はほとんど見えないが、逆に田園地帯側の地平線側から上ってくるだろう朝日がその分期待できそうだ。
雪の上で爆ぜるたき火を見つめる。ストーブほどじゃないにせよ、暖かい。
ふと、家出をした日の、あの二人の夜を思い出す。
あの日も、せめてたき火ぐらい出来てたらな。
そしたら、何か、変わったかもしれない。
いや、変わらなかったか。
小学生二人の、逃避行の結末は、初めから決まっていたんだろう。




