【第7章】 廃村キャンプ編 41 FF
41 FF
これだから子守は嫌いなんだ。
佐藤は独りごちながら、トカレフを構えた。
もともと「お嬢さん」の尻拭いなんて下らない仕事は受けたくなかった。ボスの命令だから仕方なく自身のチームを集めて来てやったのに。あっという間に三人脱落だ。
くそ。また補充しないと。それも、もっと使える奴らを。
佐藤はボスのもとから独立を考えていた。と言うより、むしろボスが率いている掃除屋兼、殺し屋兼、運び屋といった「裏世界の何でも屋」である会社ごと乗っ取ろうと考えていた。別にボスに不満があるわけではない。手の内を決して見せてこない不気味な老人ではあるが、チンピラの佐藤を拾ってくれた恩もある。単に、佐藤が人の下につくのが耐えられなかったというだけである。
佐藤が管理を任されるチームはいつも、二軍や三軍だった。それこそ街のチンピラ。多重債務者。闇バイトなど、鉄砲玉も良いところの奴ばかりだ。そんな中から少しでもましな奴、使える奴、そしてボスより自分になびく奴を集めたのがこのチームだった。折りを見て、このチームでクーデターを起す。その計画を佐藤は大事に温めていたのだが。
佐藤は溜め息をついた。ここに来て、大きく後退だぜ。
佐藤は秋人とかいう坊主の頭を掴んだ。坊主が短く呻く。
まあ。いいさ。どうせ戦力がまだまだ全然足りていなかった。
ボスの直轄部隊「一軍」には冬子という化け物がいる。もっと言えば、佐藤が見たことがない凄腕もボスは隠し持っているという噂だ。現状では到底勝ち目はない。いずれにせよ、クーデターはまだ先の話だ。
てことで、目の前のお仕事に集中しなくちゃね。
「おい。いるんだろ」
佐藤は坊主のこめかみにトカレフの銃口を突きつけた。
「わかってんぞ」
佐藤は管理棟を囲むススキの林を見渡した。視界でススキが覆っていない場所は三カ所だけ。背後の管理棟。橋に続く道。そしてバリケードで塞いでいる村の奥に続く道。それ以外は佐藤の腰ほどの高さのあるススキが生い茂っている。
その林にもすでに火が燃え移り始め、白い煙と赤い炎が四方で揺らめいていた。
佐藤はススキの林を全体に聞こえるように声を張った。
「いるんだろうがあ! さっさと出てこいよ!」
さっき、お嬢さんの車が爆破された。
それが意味することは三つ。
一つ。まず、何らかの方法で回り込まれた。バリケードは無意味だったわけだ。
二つ。自分たちを出し抜いて回り込んだというのに、奴らは逃げなかった。つまり、梅の読み通り、坊主を救出する気だ。
三つ。車の爆破は明らかに誘導。事実、お嬢さんはまんまと引っかかって走って行ってしまった。お陰で戦力は分散だ。冷静に考えればわかる。あれは囮。つまり。
敵の本隊はもう、ここに来ているのだ。
ススキの林に身を潜め、坊主奪還のチャンスを伺っている。
ここが最前線だ。
わくわくするぜ。
「出てこねえのか? この坊主、撃っちゃうぜ!」
ススキの林は沈黙を返した。パチパチと火が燃える音だけが響く。
「撃つって言ってるのに。信じてくれないのか」
佐藤は大仰に溜め息をついて呟いた。
「ショックだぜ」
佐藤は坊主の右のつま先に銃口を向けると、引き金を引いた。
銃声。硝煙。火薬の匂い。坊主の絶叫。
「信じてもらえたかあ? ああ?」
可哀想に坊主は悲鳴を押し殺すため、首からぶら下げたオレンジのストラップを馬鹿みたいに噛みしめて、悶絶していた。痛いよなあ。辛いよなあ。
でも、もっとやるぜ。
「よーし。次は左足だあ」
佐藤は唄うように言うと、銃を左足のつま先に向けた。
「待て」
しわがれ声が佐藤の右側のススキの中から聞こえた。
おいでなすった。
佐藤は銃を坊主のこめかみに戻した。
「出てこい」
ゆっくりと、ススキの合間から老婆が歩み出てきた。パイプを束ねたような形状の長い物体を腰だめに構えている。銀のパイプに迫り来る炎が反射して光っていた。あれがお嬢さんの言っていたジップガンか。ビンゴだ。
老婆は完全にその身をススキの外に出すと、道の上に立って佐藤に銀色の束を向けた。佐藤との距離は、三メートルほどだろうか。
「それを捨てろ」
老婆は佐藤を狙ったまま動かない。佐藤はやれやれと首を振りたくなった。どうせ撃てないくせに。何をねばってるんだか。
「ばばあ。その手作り銃の集弾性能がどれほどのもんか知らねえけどさ。その距離で俺だけに当てるのは無理じゃね?」
そう言いながら、佐藤はトカレフの銃口を坊主のこめかみに当てた。
「ちなみにこっちは本物の自動拳銃。距離はゼロミリだ」
老婆が皺だらけの顔をさらに歪める。
佐藤は繰り返した。
「それを、捨てろ。今すぐ」
トカレフを坊主のこめかみにぐりっと押しつける。
老婆が銀色の束を地面に放った。ガシャリと音がする。
よし。勝った。
佐藤はほくそ笑んで、背後に「おい」と声をかけた。
佐藤の後ろに隠れていた小太りの眼鏡が顔を上げる。
この眼鏡は佐藤の一番近い側近だ。別に何かに秀でているわけではないが、佐藤の言うことに素直に従うその一点のみで佐藤は気に入っていた。
戦場で一番警戒しなければいけないのは、FF。フレンドリーファイヤ。味方からの誤射だ。パニックになった味方に後ろから撃たれるのが一番怖い。馬鹿らしいが、よくある話なのだ。
だから、佐藤はあえて銃を持った二人をお嬢さんの方に向かわせた。自分さえ銃を持っていれば十分だ。リスク管理だな。
その点、丸腰でも付き従う眼鏡はいい。現に今も、「俺の側を離れるな」と言ったから、ずっと後ろに控えていた。変に腕に自信がある奴よりもこういう従順なやつが一番使える。
佐藤は眼鏡に笑いかけた。
「取って来い。念願の銃だぜ」
眼鏡は頷くと、恐る恐る老婆に近づき、老婆の動きを警戒しながら銀色の束を拾い上げた。
「よし。そのままばばあを撃て。自分が丹精込めて作った銃で死んだ方が、幸せだろ」
眼鏡はそれを拾い上げ、じっと見つめる。
「撃て」
沈黙が流れる。
「撃てって」
眼鏡は銀色の束を抱えたまま動かない。老婆はしかめっ面のまま、仁王立ちしている。
「何してる撃てよ」
「撃てない」
佐藤はぎょっとした。眼鏡が自分に逆らうなど初めてだった。
「何言ってんだ! さっさと」
思わず怒鳴りつけた佐藤は、次の眼鏡の言葉に衝撃を受けた。
「これ、銃じゃない! ただの三脚だ!」
眼鏡の手の中で、銀の束がカチャリと開いて、大きな三角錐になった。
「とらいぽっど、じゃ」
老婆が鼻を鳴らした。
「知らんのか。トースターを吊す」
は?
佐藤が唖然とした瞬間だった。
「秋人! 今!」
左側から叫び声が聞こえた。
反射的に拳銃を声の方向に向ける。どこだ。どこから叫んだ。
その時、左腕からするりと手応えがなくなった。
顔を向けると、坊主が走り出していた。欠けた右のつま先をものともせず、自由な両手を広げ、眼鏡にタックルをかます。眼鏡が悲鳴を上げ、坊主と二人で地面に倒れ込んだ。
佐藤は混乱した。坊主は椅子の背もたれに縛り付けられていたはずだ。どうやって。
椅子に視線を落とした佐藤は目を見開いた。
丈夫そうに見えた椅子は縦に折りたたまれていた。背もたれが蛇腹状に重なって細くなり、当然、緩くなってしまった縄が絡まっている。キャンプチェアだったのか。
くそが。
佐藤は唸り声を上げて坊主の背中にトカレフを向けた。その時だった。
パパパパパパパパパ!
凄まじい光の点滅が佐藤の網膜を襲った。
フラッシュライト!?
突然のストロボ戦術に佐藤は対応できなかった。完全に視界と判断力を奪われ、光の方向に銃を乱射する。だが、視界が真っ白に染まっている状態では光源の位置など特定出来るはずがない。闇雲に引き金を引いているだけだ。
その佐藤の臀部を、銃声と共に弾丸が貫いた。
衝撃と、焼けた火箸を突っ込まれたような激痛。たまらずその場に倒れ込む。
ジップガンか! どこから撃たれた。佐藤はあたりを見回そうとする。
だが、ストロボ攻撃は相変わらず佐藤の目を攻撃し続けていた。畜生! 何も見えない。
また銃声がして、佐藤の足下の地面が弾け飛んだ。脚をびくりと引き寄せる。くそ。狙い撃ちにされている。
佐藤は自分がどっちを向いているかもわからず、がむしゃらに引き金を引き続けた。
カチリ。
トカレフの弾が撃ち尽くされた。
視界は利かない
味方はやられた。
銃の弾は切れた。
ジップガンで撃たれた。どこからか。
このままじゃ撃たれ続ける。
直後、佐藤の耳元を新たな弾丸がかすめ、凄まじい耳鳴りが鼓膜を襲った。
佐藤の心が、ぽっきりと折れた。
「こ、こうさあああん! 降参だああ! 降参しまあああす!」
佐藤は空の銃を放り出して、両手を挙げた。
パパパパパパパパ!
ストロボは当てられ続ける。目を瞑ってもまぶたの裏で点滅が止まらない。
佐藤は許しを請うことしか出来なかった。
「許してくれ! 俺が悪か……」
直後、側頭部に衝撃を受けた。固い物で殴りつけられたのを理解した時には、佐藤は地面に倒れ込んでいた。
ストロボ攻撃がようやく止んだ。
意識が遠のいていく中、チカチカする視界の中で、同じく倒れている眼鏡が見えた。二の腕を押さえて呻いている。坊主が必死に止血している。
ジップガンで撃たれたのか?
いや、違う。
俺だ。俺の弾だ。
俺がパニクって乱射したから。
味方からの誤射。FF。フレンドリーファイヤ。
眼鏡。ごめんな。
佐藤は意識を失った。
続きは今夜21時から投稿します。
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