【第7章】 廃村キャンプ編 56 姉妹
56 姉妹
麻原ひまわりは、泥と炭が散乱した廃村を、一人、歩いていた。
服装は厚手のジャケットを羽織ってはいたが、下は入院着だった。
病院を抜け出すことなど、この歴戦の老婆にとっては朝飯前であった。
ひまわりは変わり果てた故郷に眉をひそめながら進んだ。
やがて、自分が住んでいた屋敷のあった場所に着く。そこは柱が数本残っているだけの更地になっていた。
ひまわりは特に感慨にふけるでもなく、その家の後を通り過ぎ、水路の分水嶺を覗きこんだ。
ちょろちょろと水が流れていた。
「うむ。生きとるわい」
水源は生きとるぞ。おっかあ。
ひまわりは崩れかけている橋を渡り、山道に入った。急な斜面。息を荒げながら登る。
ふと、ここをキャンピングカーで急降下しながら戦ったことを思い出す。共に戦った娘のことも。
まったく、むちゃくちゃな奴じゃったな。
肩で息をしながらも、ひまわりは愉快そうに鼻を鳴らした。
完全に崩壊した堰堤をしばらく眺めた後、ひまわりは山道を進んだ。
傷が治りきっていない太ももが痛んだ。ひまわりはその度に山の斜面に腰を下ろし、身体を休めた。ひまわりは、これからは自分の身体を大切にすると決めていた。
何度も休憩を挟みながら、ひまわりはたどり着いた。
昔、村民が秘密で耕した地。
ひまわりと母が丹精込めて野菜を作った場所。
その棚田には、何も、なかった。
土は全て掘り返され、植えられていた物は根こそぎ持ち去られていた。
「そりゃ、そうじゃろうな」
ひまわりは、畑の隅にドサリと両膝をついた。
犯罪者どもは、ここを大麻の栽培場所にしていたらしい。
きっと、警察がその全てを撤去したのだろう。
わかっていた。わかっておったさ。
むしろ、そんなふざけたものが茂った畑を見ないで済んで良かったではないか。
ひまわりは、何にもなくなった三つの棚田を静かに眺めた。
戯れに、土を片手でいじる。
さて、これからどうしたものかな。
その時、手の平の土の中に固い物を感じた。
始めはただの小石かと思ったが、おもむろに目をやって、ひまわりは瞠目した。
しましま模様の、小さな種。
なぜ、こんなものが。
ひまわりはもちろん、この畑にそんなものを植えるはずがない。犯罪者達は尚更だろう。では誰が。
少女の声が頭に響く。
『ダメ。お母さんと二人で見せるの』
陽向。
お前、こんなもの、植えとったのか。
母親と一緒に、春からせっせと。
「・・・・・・この花は、嫌いじゃと、何度も・・・・・・」
種を見つめる視界がぼやける。
ひまわりは唸り声を上げて土を掘り返した。泥だらけになりながら。素手で。手当たり次第に。
陽向達がこれを植えたのは十年前。
あの夏。
きっと咲き誇っていたのだろう。
ひまわりに見せるのが待ちきれないと言うように身体を揺らす少女。
見せたかったじゃろうなあ。
種はいくつも出て来た。真新しい種も、古い種も。
きっと、ここで毎年咲き続けたのだろう。花が開き、種が落ちて、芽が出るのを、繰り返したのだろう。犯罪者共が別のものを植えても、隅で細々と咲き続け、新たな種を残し続けたのだろう。また咲くために。
ひまわりは思った。
咲かせよう。
儂が咲かせよう。
何年かかっても、何歳になろうとも。
儂はまたここに戻ってきて、この畑を花で埋め尽くすんじゃ。
そして、キャンプ場を作ろう。
松江と陽向が夢見た、みんなが太陽みたいに笑えるキャンプ場を。
儂が、作るんじゃ。
両手に種を握りしめ、ひまわりは辺りを見回した。あるのは、掘り返し尽くされた暗い、何もない寂れた畑。
だが、ひまわりには見えた。はっきりと。
明るい日差しが。
背の高い花が所狭しと並ぶのが。
風が吹き、揺れる黄色い花々が。
ひまわりには見えたのだ。
夏の日差しの中、陽に焼けた少女がにっこり笑う。
『すっごく綺麗なんだから』
「ああ。綺麗じゃな」
ひまわりは呟いた。
その頬をぼろぼろと涙がつたっていく。
「綺麗じゃ。綺麗じゃとも」
雫となった涙が、次々と握った種の上に落ちていく。
「綺麗じゃよ。おねえちゃん」
畑を埋め尽くす、まるで太陽のように開いた花たちが。
向日葵の花が、姉妹を囲み、優しく揺れていた。




