【第7章】 廃村キャンプ編 55 次に会ったら
55 次に会ったら
「いやー。僕もあの日はびっくりしたんだよ」
ジープのハンドルを握る秋人はにこやかに語った。
私はふてくされて、ジープの助手席で肘をつき、あからさまに秋人から視線を逸らして窓の外を見ていた。
背後からサイレンの音が響いているが、それなりに距離がある。爆弾と、私という人質の効果だろう。申し訳ない。
チラリと運転席のダッシュボードの上を見る。9ミリ拳銃が無造作に置いてあった。
だが、取れない。
笑顔の秋人からはそれを許さない気迫がにじみ出ていた。いつもの間の抜けた秋人ではもうない。どんな抵抗をしても一瞬で沈められるだろう予感。
これがストローマンか。
「僕も、卯月刑事が黒幕だとは知らなくてさ」
「・・・・・・そうなの」
思わず返答してしまう。
「うん。田代さん、ほとんど何も教えてくれなくて。まあ、いつものことなんだけど」
「田代? 誰それ」
「あー」
説明しづらいのか、秋人は少し眉をひそめて言葉を練った。
「えっとね、まず僕、ひな姉が薬物で死んだと思ってたから。ひな姉に薬物売りつけた奴を根絶やしにしようと思って」
軽い口調で言うことがえげつない。
「で、とりあえず拓也くんに近づいたわけ。そして、ついに薬物取引現場を発見。爆弾投げ込んで、ジップガンでとどめさしたんだけどね。拓也くんはさ、ほら。馬鹿だけどいいとこも結構あるの、わかってたから。とりあえず見逃したんだ」
秋人は思い出すように笑う。
「それから、売人を見つけては殺し、見つけては殺ししてたらね。『組織』もやっぱ黙ってなくて。雇われた田代さんたちに見つかっちゃって」
そんな冗談のようなことをさらさらと言う秋人の目は完全に据わっていた。
「で、田代さんと冬子。二人がかりでボッコボコのケチョンケチョンにされちゃって。ああ。ここで終わりかあって思ったら、田代さんが秘密で雇ってくれたんだよね」
よくわからなかったが、田代とやらの配下になったことまでは理解できたので、目線で続きを促す。
「僕の存在は一軍以外には秘密。で、僕は田代さんに頼まれた仕事は全部やる。その代わり、定期的に薬物をさばいてる奴の情報をもらう」
秋人は溜め息をついた。
「一人でやるのは限界があったからね。田代さんに従ってたほうが確実だったんだよ」
私は「で、あのキャンプ場の件は?」と話を戻させる。
「田代さんに、あのキャンプ場が、薬物の取引所にされているとだけ教えてもらった。ひな姉の言ってたキャンプ場だってこともわかった。だから、ひな姉の誕生日に、ナツ姉も連れて行ったんだ」
「陽向さんの霊を、私が降ろせると思って?」
秋人は数瞬黙って、首を振った。
「高校の頃はそう思ってたけど。今ならもうわかるよ。ナツ姉、そんなこと、できないんでしょ」
私は前を見て、頷いた。
「ええ。ごめんね」
「こっちこそ、ごめん」
一瞬の沈黙。
周りの交通量が減ってきた。サイレンの音もだんだん小さくなる。
「ただ、ナツ姉も、一緒にいて欲しかった。ひな姉のために頑張ってくれた一人として、一緒に、あの場所でキャンプがしたかった」
それが、弔いになるとでも思ったのだろうか。
「まあ、その後、全部ぶっ壊す予定ではあったから、下見をかねてだけどね」
やっぱ、言うことが物騒だ。
「てことで、二人分の潜入を田代さんにお願いしたんだ。そしたら、なんでか冬子が廃墟に隠れてるし、おばあちゃんに眠らされるし、姫宮さんが降ってくるし、僕の昔の武器がなぜか屋根裏にあるし、卯月刑事が現れるし、拓也が死んだふりしてるしで、もう、てんやわんやだよ」
なんか、秋人も大変だったんだな。
「とりあえず、姫宮たちに話を合わせてたら、何にも知らない二軍達が襲って来るしさ。パニクってたら捕まって足撃たれて散々だ。ほんと田代さん、ひどいことするよ」
秋人は口をとがらせる。
「あれかな。近々、独立したいって言ったの。根に持ってたのかな」
「でも、まあ」と秋人は首をコキリと鳴らす。
「ひな姉を殺した張本人を、ナツ姉と一緒にぶっ倒す舞台を作ってくれたんだから。感謝しとくかな」
ジープの走る道は閑散としてきた。なんとあの状態から警察をまいたのだろうか。
ジープがゆっくりと、寂れた高架線の下に止まる。
「降りよう」と秋人が拳銃を手に取って言う。従うしかない私は秋人に続くように車を降りた。
随分と古びた高架線。その下は薄暗かった。
遠くにサイレンが微かに聞こえる。
「ナツ姉」
「なに」
「初めて会ったときのこと、憶えてる?」
私は、「ええ」と目をつぶった。
「駅前のコンビニで、あんたが万引きしようとしてたから、止めてやった」
「うん。あの時はさ、ひな姉が死んですぐで、自暴自棄になってたんだ」
私は思い出す。うつろな目で、パンをポケットに入れようとした顔色の悪い中学生。
「なんで、止めてくれたの?」
「いや、向こうで店員が睨んでたから」
「え、そうなの」
「なんか、目の前で捕まったら、私も巻き込まれるかもって思って。迷惑だと」
秋人がぽかんと口を開ける。
「それだけ?」
「うん。それだけ」
秋人が笑った。声を上げて。
「僕、ひな姉の、生まれ変わりかと思ったのに」
何言ってんだこいつ。
「私は私よ。斉藤ナツ」
自然と溜め息が出た。
「それ以外の、誰でもないわ」
秋人が目を閉じ、頷いた。
「そうだね。そりゃ、そうだ」
エンジン音が聞こえた。
見ると、バイクが一台、高架線下の反対側に止まっている。黒い大型バイク。細身だが、身長が高い女性が乗っていた。
顔はフルフェイスヘルメットで見えないが、首元にタトゥーが覗いている。
「ごめん。迎えが来た。行くね」
秋人がスタスタとバイクに近づいていく。松葉杖はもういらないらしい。
「秋人!」
私はその場で叫んだ。
秋人がふり返る。
「次、会ったら、ぶん殴るから」
秋人が「え、殴られるの僕」と眉を上げる。
「あたりまえでしょうが! ボッコボッコにして、警察に引き渡してやる!」
秋人は「そっか」と笑うと、バイクの後ろにまたがった。
「じゃあ、今のうちに殺しとかないとね」
秋人が真顔で銃口を私に向けた。
「え」
秋人は、躊躇なく引き金を引いた。
思わず閉じた両目を、私はゆっくり開けた。
地面に白い粒が転がっていた。片膝をついて摘まみ上げる。
BB弾だ。
「馬鹿ね」
私は、朽ちかけた高架線を見上げながら、一人、呟いた。
「ほんと、馬鹿」
バイクのエンジン音は遠くに響き、代わりにサイレンの音が近づいてきた。




