【第7章】 廃村キャンプ編 38 同盟
38 同盟
「少しは心配しなさいよ! あたしは銃で肩、撃たれてんのよ!」
姫宮が床から身を起しながら喚く。ナツが鼻で笑った。
「私だって撃たれたわよ。ちなみに私は二発。はい。姫の負けー」
「別に競ってないわよ!」
ひまわりは床に転がった六枚重ねの金属板に目を落とした。鈍い金色の銃弾が二つ、金属板にめり込んでいる。
こんなものを上着の下に仕込んでおったのか。
おそらく、屋敷からキャンピングカーに走った時、途中で立ち止まったテントの中で仕込んだのだろう。道理で、その後にひまわりに銃を向けられても物怖じしなかったわけだ。
弾は幸運にも貫通しなかったようだが、衝撃を逃せた訳ではないのだろう。ナツは胸をかばう仕草を見せ、顔をしかめた。
ひまわりは次に、キャンピングカーの天井をしげしげと眺めた。
「このキャンピングカー、二階建てなのか」
「ルーフテントよ」
ナツは姫宮の手を握り、立ち上がらせながら答えた。
「屋根を完全に展開させなくても、人一人隠れるぐらいは出来る」
ナツは痛みに顔を顰める姫宮に言った。
「よく見つけたわね」
姫宮は目をそらした。
「オタクくんよ」
ナツの表情が強ばる。
「銃声を聞いて、すぐに私を屋根裏に押し込んだの。私が手間取ったせいで、彼は車の前で奴らと鉢合わせして、そのまま……」
ナツは最後まで聞かなかった。
散乱しているキャンプ道具の中からロープを見つけ出し、後部座席でのびている坊主頭を拘束していく。
「あんた達はそっちをお願い」
ひまわりと姫宮でロン毛を縛り上げる。
数分後には、キャンピングカーに男三人が雑魚寝している形になった。
一人は死んでいて、二人はのびて拘束されているが。
ナツはキャンプ道具をかき集め、見繕っていく。
「お互いの目的を擦り合わせましょう。ひまわりの目的は復讐でしょ。姫宮は逃走かしら」
「お主は?」
ナツは見つけ出したスキレットを拾い上げながら「決まってるでしょ。救出よ」と呟いた。
相棒を腰の後ろに差し込む。
「出来の悪い、弟のね」
ナツは両手を胸の前で組んで、首を傾げた。
「どうする? 組む? 別にここから個人プレイでもいいのよ。私は一人でもやる」
ひまわりは鼻を鳴らした。
「どうせ、梅ともぶつかることになるだろ。手伝ってやる」
ナツが姫宮を見る。姫宮はイライラと身体を揺らしていたが、観念したように舌打ちをした。
「あのシスコンのオタクくんには、助けてもらったから」
姫宮がナツを見返す。
「借りぐらい、返すわよ」
別に肩を組むことも。握手をすることもない。ただ三人の男が転がる車内で、三人の女は互いに見つめ合った。
同盟、締結だ。
カチャリと、姫宮の手錠が外れ、床に落ちた。つなげられていた黄色いパラコードの束も隣にパサリと落ちる。姫宮は一連の動きで出来てしまったらしい痣を撫でながら、忌々しげに手錠を蹴りつけた。金属音と共に手錠が隅に滑る。パラコードの束もぽてぽてと転がってついていく。
開錠したのはひまわりだ。ひまわりの持ち物の中から当然のようにピッキング道具が出てきたのにナツは驚いていた。
「うまいものね」
「色々と必要でな。憶えた」
病院で薬をくすねる時とかにな。
ナツが「よし。現状を整理するわよ」と場を仕切る。
「相手は完全にあっちの業界の人たち。男が残り六人と、現役の女刑事が一人。計七人。今倒した二人は丸腰だったけど、こっからは多分ゴリゴリに武装してくるわよ。極めつけに、人質が一人いる」
姫宮が声にならない呻き声を上げた。気持ちはわかる。
「対して、私たち。多分あばらにヒビが入っているキャンプ女子と、よぼよぼのおばあちゃん。あと、肩を撃たれた元一軍ギャル。武器はおばあちゃんが愛情と怒りを込めてつくった手作り銃と、たくさんのキャンプ道具」
場に、沈黙が流れた。
「うん。まあ、五分五分ってとこね」
「どこがよ!」
姫宮の突っ込みは至極当然であろう。
だが、ひまわりは言った。
「いや、五分じゃよ」
姫宮が眉をひそめて振り向く。
「もう一つ、武器があるからの」
ナツは真剣な表情でひまわりを見つめた。
「地の利、じゃ」
ひまわりは鼻を鳴らした。
「ここは、儂の、ほーむ、じゃぞ」
「ああ? 何言ってんだよ。しっかり探せ馬鹿」
佐藤が苛立たしげにトランシーバーを怒鳴りつけているのを、梅は他人事のように見つめていた。
梅は秋人の隣で転がっていた椅子を立て直して、座っていた。持ったときは見た目のわりに随分軽い椅子だと思ったが、思ったより座り心地が良く、なんだか得した気分だった。
スマホを確認する。相変わらず圏外なので、時計代わりにしか使えない。始めからこれが通じてくれてさえいれば、話は早かったのにと思うが、結果的に丸く収まりそうなので、良かったとしよう。
午前五時。ナツたちの死体を載せたキャンピングカーが出発して、一時間以上経つ。もうとっくにキャンピングカーは湖の底だろう。
管理棟の玄関先には下っ端の男達が三人集まって談笑していた。商品の回収もほとんど終わったようだし、そろそろ帰れるだろう。
「……なんで、こんなこと、するんですか」
掠れた声が聞こえてきて、梅はチラリと隣を見た。梅と同じ種類の椅子に縛り付けられた秋人がうなだれながら、横目で梅を見ていた。
「こんなことって?」
「……今夜のこと、全部ですよ」
梅は「うーん」と小首を傾げた。
「そもそもはね、商談に来るつもりだったの」
梅は機嫌良く話し始めた。こいつはもうすぐ殺すし、何を話しても問題ない。なにより、暇だった。
「お姉さんね、実は刑事と兼業で違法薬物を売りさばくお仕事もしてるんだけど、そのお仕事を邪魔するストローマンさんって悪い人がいてね。お姉さんの仕事仲間を次々殺しちゃったわけ。商売あがったりだよね。売上はがた落ち。で、私の取引先の上の方のお偉いさんも怒っちゃったの。『組織』としては数字が全てだからさ」
梅はそこで笑って秋人を見た。
「こういうところは一般企業と一緒だよね」
秋人はにこりともしなかった。顎からポタリと血が滴っただけだった。
「で、その上の人がお忍びで私のキャンプ場に来るって聞いたからさ。直接お話して、これからのことを相談しようと思って。私、わざわざスーツ着て、ここまで来たんだよ。そしたら、お偉いさんじゃなくて、君たちがキャンプしてたんだもん。びっくりしちゃった」
梅は驚きを共有するように秋人に視線を送った。秋人はにらみ返してきただけだったが、梅は気にすることなく話を続ける。
「しかも、ストローマンご本人も出てきちゃうし。罠だったんだなあ。きっと。いやあ、あのおばあちゃんだったとは。とっくに死んだと思い込んでたからビビったあ」
「……なぜ、ここに姫宮さんが?」
梅はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに手を叩いた。
「ねえ。憶えてる? 高校生だった君たちさ、陽向ちゃんって子について調べてたじゃん。あの薬物中毒の子。あの子に大麻教えたの、姫宮だったのよ」
梅は真相を語るのが嬉しくて仕方ないと言うように身体を揺らした。
「想像つくと思うけど、姫宮に教えたのは彼氏の拓也くんね。まあ、しょうがないよね。麻薬って十代の子の間ではそうやって広まっていくの。先輩から。恋人から。友達から。時にはファッションとして。時には絆を深めるために。時には友情の証として。悪気なんてない」
梅は自分がニヤニヤと笑っていることに気がついた。
「始めは大麻から入る。タバコみたいで怖くないもんね。最近は合法化する国が増えてきて、みんな抵抗感がどんどん薄まってる。そして、気軽に手を出して、はまっていくうちに大麻じゃ物足りなくなって、覚醒剤に手を出す。そこまで行ったら、もうおしまい」
梅はひそひそ話をするように秋人に顔を近づけた。
「私はもちろん、やったことないけどさ、聞いた話だと、覚醒剤って人間の感じていい快感の遥か先を脳に焼き付けるらしいよ。一回やったら、自力では絶対我慢できないんだって」
「つまりね」と梅は組んだ足の上に肘をつき、秋人を見つめた。
「中毒者は、薬さえちらつかせれば、奴隷に出来るってこと」
秋人は、「どうして……」と呟いた。「うん?」と梅が聞き返すと、秋人は顔を上げた。
「姫宮さんと、拓也くんを逮捕して、止めてあげなかったんですか」
数秒、梅は黙り、その後、吹き出した。
ずれてるなあ。秋人くん。
「するわけないじゃん! そんなこと。そんなことしたら、前科ついちゃうでしょ。脛に傷がついてる子より、真っ白な子の方が利用価値あるんだから」
そう。だから、梅はこの土地の所有者を姫宮にした。クリーンな人間が経営する健全なキャンプ場を装うために。
「組織」と手を組んでネットワークを広げた結果、この近隣の薬物取引のほぼ全てを梅は掌握していた。梅の側にいさえすれば、最上級の薬が手に入る。逆に言えば、梅に睨まれたら薬を手に入れることができないのである。梅は姫宮と拓也に、最上級の薬を給料がてら定期的に支給することで隷属させた。
薬さえ与えておけば決して奴隷は裏切らない。
「俺……信じてたんですよ」
秋人の腫れ上がった頬の上を、一筋の涙が伝った。
「上層部が動かない事件でも、真相を求めて、一人で調べ続けて。高校生の俺たちの捜査にも協力してくれて、俺、本当に、卯月さんは、刑事の中の刑事だって」
梅は一瞬、呆気にとられ、そして声を出して笑った。
「いや、いや、いやいやいや」
梅は椅子の上で笑い転げた。腹がよじれるかと思った。あまりに滑稽な話だった。
「違う違う! 折角、不幸な事故で片付けられそうだった事件をあんた達が蒸し返そうとするからさ。まずい情報が出てきたらやばいから、もみ消すためについていったに決まってるじゃん。馬鹿じゃないの」
秋人はまるで理解不能なものを見る目で、梅を見つめた。
「もみ消す? なんのために」
「だからあ……」
梅が得意気に語ろうとしたとき、横やりが入った。
「ウメさん。ちょっといいっすか」
数メートル先で手招きする佐藤に、梅は舌打ちした。いいところだったのに。
億劫に椅子から立ち上がると、佐藤に歩み寄る。
「なに?」
佐藤の表情が硬い。何かあったのか。
「……ウメさん、言ってましたよね。『1』の屋敷に爆弾が入ったスーツケースがあるって」
「あったでしょ」
佐藤は首を横に振った。
「はあ?」
「今、バンで窪谷を向かわせたんです。キャンピングカーを沈めた二人を拾うついでに回収してこいって。でも、屋敷のどこにも見当たらないと」
何言ってんだこいつ。
「トランシーバーつないで」
佐藤が無言で、トランシーバーを梅に向ける。梅はサイドの髪を耳にかけながら、「もしもし。聞こえる? どうぞ」と問いかけた。
『聞こえてるよ。どうぞ』
ぶっきらぼうな声が聞こえてくる。さっき、自分に突っかかってきた金髪を思い出す。あいつか。
「窪谷くん。スーツケースが居間に転がってるはず。見当たらない? どうぞ」
『ねえっつってんだろ! どうぞ!』
梅は溜め息をついた。捜し物もできないのか。この落伍者集団は。
『ていうか、屋根裏の大麻も回収しようとしたんだけどよ。どうやって上がるんだよ!』
梅は呆れた。こいつ、まさかハシゴも登れないのか?
「竹の長いハシゴがかかってるでしょ。それで」
『ねえよ! そんなもん!』
そこで梅はようやく胸騒ぎを憶えた。
あれだけ大騒ぎしたのだ。スーツケースがどこかに転がっていってしまうぐらいはあり得なくもない。だが、二メートル以上あるハシゴがどこかに消えるなど、考えられない。
『山の湖に行った奴らも全然帰ってこねえしよ! どうなってんだよ!』
「屋敷をまちがえてない?『1』の屋敷よ。囲炉裏がある家よ。確認して。どうぞ」
『ああ。そうだよ。囲炉裏もある……なんだあれ』
窪谷の声のトーンが変わったことに気づき、佐藤がずいっと頭を近づけてきた。
「窪谷。どうした。何があった? どうぞ!」
いぶかしげな窪谷の声が聞こえる。
『……なんか。囲炉裏に刺さってる』
窪谷が恐る恐る囲炉裏に近寄る気配がする。
『筒みたいなのが……』
佐藤がはっとして叫んだ。
「馬鹿! 逃げろ!」
パアアアアアアアン!
直後、トランシーバーの先から破裂音が響いた。トランシーバーが床に転がる音がする。
佐藤と梅はびくりと身を引いた。
わずかな沈黙の後、窪谷の絶叫がトランシーバーから響く。
『うわあああああ! ああああああ!』
「窪谷! どうした! 窪谷!」
『見えねえ! 目が! 目があああ!』
その直後、バタバタと複数の足音が響く。殴る音。蹴る音。窪谷の悲鳴がこだまする。
「おい! 窪谷! おい!」
その時、一際重い音がトランシーバー越しに響いた。まるで鐘をついたような、まるで中華鍋を叩き付けたような。
ドサリと何かが倒れ込む音がした。
そして、何も聞こえなくなった。
私は衝撃で振動するスキレットを二本の指ですっと押さえた。
倒れた金髪の男は酷い有様だった。囲炉裏の熱で破裂したスプレー缶の飛沫で全身が黄色く染まっている。
スプレー缶は熱し続けると爆発する。秋人が教えてくれたことだ。
「注意をそらすことが出来ればラッキー」ぐらいのノリで仕込んだトラップだったが、まさかわざわざのぞき込んで、信じがたいタイミングでもろに顔面に塗料を食らった時は、敵ながら流石に同情した。
まあ、もちろん容赦なくボコボコにしたけど。きっと日頃の行いが良くなかったんだな。
姫宮が床に転がったトランシーバーを拾い上げ、無言で私に渡す。
私はおもむろに通話ボタンを押した。
「あと、五人」




