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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第7章 人は誰にもなり得ない
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【第7章】 廃村キャンプ編 52 答え合わせ


 52 答え合わせ


 平日の昼間だというのに、市営キャンプ場は数組のキャンパー達でにぎわっていた。

 自分のジープを駐車場に停めた際も、思ったより車が多いなとは感じた。

 無料の大して大きくもない市営キャンプ場なので、貸し切り同然かと思っていたが、それなりに人気のようだ。

 日暮秋人は物珍しげにサイトを見渡しながら、茶色の芝生の上を歩く。松葉杖が柔らかい土にめり込んで、すこし歩きにくかった。

 新品同然のテントの設営を談笑しながらするカップルの横顔。

 ソロテントの前に椅子を置いて、珈琲をたしなむ男性と広げられた新聞。

 台所から持ってきたようなフライパンで調理を楽しむ中年夫婦の笑顔。

 火起こしに難儀しているのか、焚き火台の前で咳き込む男性の背中。

 どれも平和そのものだ。

 キャンプ場はやっぱりこうでなくてはと秋人は微笑んだ。

 だが、少しもの寂しさを同時に感じた。何がそんな気持ちにさせるのか、今一度キャンプ場を見回したが、秋人は答えを見つけることは出来なかった。

「秋人。こっち」

 呼ぶ声の方を見る。

 使い込まれたソロテント。その前にチェアを置いて、焚き火台に薪をくべている女性キャンパー。斉藤ナツ。

「ごめん。設営やってくれたんだね」

 秋人はナツのサイトに近づく。

「言ってくれたら僕も早く来たのに」

 ナツは秋人の分のチェアも用意してくれていた。ありがたく座らせてもらい、横に松葉杖を立てかける。

「そしたらあんた、設営、全部やっちゃうでしょ」

 ナツは笑顔を見せた。

「今回は、私が準備したかったの」

 

 あの戦いから、二ヶ月がたっていた。


 秋人の撃たれたつま先は順調に回復に向かっていた。予想通り、弾丸は指の間を通り抜けており、大事には至らなかった。まだ歩くと若干痛むので松葉杖をついているが、そろそろ無くてもいいかもしれない。

 秋人の今日の格好は前回のキャンプとさして変わらなかった。カーキ色のダッフルコートにセーター。首にはオレンジ色のストラップをかけており、上着の中に続いていた。

 ナツはいつもの不燃性ジャケットとジーンズ。さっきまで音楽でも聴いていたのだろうか。耳にはワイヤレスイヤホンがはまっていた。

 そして、左の手の平には包帯が厚く巻かれている。梅に撃たれたと聞いた。もう大丈夫なのだろうか。サイト設営で無理をしなかっただろうか。

「手、痛い?」

「別にそこまで」

「あばらは大丈夫なの?」

「うん。もうなんともない」

「回復力、えぐくない?」

 流石は歴戦の戦士。自分の松葉杖が恥ずかしくなってくる。

「それより、あれ、持ってきた?」

 ナツが待ちきれないように言った。

「もちろん」と秋人は笑い、肩にかけていたソフトクーラーボックスからナツのご注文の品を取り出す。大きなステーキ肉二枚。部位はあばら周り。つまり、リブ。

「昨日の夜から、タマネギとニンニクで漬け込んであります」

「天才かよ」

 ナツが嬉々として受け取り、新調したのだろうか。新品の焚き火台にセットした網の上に豪勢に並べる。ジューと食欲をそそる音が鳴る。

「ナツ姉。知ってる? もうサイゼのリブステーキ、メニューから無くなったんだって」

「え、マジ?」

 ナツはステーキをひっくり返しながら嘆いた。

「あの夜のリブステーキ、超うまかったんだけどなあ」

「僕は緊張と疲労で味、わからなかったよ。結局おごらされたし」

「じゃあ、今日は私がふるまうわ。味わってくれたまえ」

「いや、肉買ってきたのも下ごしらえしたのも僕」

「焼いたのは私よ。図にのるな」

「ええ・・・・・・」

 そんな馬鹿みたいなやりとりの後、ステーキはまな板で切り分けられ、それぞれの皿にのせられる。

「はい。ワイン。ノンアルコールだけど」

 ナツがシェラカップに赤ワインを注いでくれた。

「・・・・・・これ、睡眠薬入ってない?」

「ばばあと一緒にすんな」

 笑いながらシェラカップをぶつけ合う。

 乾杯。


「あのあと、卯月刑事ともう一戦あったんだって?」

「ええ。もう壮絶だったわよ。撃って撃たれて」

 ナツは大きく切り分けた肉塊を口に無理矢理押し込んだ。もぐもぐとハムスターのようだ。

「は、はと、じゅう、あひがとね」

「え? なに?」

 ナツは肉をごくんと飲み込むと、ワインで胃に流し込み、息を吐いた。一口がでかすぎるんだよ。

「銃の、弾よ。抜いてくれてたんでしょ」

 梅の行方は依然知れない。だが、梅の使用した銃はキャンプ場の泥の中から発見された。

 弾を撃ちきった22口径リボルバー拳銃。これは警察の支給品ではなく、密輸入されたものらしかった。

 そしてもう一丁。9ミリ自動拳銃。ブローニングハイパワー。

 その弾倉には一発の銃弾も入っていなかったらしい。

 つまり梅は、弾も入っていない銃を後生大事に隠し持ち、ナツたちに嬉しそうに向けていたのだ。きっと梅自身も弾が入っていると思い込んでいたのだろう。

「秋人が、卯月に渡す前に、全弾抜いてくれてたんでしょ。やるじゃん」

 ナツは焚き火台越しに、少しだけ前のめりになった。

「なに? あんたはもうあのタイミングで、卯月が怪しいって思ってたってこと?」

 秋人は数秒黙ると、相好をくずした。

「え? そうだったの? 弾入ってなかったんだ。僕も一発も撃たなかったからわからなかったよ。やっぱ、チャンバーチェックはちゃんとしなくちゃだね」

 秋人の返答に、「ふうん」とナツは身体を戻す。

 少し妙な沈黙が流れたので、秋人は辺りを見回す。

「あ、あの一眼レフ。今日も持ってきたんだ」

 ナツは「うん」とご機嫌にテーブルに置いていたカメラを引き寄せた。

「川に水没させなくて、ほんとよかったわ」

「ああ。一緒に川、落ちたねえ」

 秋人は「冷たかったあ」と思い出し笑いをする。

「なんで落ちたか憶えてる?」

 ナツの問いに秋人が「なんでだっけ」と首を捻ると、ナツはほほえんだ。

「ほら。廃墟を撮影してたのよ。キャンプ場の外側の」

「あ、ああ。そうだっけ」

 そこでナツはぱっと話題を変える。

「桜田刑事って人と私、仲がいいんだけど」

 秋人は慌てて頷く。

「ああ。知ってる。僕も何度か聴取された。穏やかでいい人だよね」

 ナツは頷きながらワインを傾けた。

「この前、捜査の進捗を教えてもらったの」

「ほう」

「あの、廃墟、誰かがいた形跡があったらしいの」

 秋人は「え」とシェラカップを持った手を下げた。

「指紋も、窓の手形も拭き取られてたらしいんだけどね。一部屋だけ、明らかに埃が少ない部屋があったんだって。裏山に続く新しい足跡も発見されたから、あの廃墟に何者かが潜んでいたのは事実みたい」

「そ、そうなんだ」

「でね。私、桜田刑事に言ったのよ。私、人影を見ました。一眼レフで撮ったかもしれませんって」

「おお。お手柄じゃん」

 そこで、ナツは一眼レフの裏蓋をパカリとやった。

「フィルム、抜かれてたわ」

 秋人は黙る。

「ねえ。私、屋敷の人影を見たとき、秋人に聞いたよね。『見える?』って。あんたには見えなかった。だから、てっきり幽霊かなんかかなと思ったんだけど」

 ナツは一眼レフから秋人にすっと目線を上げた。

「もし、あれが本当に実在した人間だったら」

 ナツは意味ありげに目を細めた。

「秋人にも、見えてたはずだよね」

 秋人は、かぶりを振った。

「・・・・・・ごめん。憶えてない」

「そっか」

 ナツはキャンプチェアの椅子にもたれ、ポケットをごそごそ探った。そして折りたたまれた一枚のコピー用紙を取り出す。

「これ、秘密よ」

 ナツが囁いて、秋人の前で紙を広げる。

 粗い画像だった。恐らくコンビニかスーパーの店内。棚の前に、一組の男女が立って商品を選んでいる。

「あるコンビニの防犯カメラの映像。桜田刑事に頼み込んでもらっちゃった」

 店内の天井に設置されていたカメラなのだろう。画素数は少ないが、男女の髪型はよくわかった。

 茶髪にショートカットと、ドレッドヘア。

 姫宮と拓也。

「この店以降の足取りはつかめなかったらしいけど。まあ、元気そうね」

 ナツはふっと笑った。

「ちなみに、拓也が買ったのは、焼きそばパンだったらしいわよ」

 秋人は思わず笑った。

「ああ、彼、好きだったもんね。よく買いに行かされてた」

「その言い方はよくないんじゃない?」

「え?」

 顔を上げた秋人を、ナツはまるでたしなめるように言った。

「警察がね、拓也の高校時代のヤンキー友達に聴取したらしいの。彼、こう言ってたらしいわ。あいつは後輩にも好かれてた。万引きしてまであいつに貢いで取り入ろうとするオタクっぽい奴までいた。よく憶えてるって」

 ナツは小首を傾げた。

「あなたからすり寄ったんだったら、拓也のせいにしちゃ、ダメでしょ」

 秋人は数秒黙り、そして照れ笑いを浮かべた。

「あちゃー。ばれちゃったか。実はさ、あの頃、僕、ヤンキーに憧れがあって。何とか舎弟になろうと・・・」

「そうそう。そう言えば」

 ナツは最後まで聞かず、思い出したかのように手を叩いた。

「管理棟で、拓也が死んでるかどうかを確認したのって、秋人だったよね」

 秋人の作り笑いが固まる。

 ナツはその表情を見つめながら呟いた。

「生きてたわね。彼」

 秋人はシェラカップをサイドテーブルに置いた。

 笑顔を完全に消し、「なに? さっきから」と不機嫌な声を出す。

 ナツは動じなかった。コピー用紙をまたポケットに戻すと、今度はスマートフォンを取り出す。

「あのブログ、最近どう?」

「え、ああ。野営日記?」

「ええ。ミリタリー野郎の野営日記」

 ナツはスマホを操作しながら聞く。

「怪我してるし、キャンプは無理でしょ。いつから更新再開するの?」

 秋人は「え、ああ。そうだね」とちらりと松葉杖に目をやる。

「もう、脚も治りかけたし。来月にでも・・・・・・」

 ナツは「そっか」と微笑んだ。

「見てないんだ」

「なにが?」

「更新されたわよ。昨日」

「え?」

 秋人の困惑した声に、ナツは構わなかった。次々に話題を進める。

「そうそう。これは友達の紗奈子って子が見つけたんだけどね」

 ナツはスマホの画面をスクロールする。

「あった。この写真だ」

 画面にはベージュのテントの写真が表示されていた。側面から煙突が飛び出している。ブログ内の去年の記事らしい。

「・・・・・・それが?」

「言ってたじゃない。アウトドアショップで」

 秋人はそこで思い出した。テントコーナーをナツとまわりながら、軽い気持ちで言ったセリフを。


『お、これ欲しいんだよね。煙突通せるタイプ持ってなくてさ』


「持ってないはずだよね、薪ストーブを入れられるこのタイプは」

「それは・・・・・・」

「この前、知ったんだけど」

 ナツはテントの生地を大写しにした。

「ミリタリー界隈ではこの色、ベージュとは言わないんでしょ。秋人。なんて言うの?」

 秋人は数秒の沈黙のあと、答える。

「・・・・・・タンカラーだよ」

 自身の言葉が頭の中に響く。


『色は大事だよね』

『僕もカーキ色や迷彩色でそろえるのが好きなんだけど、あえてタンカラーには手を出さないと決めているんだ』


 どうでもよさそうな顔してたくせに、ちゃんと聞いていたのか。

 そして、そういうことだけは、しっかり憶えてる。

 ナツ姉らしいな。


「昨日の投稿、見る?」

「・・・・・・いや、いいよ」

「一人で登山をして、麓のキャンプ場で一泊したんだって。読み上げましょうか」

「いいって!」

 声を荒げた瞬間、身体が揺れたのだろうか。立てかけていた松葉杖がカランと地面に転がった。

 二人で、それを見つめ、場に沈黙が落ちる。

「・・・・・・このブログ、あなたじゃないんでしょ。適当に、よさげなブログの投稿主になりすましたのね」

 秋人は答えなかった。

「じゃあ、あなたはどうやってキャンプ場に招待されたの? 招待メッセージなんて受け取ってないんでしょ。ううん。もっと言えば、私に招待メール送ってきたのも、誰なのかしら」

 秋人は表情を失い、静かに燻る焚き火を見つめた。

「でも、管理棟には私の名前と、あなたの偽のハンドルネームがあった。梅の名前も。私たちは誰かに・・・・・・いいえ。あなたに、あのキャンプ場に引き込まれた」

 秋人は何も言わない。

「銃の扱いに手慣れていて、卯月梅を始めから敵と認識し、廃墟に潜む仲間をかばって、拓也の演技に協力した」

 ナツも焚き火を見つめる。まるで目を合わせるのを嫌がるように。怖がるように。

 でも、ナツの口は止まらなかった。

「高校時代、なぜあんたは、あんなに、薬物で死んだ女の子にこだわってたの? 霊感がある私に取り入ってまで、何を調べようとしていたの?」

 ナツは両手を握りしめる。右手も。包帯を巻いた左手も。

「それと同時に、なぜか学校一のヤンキーに自分から近づいた。その不良は、偶然にも、学生間の薬物売買に深く関わっている人間だった」

 秋人は黙っている。ただ、沈黙を返す。

「桜田刑事に聞いたの。藁人形の初めての犯行は九年前。私が卒業した直後。反グレ集団のたまり場に手製の爆弾が投げ入れられた。その場にいた二人が死亡。重症を負った三人のうち、さらに二人が手製のジップガンで頭を撃ち抜かれて死んだ。その時のたった一人の生き残りが」

 ナツは意を決したように顔を上げた。

「拓也よ」

 秋人も、ゆっくりと顔を上げる。

「昔から、機械いじりは好きだったもんね。高一の時ですら、エアガンを改造して威力を上げていた。やろうと思えば、もっと強力なのも作れたんじゃない? 例えば、ジップガンとか、例えば、爆弾とか」

違っていてくれ。勘違いであってくれ。そう願うような顔で。

「秋人」

 ナツは言った。


「あなたが、ストローマンだったのね」





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― 新着の感想 ―
どうやってこんなに話を複雑にできるんだ…プロットがパズルみたいになってるんだろうなぁすごすぎ
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