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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第3章 運命なんてあるものか
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【第3章】 雪中キャンプ編 斉藤ナツ 7



 私の通っていた小学校は、なんだか日当たりが悪かった。

 別に周りが高層ビルに囲まれているってわけじゃない。近くに大きな裏山があったわけでもない。周りを囲んでいるのは住宅街だった。都会というわけではなかったが、緑豊かとも言いづらかった。そんな中途半端な町だった。

 校舎が薄暗い理由は単純で、窓が少なかったのである。昼間でもいつも廊下は古びた蛍光灯が付いていたイメージがある。

 そういった外部的な理由の他にも、私の内面も大きく影響したのだろう。

 小学生の私は毎日がうんざりするほど面白くなかった。授業はつまらないし、先生も嫌いだった。だから、私の思い出す小学校の景色は常に薄暗いのではないのだろうか。知らんけど。

 友達だってずっと一人もいなかった。

 先生がよく「教室のお友達と」とか、「クラスの友達と力を合わせて」なんてフレーズを使う度に、違和感を覚えた。彼らは同級生でクラスメイトであっても、別に友達ではない。同じ区画に住居があって、年齢が同じだから集められただけの、ただの他人の集まりだ。

 そして、それを大人に真っ向から質問するほど、私は愚かな子どもでもなかった。自分なりに、納得はしていた。世の中には方便という物がある。大人たちだって、クラス全員が心からの友達になれるなんて、まさか信じてはいまい。言葉の綾というやつなのだろうと。

だから、授業時間は退屈だし、休み時間は苦痛だった。ひたすら本を読んでいた。学校の中で唯一好きなのは図書室だった。大量の本が無料で読み放題なのだ。古い校舎だったので、現在の小学校では置かないような古い寄贈本などがたくさん置いてあった。その本を無断で拝借してきては休み時間の間ずっと読んでいた。高学年に上がる頃には、授業の時間が無為すぎて、授業中も堂々と読書をするようになった。

 無論、先生方は激怒した。

 授業中に怒鳴りつけられた事もあれば、別室に呼ばれて懇々と話をされたこともあった。それに対して私は一切の口答えをせず、なんなら全く返答もしなかった。そして、解放された瞬間にまっすぐ自席に戻って、すぐさまに本を開いた。それを見てぶち切れた教員に本を床にたたきつけられたこともあったが、別に私の本ではないので、困りもしなかった。

 言っておくが、私は別に教師に反抗したかったわけではない。そんなこと、小学校生活において面倒でしかない。意味のない反抗など、大人に構ってほしい馬鹿のやることだ。誰が好きでするものか。

 ただ、授業時間は一日に4時間以上ある。その時間を何の意味も無い退屈な時間にはしたくなかったのだ。


 だから、私は勝負に出たのである。


 どの先生に叱られても無言を貫き、何度本を取り上げられても引き出しから次の本を出し、全部取り上げられたら、授業中に堂々と図書室に向かった。図書室の出入りを禁止されても窓から侵入し、本を確保した。

 教師たちはあの手この手で私の読書を妨害しようとしたが、私は強靱な意志の力押しで読書をし続けた。「無理が通れば道理引っ込む」という言葉があるが、逆に言えば、無理を通し続ければ道理を潰せる、そう小学生の私は考え、実行したのだ。

 結果、私は勝負に勝った。

 数ヶ月もすると、教師たちは諦めた。斉藤ナツという児童には指導が入らない。何度親を呼び出しても、愛想笑いばかりの祖母しか来ず、話にならない。これ以上指導を加熱させても学校にいいことはない。他の児童を困らせているわけではありませんし、もう放っておきましょう。

かくして、当時5年生だった斉藤ナツには校内で治外法権が適用され、私は、くだらなくて不毛な授業時間を、読書をすることで辛うじて意義のある時間にすることに成功したのである。

 そんな私でも本を閉じる授業もあった。無意味で退屈でなければ教育活動には基本的に参加した。

 例えば、体育。運動は嫌いではなかった。図工。創作活動は自由で良かった。家庭科。実際にやってみないと身に付かない技術があった。そして、理科。授業内容は退屈だったが、実験器具が好きだった。試験管。フラスコ。顕微鏡。どれも一つの目的のために突き詰めて設計された構造は、小学生の私の胸をかすかに踊らせた。


 清水奈緒に話しかけられたのも、そんな理科の授業の一コマだった。

「なっちゃんとあたしって、誕生日おんなじだよね」

 急に隣から話しかけられた私は、驚いて顔を向けた。ふわふわのロングヘアの女の子。にっこり笑った奈緒が八重歯の犬歯を見せている。

 その日の授業はアルコールランプの実技だった。ランプの芯にマッチで火を付けて、数秒後にフタで消す。ただそれだけだ。理科室の大きなテーブルを5・6人で囲み、一つのアルコールランプをまわして一連の作業を行う。隣の奈緒の番が終わり、ようやく自分の前にランプが巡って来て、私は喜び勇んでマッチを擦ろうとしたところだった。

 隣に座っていることも意識していなかった奈緒に話しかけられて、私は戸惑った。私はクラスで変人扱いされていたので、私に話しかける子どもなど久しぶりだったのだ。数秒迷って、私はシカトすることにした。視線をマッチに戻し、シュッとこすって火を付ける。

「私も10月1日なんだ。おそろいだね。名前も似てる。ナツとナオ。」

 奈緒はまた微笑んだ。

「これはもう、運命だね」

 私は再び無視して、火が付いたマッチを慎重にアルコールランプの芯の先端に近づけた。一瞬赤くともった火が、青色になり、程なくしてほとんど透明な炎になる。

「ずっと話しかけようと思ってたんだけど、きっかけがなくて。理科でおんなじグループになったから、今がチャンス! て思ったの」

 何がどうチャンスだというのだろう。ここで返答したら永遠に話しかけられそうだ。私は完全に無視を決め込み、ランプに集中した。

 ガスバーナーは前回実験したが、やはり少し炎の質が違う。ガスとエタノールではなにか変わるのかもしれない。

 それに、このガラスの小瓶から延びているひものような芯は、なぜ燃え上がらないのか。

 私は、じっくりとランプの火を観察した。その熱量を感じたのか、奈緒の言葉も途切れた。数分間は眺めただろうか。順番待ちをしていた次の子がしびれを切らしたようで、「ねえ。まだ?」とせかしてくる。

 私はフタを閉めて火を消し、無言でアルコールランプを回した。私はすぐに理科の教科書を開いて、アルコールランプのページを食い入る様に見た。

「なっちゃん。どうしたの? なんか気になってる?」

 ダメだ。書いていない。

「先生に質問したら?」

 図書室に古い理科の教科書が保存してあったはずだ。それを見に行こう。

 私は立ち上がると、スタスタと教室の前方に歩いて行った。前の出入り口から理科室を出て、図書室に行こうとしたのだ。板書をしていた足立先生と目が合う。しかし、私が出入り口に視線を向けると、足立先生も黒板に目を戻した。私が授業中に途中退室をするぐらい、珍しい事ではなかった。

「ちょっと、なっちゃん。先生はこっちだよ」

 私は突然、後ろから腕を掴まれ、ぐいっと引っ張られた。予想外の事に体勢を崩す。そんな私を、奈緒は足立先生のところまでぐいぐいとひっぱっていった。私は当時小柄な方だったし、奈緒はクラスの女子で一番背が高かった。たいした抵抗も出来ず、ぽかんと口を開けた足立先生の前に押し出される。

「先生。なっちゃんが、質問があるそうです」

「ほお。珍しいな」

 足立先生は丸眼鏡の奥の目を嬉しそうに細めながら、手に付いたチョークの粉をぱんぱんとはたいた。

「なんだね。言ってごらん」

 私は、突然の事態に混乱した。先生に自分から質問など、まったくしたことがない。『なんでもないです』と奈緒を振り払って理科室を出ようとも思った。しかし、足立先生は、私が、あの斉藤ナツが心を開いてくれたのではと喜んでいる。叱られるのを無視するのはいまさら何とも思わないが、期待している相手を無下にするのはなんだか忍びなかった。

「・・・・・・ えっと、アルコールランプの芯、なんで燃え尽きないのかなって・・・・・・」

「おお! よく気が付いたね」

 足立先生は満面の笑みを浮かべた。

「エタノールはね、とても気化しやすい液体なんだよ。あの芯が燃えているように見えているのは、実は、芯の上から気化したエタノールが燃えているだけなんだ。芯自体に燃え移っているわけではない。そして、芯のもう片方の先が小瓶のエタノールに沈んでいる限り、しみこんだエタノールが芯を通して次々に上に登ってくる。だから、芯が燃えることはないんだ」

 なるほど。そういう仕組みなのか。小学生の私はストンと納得して、なんだか新しく知り得たメカニズムに興奮した。

 そこで、奈緒が口を挟む。

「燃料に直接、火を付けたらダメなんですか」

「それは、燃え広がっちゃうから危険だね。エタノールは発火点が低いから。灯油なんかだと、発火点が高いから、マッチの火ぐらいじゃ発火しないことも多いんだけど。でも、灯油も何かにしみこませたりしたら、すごく燃えやすくなっちゃうから気を付けてね」

 灯油というキーワードで私は思い出し、質問する。

「学校にも灯油のストーブありますよね。あれは?」

「よく気づくね。流石だ。あれも下の部分が燃料タンクになっていて、内部には大きな芯が入ってるんだよ。基本原理はアルコールランプと同じだ。一際古いタイプのが学校にも一つあっただろう。あのチャッカマンで点火するやつ。あれは構造が単純でわかりやすいんじゃないかな」

 よし。見に行こう。

 私は踵を返すと、理科室を飛び出した。奈緒も嬉しそうに付いてくる。後ろから足立先生の声が響いた。

「公務員室にあるよ!」


 公務員室のおじさんに頼み込むのは奈緒がやってくれた。

 はじめは渋っていたおじさんだったが、奈緒が八重歯のかわいらしい笑顔でお願いポーズを数回すると、ブツブツ言いながらも季節外れのストーブを押し入れから出してくれた。私が構造をしげしげと眺めていると、おじさんはわざわざ灯油を持ってきてくれ、試運転までしてくれた。

 芯を通して火がともるのを見て、奈緒と私は、一緒に歓声を上げた。


 それから、私たち二人はいつも一緒だった。


 あの日までは。



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