【第7章】 廃村キャンプ編 39 兵隊達
39 兵隊達
屋敷にあった麻縄でぐるぐる巻きにした金髪を、姫宮と共に引きずって屋敷の外に出ると、ちょうどひまわりが運転するキャンピングカーが庭の前に滑り込んできた。
「おお。首尾よくいったようじゃな」
スライドドアを開けたひまわりが言う。
姫宮が金髪の両足を持ち上げながら鼻息を荒くした。
「一人だもん。まあ余裕よ」
私は金髪の両脇を抱え、ひまわりに受け渡しながら、「ここまではね」と呟いた。
「もう、こっちの動きは伝わってる。相手も警戒して本気で動いてくる。本当はここまでにもっと人数を減らしたかったんだけど」
「十分じゃよ」
ひまわりは車内の奥に金髪を蹴り込むと、手製銃を手に取った。
さっき、パイプを入れ替えていたので、装弾数は四発。
「ひまわり。準備は、できた?」
「ああ。儂も首尾良くいったよ」
私は、ひまわりの細い瞳を見つめる。
「本当にいいの?」
ひまわりは私と目を合わせ、頷いた。
「儂が決めたことじゃ。儂しかできん」
私も無言で頷いた。
「ねえ。今何時?」
姫宮の問いに、私は腕時計に目を落とした。
五時二十分。
ひまわりが呟く。
「もうすぐ、夜明けじゃな」
姫宮がキャンピングカーの脇で辺りを見回した。
「ほんとだ。赤らんできた」
ひまわりが鼻を鳴らす。
「馬鹿を言うな。この時期の日の出は早くても六時を……」
そう言ってドアから顔を覗かせたひまわりは目を見開き、わなわなと唇を震わせた。
私も慌てて外に出て、驚愕する。
ひまわりが唸る。
「あいつら、やりおった」
ニット帽を被った男と、小太り眼鏡が、ガラガラと空のポリタンクを管理棟の前に放る。
ニット帽が報告する。
「キャンプ場内の『1』以外の屋敷には、全て火を付けてきました。一発で燃え広がりましたよ」
眼鏡が付け足す。
「ススキの林にも手当たり次第、ガソリンかけてきたよ」
報告する二人に佐藤はおざなりに頷いた。
その背後で梅は不機嫌を隠そうともせずに身体を小刻みに揺らしていた。
あの声。「あと五人」と呟いたきり、通信は切れた。あの声は間違いなく斉藤ナツだった。生きていたのか。
確かに梅はナツの胸に銃弾を撃ち込んだはずだ。それも二発。
防弾チョッキか。
あり得る。考える事はみんな一緒か。
なんにせよ、ナツが生きているとしたら、おそらく老婆も解放されただろう。下手すれば姫宮と合流している可能性だってある。
だが、それでも、たった三人だ。
梅はそこまで考え、気を取り直した。
こっちは兵隊があと四人もいる。それに。
もっと増える。
仲間がやられたとわかった瞬間、佐藤が衛星電話で「ボス」に応援を要請した。ボスと呼ばれるジジイは正直、梅は好きではない。だが、危機管理能力には長けた奴だ。今度こそこんな寄せ集め達ではなく、本物の「一軍」を投入してくるはずだ。
到着まで遅くとも二時間ほどらしい。
一軍が到着すれば、もう戦いではなくなる。そこからは一方的な虐殺だ。
まあ、それを待たずして、決着がつきそうだが。
「よかったんですか。村ごと燃やしちゃって」
佐藤が今さらのように聞いてくる。
「どうせうちの施設としては使えない。証拠隠滅としても手っ取り早いわ。そもそも屋敷の中でかくれんぼされても面倒だし」
大枚をはたいてリノベーションした古民家が次々と炎上していく。まあ、十分に元はとれたから「組織」も文句は言うまい。こういうときのために、管理棟の裏手にはガソリンを大量に備蓄していたのだし。
しかし、藁葺きの屋根は流石、よく燃えるな。
木造の壁をじわじわと登る炎は、屋根に達した途端、一気に中の乾燥した藁に燃え移るのだろう。かぶせの隙間から炎がにょきにょきと飛び出し、屋根全体を包んでいく。
この村は相当な山奥にある。近辺に民家もない。日が昇っていない時間帯も考慮して、これだけ派手にやっても、すぐには消防に通報されまいと梅は予想した。
「それに。こっちの方が見えやすいでしょ」
佐藤が「たしかに」とにやついて辺りを見回した。
兵隊の男達が言った通り、ススキの畑にも火は燃え移っていた。そして各所で古民家が巨大な松明のように燃え上がっていた。村中の道が赤々と照らされている。
「これなら、どの道を通っても一目瞭然っすね」
梅もにやりと笑った。
このキャンプ場を出るには入り口の一本橋を渡らなければいけない。そして、そこに行くためには必ずこの管理棟の前を通らざるを得ない。ここまでは一本道だ。暗闇に紛れてくるならまだしも、これだけ照し出された状態では、遠目からでも接近が丸わかりだ。
「念のため、『1』の屋敷だけは向かわせてません。待ち伏せされてたらまずいんで。でも、まあ、風向き的には十分っすね」
佐藤の言葉に「そうね」と返し、ほくそ笑んだ。
天は梅たちの味方をしたようで、風は村の奥に向けて強く吹いていた。火は徐々に山の方に迫っていく。水路に阻まれるため、山火事にはならないだろう。だが、逆に言えば水路の内側、キャンプ場の敷地内は漏れなく炎に包まれる。ナツ達が焼け出されてこっちに逃げてくるのも時間の問題だろう。
「でも、山の方にも橋があるんですよね。そっちに行かれたらどうするんすか」
「確かに。一旦山に入って、山際を伝えば、キャンプ場を外側から大回りすることは可能でしょうね」
「どうするんすか。そっちから逃げられたら」
「いいえ。彼らはそうはしないわ」
梅は自信満々に言った。
「この坊やがいるから」
梅は椅子に縛られた状態で梅を睨みつける秋人の頭をまるで子供にするようになで回した。秋人はうなり声を上げて首を振るが、梅は気にする素振りも見せない。
「ナツちゃんは必ずこの坊やを助けに来る。そういう子よ」
佐藤が疑わしげに眉をひそめた。
「ほんとですか」
梅は「ええ」と頷きながらも、それでは佐藤が納得しないだろうと「たとえ、坊やを見捨てたとしても」と付け足した。
「山間から逃げようにも、時間がかかりすぎる。そもそも夜の山で見つからないようにライトも無しで歩くのは不可能。夜明けを待つしかない。その頃には一軍が到着しているだろうから、人海戦術で包囲して終わり」
「なるほど。詰みっすね」
「ええ。詰みよ」
そもそも奴らに、勝ち筋など、無い。
「よし! 集合だ! おい! 近くのススキは燃やすんじゃねえぞ! 俺たちまで丸焼きになるだろうが!」
「佐藤さん」とひげ面の男が双眼鏡を片手に走ってきた。
「言われたとおり、遠目から俺たちのバンを調べてきました。まだ『1』の屋敷に停まってました」
「おお。じゃあ、いっちょ、奪い返しに行くか」
梅は呆れた。話を聞いていなかったのか。
ここで待っていればどうせあいつらは来る。余計なことはしなくていい。そう口にする直前で梅は気づく。そうか。火が迫ってきたとき、こいつらにも足がいるのか。
管理棟はススキの畑に取り囲まれている。火を付けなくても、いずれどこからか火が燃え移るだろう。そうなったら完全に潮時だ。
「いえ。意味ないと思います」
ひげ面の言葉に佐藤が「ああ?」と目をつり上げる。
「タイヤが四つともズタズタに切り裂かれてました。あれじゃ取り戻しても走れないっすよ」
佐藤が唖然とする。他の兵隊達もざわめく。当然だ。自分たちのいざというときの脱出手段がなくなったのだから。
梅は口笛を吹いた。嫌がらせとしてはこれ以上はないだろう。
まあ、私には自分のスポーツカーがあるので問題ない。最悪、自分一人で脱出出来る。
梅はそう考え、うろたえる男達を他人事のように眺めた。
「何考えてんだ。あいつら。バンを使わない手は無えだろうが」
確かに、あのいかにも堅牢そうな黒いバンで突っ走っての正面突破が一番勝率が高そうではある。それを自ら捨てるとは、随分思い切ったものだ。
「あの黄色いキャンピングカーで来るつもりですかね」とひげ面が言う。
「可能性はあるな」
「バリケード、作っときますか」
「その前に。おい眼鏡。トカレフ配れ」
佐藤が顎で指示を出す。小太り眼鏡が「うん」返事をして、佐藤が足下に置いていた段ボール箱をがさごそと探る。この箱を、佐藤は早々とバンから降ろし、常に自分の近くに確保していた。
すぐにその理由がわかる。段ボール箱から次から次と黒光りする拳銃が取り出されたからだ。全部で三丁。
佐藤はそのうち二丁をニット帽とひげ面の男に一丁ずつ渡す。
「気をつけて使え。FFだけはすんじゃねえぞ」
二人は手慣れた動作でマガジンの中身を確認し、ガチャリとスライドを引き、チャンバー内を覗いた。
「私のは?」
そう問うと、佐藤はスカジャンのポケットから先ほど梅が返したリボルバー拳銃を取り出した。
「弾、入れときましたんで。予備はありません。大事に撃ってくださいね」
梅は「そりゃどうも」と受け取り、シリンダーを引き出す。五発。
佐藤はひげ面がもっていた最後の一丁をひょいっと取り上げた。
「え? 僕のは?」
「ねえよ」
憤慨するひげ面が文句を言おうと踏み出した鼻先に、佐藤は拳銃を突きつけた。
「怖いんだったら俺の側にいろ」
ひげ面は顔を強ばらせて顎を引き、「ごめん」と呟いておずおずと下がった。
「じゃあ、お前ら。車で突っ込んで来れないように、バリケード。あとはのこのこ降りてきた奴らを蜂の巣にするイメトレでもしとけ」
男達が一斉に動き出した。管理棟から机や椅子を運び出し、車道の前に積み重ねていく。
佐藤はにやついていた。何かこの展開を喜んでいるようにさえ見えた。
「あっちは、ばばあがジップガン持ってるんでしたよね」
せっせと働く兵隊達を見ながら佐藤が言う。
「ええ。パイプを束ねたみたいなやつよ」
佐藤は拳銃のスライドをガチャリと引きながら、「そいつは楽しみだ」と笑った。完全に目が据わっている。役割上、押さえていただけで、元々好戦的な性格なのだろう。
佐藤はおもむろに秋人の頭を「お仲間、早く来るといいなあ」と下品に笑いながらぐりぐりと撫でた。こいつ、戦闘モードになるとこんな感じなのか。
村の火の手は明らかに広がりつつあった。古民家達は完全に炎に包まれ、荒れ果てた田畑を炎が舐める。
「さあ。ウメさん」
佐藤が顔を上げた。目が爛々と輝いている。
「戦争ですよ」




