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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第2章 結局はみんな他人事 
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【第2章】 湖畔キャンプ編 石田勇気


14


「さて、僕の話は終わりましたよ。次は誰がいきますか」

 白鳥の言葉に紗奈子が身を乗り出す。口を開こうとした瞬間、

「じゃあ俺だな」

 と石田が話し始めた。

「俺は対して子どものときに事件はなかったよ。強いて言うなら、俺も親父には厳しくされたな。親父は漁師だったから気が強くてな。『なめられるな』『やられたらやり返せ』が口癖だった」

 無理矢理話す順番をとられて、紗奈子がむすっとした顔で椅子に沈み込む。石田は意に介さない様子で続ける。

「まあ、俺は中学までチビだったからいじめられまくってたけどな。人は自分より小さいやつや弱いやつを見下すからな」

 石田はクイっと赤ワインを傾けた。嫌々言っていた割に結構乗り気ではないか。やはり自分語りは楽しいものなのだろう。

「でもまあ、ガキの頃の話だ。高校出て、それなりの職について、モーターボートを買えるほどじゃないにせよ、金も貯まったんで、身を固めたんだよ。嫁は俺がいないとなんにもできない女だったけど、家庭を持つのはいいもんだな。幸せだったよ」

 そこまで話して、石田の目が据わった。

「だがよ、子どもが出来て、急に嫁が俺を無視し始めやがった。こっちは毎日くたくたになるまで働いてるのによ」

 紗奈子が思うところがあったのか、「それは・・・・・・」と口を挟みかけたが、白鳥が手を出して紗奈子を制止した。このお話会では反論は御法度らしい。

「息子も息子で、全く俺に懐こうともしねえ。どうせ母親が悪口吹き込んでるんだろう。なめやがって。そう言うと、また無視だ。何言っても無視だ。言い返してもこねえ。親父じゃないけどよ、文句があるならやり返して・・・・・・言い返してくればいいんだ。俺はそうやってやり返してこない情けないやつが大嫌いなんだよ。」

 石田は残りのワインを一気に喉に流し込む。

「そしてあろうことか、離婚届まで持って来やがった。信じられるか? 一人じゃなんにも出来ないくせに、弁護士まで連れてきやがって。しかも、息子は持って行く、養育費を払え、ついでに慰謝料をはらえだとよ。慰謝料要求したいのはこっちだろうが!」

 石田は興奮したのか、生ハムの皿を壁に投げつけた。高級そうな皿が木っ端みじんになる。

「石田さん、お気持ちはわかりますが、落ち着きましょう。どうせもうすぐ全部終わるのですから」

 白鳥が落ち着いて諭す。皿のことはいいのか。太っ腹だな。

 石田はしばらく据わった目で、皿がぶつかった壁を見つめていたが、白鳥が赤ワインのボトルを差し出すと、「・・・・・・すまねえ」とボトルを受け取り、床に転がったグラスを拾い上げてまた新しいワインを注ぎ始めた。

「だからよお、死んでやろうと思ってな」

 急に理論が飛躍したなと思ったら、続きがあった。

「あいつは俺がいないとなんもできない女だからな。俺からの養育費とくそったれな慰謝料がなけりゃ、路頭に迷うぜ」

 石田はニヤニヤとし始めた。

「しかもよ、職場で入ってる生命保険は、行方不明者の場合は出ないんだってよ。あんたのサイトによれば、俺の死体は発見されないように湖に沈めてくれるんだろ」

「ええ。お任せください」

 なるほど。湖に沈めるのか。白鳥がなぜこのような狂った会を何回も続けていられるのかが疑問だったが、合点がいった。

集団自殺の死体が付近で定期的に見つかれば、警察も腰を入れて捜査を始めるだろう。しかし、死体を湖に沈めて行方不明者にしてしまえば、事件にはならない。捜査さえされなければ、白鳥が湖を私有地として所持している間は死体はそう簡単に発見されることはないだろう。もちろん、白鳥の死後など、白鳥の土地ではなくなった際には何らかの形で発見されてしまうだろうが、肉親のいない白鳥にとって、自分の死後に死体が発見されても何も困りはしないのだ。

「ついでに、ここに来るまでに借金しまくって思う存分豪遊してきてやった。まだ離婚は成立していないから、請求は嫁のところに行くだろうな。それに、相手が失踪中である場合、離婚はすぐには出来ないらしい。嫁は当分再婚も出来ず、借金漬けで、息子を抱えてシングルマザーだ」

 石田は「ざまあみろ」とつぶやきながらワインを啜った。どうやらこれで終わりらしい。

 くそ野郎だな。

 実際には石田夫婦がどんな関係だったのかは推測するしかないが、普通に胸糞が悪い話だ。白鳥はお互いの胸の内を話すことで連帯感が生まれるといった事を語っていたが、逆効果ではないか? 共感しようがなかったのだが。

いや、もしかして、紗奈子はこの話にもぐっときたりするのだろうか。

 そう思ってちらりと紗奈子を見ると、がっつり引いていた。

 駄目じゃん。

 そう思って白鳥を見ると、白鳥はウンウンと満足そうに頷いていた。

なるほど。連帯感がどうとかいうのは嘘だな。

 こいつは単に知りたいのだ。自分が「送り出す」人々がどんな事情を抱えて死を選んだかを詳しく知っておきたいのだ。趣味が悪い。

だが、口ぶり的に無意識なんだろう。自分が興味本位で人の不幸話を聞いているとは自分でも思っていないのだ。自分で適当にでっち上げた理論をまるごと自分で信じ込んでしまっているのだ。

 岸本あかりの言葉を借りれば、こういうやつが一番、人として狂ってる。

「じゃあ、次、私ですね」

 紗奈子の番が来た。



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