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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第7章 人は誰にもなり得ない
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【第7章】 廃村キャンプ編 40 宣戦布告


 40 宣戦布告


 ガガガ。

 佐藤の腰につけていたトランシーバーが砂嵐のような音を出す。佐藤が瞬時に取り上げた。

『……もしもし?』

 秋人がばっと顔を上げる。斉藤ナツの声だった。

「ナツ姉! ナツ姉無事なの!?」

 喚く秋人の腹を佐藤が無言で蹴り上げる。秋人は短いうめき声を上げて黙った。

 梅は佐藤からトランシーバーをかすめ取った。

「もしもし? ナツちゃん? 聞こえてるわよ。どうぞ」

 さては炎に焦って和平交渉でも持ちかけてきたのだろう。

 命乞いを聞いてやろうとほくそ笑んだ梅は次のナツの言葉に面食らった。

『今から、秋人を迎えに行こうと思うんだけど』

 まるでコンビニに誘うかのような口調に、佐藤が吹き出す。

「おいおい。宣戦布告かよ」

 ナツは続ける。

『せっかく突撃して、秋人がもう死んでいたら、テンション下がるじゃない? だから、先に安否確認しておこうと思って。秋人は生きてる? オーバー』

 この女、戦力差、わかって言っているのか?

 梅は立場をわきまえない不遜な態度に呆れながらも、「元気よ」と返す。

「さっきも楽しくお話してたところ」

 ナツは安堵したのだろうか。トランシーバーから流れる平坦な声からはナツの感情は読み取れなかった。

『声を聞かせてください。オーバー』

 梅は「はいはーい」と軽く答えると、秋人の口元にトランシーバーを持って行った。

 秋人が血の霧を飛ばしながら叫ぶ。

「ナツ姉! 逃げろ! 僕のことはいい! 頼むから見捨ててくれ!」

 おお。この状況になった人ってほんとにそれ言うんだな、と梅は予想外に感動を覚えた。

『秋人』

「なに!? ナツ姉!」

『うるさい』

「まじか」

 自己犠牲の精神に溢れる素敵なシーンが続くのかと梅は期待したが、あくまでナツはナツだった。

 ナツがトランシーバーの向こうで溜め息をついた。

『秋人。あんたは、ただ、大人しく、待ってたらいいの』

 ナツは言った。何でもないことのように。当然のことのように。

『姉ちゃんが、助けてやるから』

 秋人の頬を、一筋の涙が伝った。

 梅はトランシーバーを自分の口元に戻した。

「ラブラブだねー。ナツちゃん。もう付き合っちゃいなよ」

 梅は笑いながら付け足す。

「あ、でも、今から二人とも死んじゃうから無理か」

 梅は完成したバリケードの先を見つめた。村の奥からの道はこの一本。炎も迫っているだろうし。奴らも限界だろう。そろそろ来るのかな。

「でも、二人の愛に免じて、特別に秋人くんは助けてあげようかなー。姫宮とお婆さんを差し出してくれるならだけど。どうぞ」

 ナツは間髪入れずに言い切った。

『交渉はしない』

 強気だな。この自信はどこから来るのだろう。

『ところで卯月刑事』

 ナツが声色を変えた。まるで世間話をするような、軽いトーン。

『さっき、そちらのバンを走行不能にしたんですけど、皆さんは怒ってらっしゃいますか? オーバー』

 佐藤が舌打ちをした。その苦虫をかみつぶしたような顔が面白く、つい梅の返答も軽くなる。

「ブチギレよ。どうぞ」

『そうでしょうとも』とナツがわかったように言う。

『愛車をおじゃんにされたときの苦しみは耐えがたいものです。私も愛して止まない愛車達を、時に沈められ、時に崖から落とされとしてきたので、よくわかります』

 ナツは『バンのことは、仕方なかったと言え、本当に申し訳ない』としゃあしゃあと謝罪を口にした。

 佐藤が「何言ってんだこいつ」と額に青筋を立てる。

 梅も内心、首を傾げていた。何の話だ。時間を稼ぐ余裕などないだろうに。

「ねえ。さっきからなんの話?」

 ナツは言った。世間話のような軽いノリのまま。

『ですから、卯月刑事には先に謝っておこうと思いまして』

「はあ?」

 ナツがおどけた声を出す。

『これまでの頑張りの証って感じ? でしたっけ』

 梅はそれが自身の声真似であると気づくのに数秒を要した。

『ほんと、ごめんなさい』

「意味がわからないわ」

『5』

「ちょっと?」

『4』

「何言ってんの?」

『3』

 突然始まったカウントダウンに胸騒ぎを憶える。

『2』

「ちょっと」

『1』

 思わず叫んだ。

「ふざけてんじゃないわよ! いい加減に……」

『0』

 場に、沈黙が落ちた。

 梅は佐藤と顔を見合わせた。

「馬鹿らしい」とそう梅が口角を上げたその瞬間。

 轟音が鳴った。

 背後から。

 梅は反射的にとった肩をすくめた姿勢のまま、恐る恐るふり返った。

 数十メートル先で火柱が上がっていた。

「……うそでしょ」

 ここから坂を下ってすぐ。キャンプ場の唯一の出口である橋のすぐ側。

 あそこには。

「うそ! うそうそうそうそうそ!」

 梅はトランシーバーを放り出して走り出した。

「おい! ウメさん!」

 佐藤の静止の声など、梅の耳には届いていなかった。全力で坂を駆け下りる。

「くそ! 鈴木! 宮野! ついていけ! お得意さんだ! 死なれちゃ困る!」

 背後からついてくる男達など一切構わずに、梅は走り続けた。

やがて梅はその場にたどり着き、そして絶叫した。

 梅のスポーツカーが炎上していた。

 周囲には車の破片が散乱している。

 やられた。爆弾だ。

 IED。手製の時限爆弾をセットされたのだ。

「ふざけんなあああ! くそ! くそがあああああ!」

 梅は髪をかきむしりながら叫んだ。

 拳銃を構えて周囲を警戒しながらついてきたひげ面とニット帽が、梅の剣幕におののく。

 ニット帽が呟いた。

「何をそこまで……」

 そのセリフを最後まで聞かないうちに、梅は驚く速度で振り向き、ニット帽の顔面を殴りつけた。ニット帽がもんどり打って倒れる。

「黙ってろ! この車にどれだけつぎ込んだと思ってる! てめえら全員の内臓全部売っても足りねえんだよ!」

 ニット帽が鼻血を流しながらポカンと激昂する梅を見上げた。

 梅はうなり声をあげて、炎上する愛車に視線を戻した。

 この貧乏人どもにはわからないのだ。

 父の失脚から、梅がどれほど苦汁を嘗めさせられたか。

 その反動で悪行に手を染めて得た汚い金が、どれほど梅の心を晴らしたのか。

 梅は鬱屈した学生時代を取り戻すかのように、全ての金を自身につぎ込んだ。

 美容に湯水のごとく使い。

 服や小物を最上級品で揃え。

 職場に登録している住所とは別に、タワマンの最上階に部屋を借りて。

 そして、日本への輸入費用だけでも大衆車が何台も買えるような額をつぎ込んで、この車を手に入れた。

 誇りだった。普段は安っぽい車で職場に通いながらも、夜な夜なこの高級外車で街を走り抜ける瞬間が何にも勝る至福の時間だった。

 この車は梅にとって自身の歴史であった。

 そこらの無能どもと自分は違う。その証明であったのだ。

 梅は犬のような唸り声をあげた。

 それをあの女は。

「ぶち殺してやる」

 だが、どこにいる?

 あの女は秋人を助けに来るはず。

 だが、来るはずだった一本道のバリケードは壊されていない。

 おかしい。

 梅はそこですっと冷静になった。

 そうだ。おかしいではないか。

 あの女は、どうやって私の車に爆弾をしかけたんだ?

 ここまで来るためには絶対に管理棟の前を通らなければいけない。橋まで一本道なのだから。

 山から回り込んだ? 馬鹿な。仮に夜じゃなかったとしても、この短時間で移動できるわけがない。それこそ車で道を突っ切るぐらいでないと。でも、道は一本しかないはず。

 ダメだ。堂々巡りだ。

 炎上する車の前でウロウロと歩き回り始めた梅を、ニット帽とひげ面が拳銃を構えたまま気味悪げに見つめる。

 まさか。

 一つの可能性に気がつき、梅は弾かれたように走り出した。

「ついて来い!」

 男達が慌てて後を追う。梅が向かったのは管理棟ではない。橋だった。水路に囲まれたこのキャンプ場から外に道をつなげる唯一の石橋。

 梅は橋の上を走る。

そして、橋の中腹で四つん這いになり、水路をのぞき込んだ。月明かりが差し込み、梅の視線の先を照らす。

 梅は呆然と呟いた。

「そうきたか」



 


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― 新着の感想 ―
仕返しが効果的過ぎて笑うwww ナツさんの愛車殉職履歴よ···
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