【第7章】 廃村キャンプ編 48 想い
48 想い
私達二人が顔を出した出口は、村の墓地のすぐ側だった。あの、山肌にある、村を一望できる高台の墓地だ。
これまでのひまわりの移動手段の謎が解ける。きっと村にはいくつも地下通路があり、それが地中でつながっていたのだ。ひまわりはそれを抜け道として使い、想定外のスピードで移動したり、私たちを出し抜いたりしていた。
しかし、なぜ、こんなところまで続く抜け道が、ひまわりの家にあったのだろうか。
勝手に予想を立ててみる。
ひまわりの屋敷は、村の最奥。分水嶺の目の前にあった。もし、想定外の洪水がおこったり、ダムが決壊したりといった事態になれば、当然、もっとも危険な場所となる。
この通路を作った人間は、きっとそれに備えたのではないだろうか。
村の中にではなく、わざわざ家の中に通路の入り口を作った。
きっと、なによりも、家族を助けることを優先して作ったのだろう。
地下をあれだけの距離掘り進めるなど、並大抵の仕事ではない。私は、結果的に自分の命を救ってくれたその偉業に、心からの敬意を送った。
狭い斜面に、古びた墓石が数十と密集している。
そのうちの一つに、白い花が供えてあった。昨日の昼間に、ひまわりが黙って見つめていたのを思い出す。
その墓石の隣に、ひまわりは腰を下ろしていた。墓石と並ぶようにして、水に沈みゆく廃村を眺めている。
私も、黙ってその隣に腰掛けた。
「父と、母が埋まっておる」
ひまわりの誰に言うでもないような呟きに、わたしは「そう」とだけ返した。
「きっと、二人とも、怒っておるじゃろうな」
ひまわりはそう言って口元を歪めた。
「父が作って、母がずっと守ってきた堰堤を、儂はぶっ壊した。おかげで、村は沈んだ」
私はひまわりの視線を追うようにして、村を眺めた。
火のついていた草木や荒れ地の雑草はほとんどが水に押し流され、鎮火していた。背の高い木や屋敷の屋根はいまだに炎をもっているが、いずれ消えるだろう。
「・・・・・・別に、沈んだってほどじゃなくない?」
水路の内側の中州の地、キャンプ場の敷地はあらかた表面を水に削られたようだ。
だが、それだけだ。
確かに、分水嶺に一番近かったひまわりの屋敷は崩れ去ったが、他の屋敷は原型を止めている。水の流れも大分落ち着いたようでこれ以上の被害はあるまい。
それに、被害は水路の内側に留まっていた。水路の氾濫は外側にはほとんど起こらなかったようで、キャンプ場以外の部分、水路の外側の、リノベーションされていない本物の廃墟達は特に影響は受けていないようだ。
土地自体は依然としてそこにある。麻心村はまだ消えていない。
「それに、ひまわり、自分で言ってたじゃない。この村を取り戻すって」
私は撃たれてない方の手で、頬杖をついた。
「場所が大事なんじゃないわ。誰のために、そこで何をするかが大事なの」
私は、恥ずかしげもなく、美音の言葉を受け売りした。
「誰かのために行動する、その想いだけは、きっと間違ってない」
ひまわりは、しばらく黙って村を見つめていた。
だから、私も、何も言わなかった。
どれくらい時間が経っただろうか。
麓から、サイレン音が聞こえてきた。それも何種類も。
見ると、パトカー、救急車、消防車、その他諸々の車両が先を競うようにしてこちらに向かいつつあった。すごいな。働く車、大集合だ。
秋人たち、通報できたんだな。
ひまわりはぼそりと呟いた。
「さあ、何をしようかのう。この村で」
十年越しに取り戻した、この村で。
「そうねえ」
私はなんとなく、空を見上げた。
雪が降るという予報だったのに。空は冗談みたいに晴れ渡っていた。
「じっくり考えなよ。人生長いんだから」
ひまわりが笑った。
「小娘が」
だから、私も笑った。
「くそばばあ」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
7章完結まで、残り9話となります。
今夜21時から残り全て投稿予定です。
最後までどうぞお付き合いよろしくお願いいたします。




