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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第3章 運命なんてあるものか
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【第3章】 雪中キャンプ編 斉藤ナツ 3



 その後は美音のアイデアで映画を見た。

 観る映画を決める際はちょっともめた。私は前から気になっていたゾンビ映画を提案した。原作漫画を読んでいたので、どう映像化されているのか気になっていたのだ。

 対して、紗奈子は昨日公開したばかりだというタイムリープものの作品が見たいと提案した。ある秘密に気がつかないと同じ一日を永遠にループするというサスペンスホラーだ。

 ちなみに、美音は小説原作の恋愛映画を見たがったが、私と紗奈子に即時却下された。

 じゃんけんの結果、私が推したゾンビ映画を3人で仲良く鑑賞した。

 映画の出来はなかなかのものであった。所謂、全力ダッシュゾンビ物で、ゾンビになった元人間が全速力で突っ込んでくる。しかも、生前の記憶が微妙に残っているという設定で、「ちこくちこくううー」と学生ゾンビが叫びながら走ってきたと思ったら、「きょうわあ安売りのひよおお」と主婦ゾンビが地面を這っているというなんとも悲哀に満ちた作風だった。

「あの、無意識に生前の行動をトレースしてるのがなんとも言えなかったわね」

「そうそう! 人の死体を掴んで毎朝ゴミ出しするサラリーマンゾンビ最高だった!」

 ランチがてらに入ったイタリアンレストランで私と紗奈子がきゃっきゃと映画の感想を言い合っている間、美音は青い顔をして私の隣に座り込んでいた。

 聞くと、ホラーは全般苦手、しかもゴア描写は大の苦手だったらしい。悪いことをした。

 頼んだ料理が来ても、美音は無言でサラダをつっつくばかりだったので、流石に申し訳なくなり、話題を変えることにした。

 とは言え、何の話題が盛り上がるか迷い、目をさまよわせると、サラダ用の取り皿が目に入った。そして思い出した。そうだ。紗奈子に説教をかまさなければ。

「ところで、さっちゃん」

 向かいに座っていた紗奈子がクリームパスタを頬張りながら顔を上げる。

「なに?」

「見たわよ。あんたの動画。あの赤ちゃん用シェラカップ、可愛いと思ったんだけどな。メーカーも私とおそろいなのに」

 そう言って、私は紗奈子の反応を見る。どうせ紗奈子は『いや赤ちゃんがシェラカップなんて使うわけないじゃん!』とそう言ってまたつっこんで笑うだろう。

 そこをすかさず大人としてたしなめる。まず、誰が見ているかわからないインターネットで本人の許可なく人の話をすべきではない。それに紗奈子自身も顔を出しているのだから安全には最大限の注意を・・・・・・的な説教をしてやろう。そうしよう。

 しかし、紗奈子は黙った。

 私の一言目で完全に動きが止まった。そして、しばらくの沈黙のあと、真顔でゆっくりと口の中のパスタを咀嚼し、ごくんと飲み込む。

 数秒の間をおいて、その目からポロポロと涙がこぼれ落ちてきた。

「え? さっちゃん?」

「ご、ごべ、ごべんなさい」

 肩を揺らして、紗奈子がしゃくり上げる。

「ち、ちがうの。シェラカップ、う、うれじかったの。で、でも・・・・・・そんなつもりじゃ・・・・・・ごめんなさいい」

事態に気がついた美音が素早く紗奈子の隣に移動して肩をさする。

「紗奈子ちゃん。大丈夫。ナツさんは怒ってないよ大丈夫」

「ごべんなさいなっちゃん、ごめんなさいい」

 紗奈子の急激な感情の落ち込みに反応できず、私はオロオロと紗奈子と美音の顔を交互に見ることしか出来なかった。

 調子が良かったから忘れていた。紗奈子は今、精神的に弱っていたのだ。

 祖母が赤子から無理矢理に引き離すほどに。

 その意味をもっとよく考えるべきだった。

 紗奈子は美音の胸に顔を埋めて本格的に泣き出した。泣き声の中に断続的に言葉が入る。

「・・・・・・わたし、母親としても、ぜんぜん、だめで・・・・・・ お父さんお母さんがいるから何とか、なってるけど、ほんとに失敗ばっかりで・・・・・・ 気晴らしに、始めた、動画も、全然、うまく、いかなくて・・・・・・ どうしたらフォロワーに、うける、んだろうって、そればっかりに、なっちゃって、ずっと、スマホ見てて、それで、みっくんのこともますます、いい加減に、なって、あげくに、なっちゃんのこと、勝手にネタに、したりなんかして」

 そこまで言って、紗奈子は一際大きく叫んだ。

「わたし、さいていだああああ」

 私は、かける言葉が思いつかず、いたたまれなくなり、うつむいて、じっと自分のパスタの皿を見つめていた。

 思えば、誰かが落ち込んだり、取り乱したりしたときに言葉をかけたことが私の人生で一度もない。

 とことん人付き合いを避けてきた結果、一回り幼い18歳の女の子が泣いていても何も出来ない大人になってしまった。

 対して、私より年下の美音は紗奈子の肩や頭を時折なでて、落ち着いた言葉をかけている。きっと、何度もこういった場面で逃げずに相手に向き合ってきたのだろう。

 美音のフォローのおかげか、しばらくすると紗奈子はすんすんと鼻をならす程度に落ち着いた。ゆっくりと私の方に向き、気まずそうに目線を落とす。そしてもう一度、「ごめんなさい」と小さくつぶやいた。

 私も気まずさがピークに達し、テーブルを見ながら「いいよ別に・・・・・・」と小さくつぶやいた。

「ナツさん」

 美音がぴしゃりと私の名を呼んだ。その口調の強さに思わず顔を上げる。

「紗奈子ちゃんが謝ってるんですから、許す許さない関係なく、ちゃんとまっすぐ目を見て、正面から向き合ってあげてください」

 美音は紗奈子の髪をなでながら私をまっすぐ見て続けた。

「それが友達です」

 そうか。そういうものなのか。

「あのさ」

 私は目線を落とそうとする自分に発破をかけて、紗奈子の顔をまっすぐ見つめた。

「サマーちゃんの話、私も結構好きだよ。紗奈子は話がうまいしさ、なんだかんだ、動画全部見ちゃったし」

 紗奈子がゆっくりと顔を上げた。目元が赤くなって、ちょっと鼻水がでている。

「またキャンプの話、したげるからさ。もっと動画で出しなよ」

「・・・・・・いいの?」

「私の武勇伝が世界公開されるって事でしょ。最高だよ」

 私は店員が持ってきてくれた新しいおしぼりで紗奈子の鼻を拭ってやった。

「みっくんが大きくなったら、斉藤ナツ伝説を見せてあげな」

「・・・・・・ナツさん、それ、何年後の話ですか」

 美音があきれて笑って、紗奈子も笑った。

  


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