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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第7章 人は誰にもなり得ない
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【第7章】 廃村キャンプ編 53 出会い


 53 出会い


 日暮秋人を自動ドアごと吹っ飛ばした金髪の少女は、陽向と名乗った。

「ひな姉と呼びなさい」とそう笑った。

 万引きの現行犯で取り押さえられた秋人は警察には通報されなかった。なぜなら、女子高生の振りをしていた陽向は、当時まだ中学三年生だったのだ。条例違反である。バイトが集まらずに苦悩していた店長に陽向がごり押しで交渉したのが始まりだったらしい。

「それで店のドア破壊されたんだから、世話無いぜ」

 店長はそうぼやいていた。

 しかし、店長は懲りなかったようだ。

 次の日から、なぜか秋人もそのコンビニで働くことになった。中学三年生と中学二年生のバイトがいる完全アウトなコンビニが誕生した。

 店長は「自動ドアの弁償分働いてもらう!」と息巻いていたが、なんだかんだでちゃんと時給を満額くれた。なんなら廃棄弁当を毎日のようにくれた。

 ありがたかった。秋人の母は出て行き、父は酒浸りで、ほとんど家に帰ってこなかったから。父が気まぐれに家に置いていく小銭ぐらいしか、秋人の生活費はなかったから。

 空腹のあまり、死ぬ前に何でもいいから腹一杯食べたいとおにぎりとパンを万引きした秋人からすると、まるで夢のような処遇だった。

 さらに店長は、秋人と陽向が二人がそろって、客足が途切れた時。おでんをご馳走してくれた。出汁が絶品のおでんだった。


 ある日、いつものように駐車場の縁石に腰掛けて二人でおでんを頬張っていた時だった。秋人は陽向に聞いた。

「陽向。毎回、餅巾食べてるね」

 陽向は餅巾着を頬張りながら、「とうぜん」と頷いた。

「おでんといえば、おでんくんでしょ」

「まあ、お揚げ系は出汁がしみてうまいよね。このおでんの出汁、最高だし」

 陽向は妙に嬉しそうにうんうんと頷いた。ごくりと餅を飲み込む。

「ていうか、呼び捨てすな。ひな姉って呼びなさい」

「やだよ。気持ち悪い」

「どこがよ!」

 秋人は溜め息をついた。中学生にもなって、本当の姉弟でもないのに「ねえ」呼びなんて恥ずかしすぎるだろ。

「てか、なんでそんなに姉呼びにこだわるんだよ」

 すると、ふっと陽向が表情を失った。

「・・・・・・確かに。なんでなんだろ・・・・・・」

「はあ?」

 自分でもわかってないのか。

「なんかね、自分がお姉ちゃんだって思うと、がんばろうって気になるの。正しくあろうって気が生まれるの」

 秋人は何を言ってるんだこいつ。と思った。

 陽向は秋人から見て、どうしようもない奴だった。まず、やたらミスが多い。棚出しは無茶苦茶だし、値札は貼り間違えるし、レジ打ちなど見てられない。

 それにずるい。すぐにさぼる。秋人に押しつける。ホットスナックは隙さえあればつまみ食いする。

 なのに、秋人が手をぬいたりするのは許さない。

 自分に甘く、他人に厳しい。それが陽向という女である。

「私さ、昔から、他人にやさしくとか、相手のことを考えてとか、出来なくて」

 陽向が急に声のトーンを落とした。

「でもね、自分がお姉ちゃんなんだって思い込むと、お姉ちゃんならこうする。お姉ちゃんならこういうときはこうあるべきってのが急にはっきりするんだあ」

 よくわからなかったが、つまり、演技して理想に近づこうとするということかと、秋人は自分なりに理解した。

「でも、それ。本当の陽向じゃないんじゃない? 別の誰かなんじゃない?」

 そう呟いて、自分の言葉の青臭さに一人赤面する。なにかっこつけてんだ俺。

 でも陽向は、気にする様子はなかった。「なるほどねえ」とわかったのかわかってないのか、そんな声を出しながら、立ち上がった。

「でもね、私は、お姉ちゃんでありたいの!」

 そう満面の笑みで自分を見下ろす陽向を、秋人は「あ、こいつわかってないなー」と見上げた。

 コンビニ入り口のライトが彼女の金髪に被っていた。

 まるで藁のようだと、秋人は思った。

 適当に脱色したせいで、パサついてしまったと本人はぼやいていたが。

 その黄金色の髪は、秋人には太陽の光をたっぷり吸った藁のように思えた。


 陽向は高校一年生になる直前、家出をした。

 しばらくどこかで生活していたようだったが、そこも出てしまったらしい。

 それからは、日中はコンビニバイトをし、シフトがないときはどこかしらで時間を潰し、バイト終わりに秋人の家に泊まりに来るようになった。別に恋愛感情を抱いていたわけではなかったが、思春期男子として無論、緊張した。だが、陽向はあっけらかんとしたもので、我が物顔で秋人の家でごろごろと怠惰に過ごした。なんだか、秋人もばかばかしくなって、そのうち、本当の姉弟のごとく過ごすようになった。

「あーあ。キャンプ場が完成してたらなあ」

 その日も畳にゴロゴロしていた陽向はそう呟いた。耳にはどこで手に入れたのか赤いアイポッドに繋がったイヤホンを差している。

「キャンプ場?」

「うん。私の本当の家はね、田舎の村なんだけど。そこにお母さんと一緒にキャンプ場を作ってたの。すごく素敵なキャンプ場になる予定なのよ。植える花だってもう決まってるんだから」

「ふうん」と秋人は漫画本を手に寝そべりながら返した。

「なんで作るのやめたんだよ」

「やめてないよ。ただ、お母さんが死んじゃったから」

 秋人は黙った。こんな時、すぐに「ごめん」と言えない自分がもどかしかった。

「でもね、ひまわりがいるから」

「ひまわり?」

「私の妹。今は入院してて無理だけど、元気になったら、また一緒にキャンプ場作るんだ」

 秋人は首を捻った。妹? 入院?

「ねえ。完成したら、一緒にしようね。キャンプ」

「え、やだ」

「なんでよ」

 秋人はなんとなく、断ってしまった。

「絶対楽しいって。パスタとか作ろうよ」

「陽向、料理できないじゃん」

「あんたがするの」

「ええ・・・・・・」

「ね! 絶対楽しいから!」

 秋人は考えなく断ってしまった手前、しばらく渋った。だが、きらきらした目で見つめてくる笑顔の少女に、目をそらしながらも、頷いた。

「ちゃんと言って!」

「え、なに?」

「私とキャンプに行くってちゃんと言いなさい」

「はあ?」

 陽向が変なテンションを押しつけてくるのはいつものことだった。

 だから、秋人は溜め息をつきながら言った。

「・・・・・・わかった。陽向とキャンプに行く」

「違う。ひな姉!」

「調子のるな」

 陽向はちぇっと舌打ちまがいの音を出したが、その後、にんまり笑った。

「まあ、いいや。約束したからね。絶対だからね。もう言い逃れできないからね」

 なんだよ。こいつ。怖いな。

「絶対だよ」

 秋人は「やれやれ」と呟いた。

 ほんと、変な奴だ。


 それからほんの数週間後。

 陽向は家に来なくなった。

 コンビニにも来なくなった。

 店長と秋人は店をしばらく臨時休業にしてまで探しまわった。

 それでも見つからなかった。

 

 それから、数ヶ月経って。

 秋人は陽向の死を知った。


 陽向が死んで、ようやくわかった。

 自分が彼女にどれだけ救われていたのかということに。

 自分が彼女にどん底からすくい上げてもらっていたということに。

 実際にしてもらった事は大して無い。一緒にバイトをして。一緒におでんを食べて。一緒に笑って。お姉ちゃんみたいに、家族みたいに接してもらった。それぐらい。

 でも、だから自分が今も生きていると断言できた。

 彼女がいなければ、今の自分はいない。

 あの日の出会いは、そういう出会いだったんだ。

 そう理解した時には全てが遅かった。


 そして気がついた。

 自分がまだ一度も彼女をひな姉と呼んでいなかったことを。

 それぐらいしてあげたら良かった。





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― 新着の感想 ―
この作者さん伏線貼るのがうますぎて今まで一度も予想通りになったことがない……姉違いだったかあ
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