【第7章】 廃村キャンプ編 51 お約束
51 お約束
お待たせ。ここからは後日談だ。
私は例に漏れず、もちろんのこと、当然のように、流れるように入院した。もう慣れたものだ。
いつものマッドでファンキーなおじいちゃん医師は、私の立派な怪我の数々を見て、小躍りせんほどに歓喜した。
「そうそう! こういうの! こういうのを診たかったんだよ!」
職業倫理の概念とかないのかこの人。
「すごい! 金属板で銃弾防いだの? 思いついてもしないよ普通。西部劇じゃん」
老人は「22口径で助かったねー」と言いながら、レントゲン結果を確認した。
「あ、うん。あばら二本やってるね」
「でしょうね」
「手の平のは、見た目は派手だけど、神経は傷ついてない。穴が塞がれば普通に動くと思うよ」
そう言う老人はワクワクした表情で私の患部をなで回す。怪我に夢中になっているおじいちゃんの背後でいつもの看護師がうずうずと身体を揺らし、待ちきれないと言う表情で老人医師に耳打ちした。
「先生。あれ、聞かないと」
「え?」
「ほら。いつも聞いてるじゃないですか」
老人は思い出したと言うように手を打つと、顔をほころばせて私に向き直った。
「で、今回は誰をやっつけたの」
勝手に恒例イベントにするんじゃない。
私は溜め息をつきながらも、列挙した。
「武装したリベンジくそばばあと、武装した汚職警官と、武装したチンピラを5名ほど」
「みんな武装してんじゃん」
老人医師はケラケラと笑う。隣の看護師は嬉しそうにドン引きしていたが。
「でも」と私は付け加えた。
「くそばばあとは、そのあと仲良くなりました」
老人医師はお茶目にウインクした。
「よかったじゃん」
今回の事情聴取の大部分は病院の個室で行われた。
私がベッドの上から動けないのでしかたあるまい。
桜田刑事の疲弊ぶりは相当なものであった。今回は規模が規模だし、汚職警官の存在まで出て来たのだ。そりゃあきつかろう。
さらに今回は、事情聴取自体もそれなりにこじれた。私の証言と現場の状況が噛み合わない箇所もあったからだ。
まず、キャンピングカーに積まれていたはずの拓也の死体がなかった。
そして、姫宮ありさが逃亡した。
秋人と姫宮は電波が通じる場所まで走り抜けた後、即座に通報を行ったらしい。しかし、そこで秋人が力つきて失神。警察が彼を保護した際には助手席にいたはずの姫宮と拓也の死体が消えていた。
では、姫宮が拓也の死体を持ち去ったのかと考えられたが、車内に転がされていた金髪の男、窪谷の証言と食い違った。
窪谷が言うには、死体が消えたのは、キャンピングカーが水路に停車し、私たちが秋人救出に向かった直後だと言う。
そして、信じがたいことに、死体が自ら立ち上がって颯爽と歩き去って行ったと言うのだ。
「まあ、スプレー缶塗料まみれのチンピラの証言ですからな。どこまで信じてよいものやら」
そう桜田刑事は困ったように笑った。
他にも私たちを襲って村を焼いたチンピラ共は全員逮捕されたらしい。
水路の濁流に呑まれた三人も、なんだかんだ全員生きていた。不思議なのは、明らかに誰かに救出されて岸辺に寝かされていたり、どこから手に入れたのか浮き輪に掴まっていたりする者がいたそうだ。謎は深まるばかりだ。
「しかし、ここまで堂々と薬物取引が行われていたとは。開いた口が塞がりません」
桜田刑事は唸るように呟いた。
麻心村キャンプゲートの施設のほとんどが炎上していた。だが、直後に起こった貯水池ダムの決壊により、その火災の大部分が消火され、数多くの物証が消失を免れた。
特に大きかったのは、管理棟から取引記録の一部が奇跡的に回収出来たことだ。顧客情報は暗号化されていたが、大量の取引があったことは明確になった。顧客情報の暗号についても、日夜解読が行われているらしい。
「我々がさらに驚愕したのは、山の上を調査したときです」
ひまわりの証言で、貯水池側に隠田があるとわかり、調査を行ったところ、山の木々に隠された三つの棚田で、大麻が栽培され、収穫された痕跡があったらしい。
「簡易的な納屋が側に作られ、栽培後の大麻の乾燥が行われていました。次の春に植えるための種子も。なんと大胆な。なめられたものです」
私はなんとなく腑に落ちた。あんな山奥、取引の場としてはいくらなんでも不便すぎないかとは思っていたのだ。農場直売であったのなら納得である。
「ひまわりはどうなるんでしょう」
私の問いに桜田は頭を掻いた。
「今回は本当に現場がこんがらがっていますからね。状況が把握できるまで、病棟で大人しくしてもらう予定です」
「今のところ、罪状は?」
桜田は溜め息をついた。
「うーん。少なくとも銃刀法違反ですが、傷害罪については・・・・・・被害を受けた姫宮ありさが姿を消していますからね。なんとも。本人は否定していますし」
あ、あいつ、否定してるんだ。
「なんかカッコイイから試しに作って、なんとなく撃ってみたら、本当に弾が出てびっくりした。その後は正当防衛だと。その一点張りで」
いやいや。無理あるだろばばあ。
だが、そこで思わず笑ってしまう。
きっとやりたいことが出来たのだな。
刑務所なんぞ入ってられるか、と鼻を鳴らす姿が目に浮かぶ。
「では、続きは明日に」
面会時間ぎりぎりまで聴取を行った桜田刑事は席を立った。背後に控えていた数人の刑事達もガタガタと立ち上がる。やれやれ明日もかと私はうんざりしながらもぺこりと頭を下げた。退院後も即、いつもの取調室だろうなあ。嫌だなあ。
そこで、桜田刑事は表情を引き締めた。
「斉藤さん。此度の私どもの不祥事、謝罪の言葉もございません」
世紀の汚職警官、卯月梅は、いまだに発見されていない。
かなり下流にも渡って探索が行われたが、遺体は発見されなかったことから、逃走した可能性も踏まえ捜索の規模を拡大し、行方を追っているという。
「斉藤さん」
桜田はベッドの上の私に対し、これ以上無いほどに頭を下げた。後ろの刑事達もそれに倣う。
「私どもに代わって、命がけで落とし前をつけてくださり、誠にありがとうございます」
私は「顔をあげてください」と頼み込んだが、桜田はなかなかその姿勢を崩そうとしなかった。
ようやく顔を上げた桜田刑事の険しい顔を見つめる。
その目もとには濃い隈が浮かんでいた。連日、寝る暇も無いほどに捜査に打ち込んでいることが嫌ほど伝わった。
だから、私も敬意を払って頭を下げた。
「日夜、私たちの安全のために尽力してくださり、本当にありがとうございます」
刑事達も再び腰を折る。
スーツ姿の刑事達と、入院着に包帯姿の私がお互いに頭を下げ合っている。
お見舞いのスイーツを山ほど持って現れた美音と紗奈子は、その光景を見て、呟いた。
「なにこれ」
「嘘だろお。おい嘘だろお」
「新堂のまごころ整備工場」の巨大倉庫の中。泥にまみれてボロボロになったキャンピングカーを見つめ、シンこと新堂政喜は頭を抱えた。
「夢であってくれ・・・・・・」
そう呻くシンに、私は両手を腰に当て、胸を張った。
「残念ながら、現実よ」
シンがきっと振り向いて喚く。
「なんでお前がかっこつけてんだよ!」
確かに。そんなことが出来る立場ではなかった。
「お前、言ったよなあ。大切にするって言ったよなあ。傷一つつけないって言ったよなあ!」
私は返す言葉がなく、もごもごと「いや、努力はしました・・・・・・」と呟く。
「じゃあ、なんでフロントガラスに穴開いてんだよ! 二個も!」
「いや、それは銃撃戦で・・・・・・」
「紛争地帯にでも行ったのか!?」
シンの剣幕に、ひたすら頭を下げる。
「で、でも、湖に沈められるのは、回避したんだよ……」
「どの基準で話してんだお前」
シンは片手で顔を覆い、「ふー」と天井を仰いだ。
「……直せる?」
不安げに聞いた私に、シンはまたため息をついた。
「このあと、全部見てみるけどよ……」
私はごくりと唾を飲む。
シンは呟いた。
「直すよ」
シンが顔を戻し、気合を入れるように両頬を叩く。
「お前らは、友達だからな」
お前ら。
私とカンナ。
え、なになに。私も友達ってこと?
急なツンデレにテンションが上がり、私はにんまりしながら、シンの腕を「うりうり」と肘で小突いた。
「ああ!?」
シンが私を睨みつける。即座に気を付けの姿勢で下を向く。
はい。ほんとすみません。反省してます。
「……ったく」
シンは肩を怒らせながら車内に乗り込む。
その隣でカンナが「あちゃー。シン君めっちゃ怒ってるー」と言うような顔で身体を揺らしていた。
「お前え! 何運転席で塗料ぶちまけてんだ! 頭おかしいのか!」
「いや、それは姫が・・・・・・」
「誰だよ姫って!」
私は首を傾げ、言葉を捻った。
「えっと・・・・・・元、ギャル?」
「二度と乗せんなあ!」
はい。姫、出禁になりました! お疲れ様です。
シンは数秒おきに悲鳴や雄たけびを上げながら車内を見て回り、次にまた外に出てきて、車の下を覗き込み、「軸ゆがんでじゃねえかあ!」と怒声を挙げた。
「しかも、水没の跡あるじゃねえか!」
「それは濁流にのまれかけて……」
「で、なんでホイール焦げてんだよ!」
「それは、炎の中を……」
「なんなの!? お前ら、異世界行ったの!?」
シンのリアクションにカンナがけらけら笑う。
だから私も笑ってしまった。
シンが咆哮する。
「なに笑ってんだだあこらあああああ!」




