【第7章】 廃村キャンプ編 33 隠蔽
33 隠滅
「ウメさん。リボルバー好きっすね」
梅は佐藤の軽口に「別に好きじゃないわ」と返す。
リボルバーのシリンダーを外し、バラバラと薬莢を地面にまく。
「慣れてるだけよ」
「流石、現役の警察官っすね」
佐藤はスカジャンのポケットに両手を突っ込んで、ナツのもとに歩いて行った。口笛を吹きながら仰向けに倒れてピクリとも動かないナツの顔をのぞき込む。
「あー。二発とも胸に命中。お見事っす。微妙に息ありますけど、どうします?」
「どうせ助からないでしょ。もう運んでくれていいわ」
「了解です」
佐藤は頷くと「おい」と部下に指示を出した。
「とりあえず、バンに積んどけ。地面の薬莢も全部拾っとけよ。五発だ」
ナツは狩られた動物のように男二人がかりで手足を掴まれ、バンのトランクに放り込まれた。
「あと、男が一人。管理棟前のキャンピングカーのとこにいるわ」
「は? 先に言ってくださいよ。銃声聞いて、キャンピングカーで逃げ出されたらどうするんすか」
「大丈夫」
梅はポケットからチャラリとキャンピングカーの鍵を取り出す。
「キー、抜いてきたから」
「武装は?」
「銃は取り上げてる。姫宮が見張ってるわ」
佐藤はやれやれとでも言いたげな表情で振り向くと、六人の部下に怒鳴った。
「上に男が一人! さっさとやってこい!」
六人の部下達はバンに乗り込むと勢いよく発進した。梅と佐藤を抜いていく。
二人はバンの後を追う形でゆっくり歩き出した。
「いやあ。災難でしたね。ストローマンとは」
「ええ」
梅は空の銃を佐藤に放った。
「これ、用立ててもらっといてよかったわ」
佐藤は銃をキャッチしてスカジャンのポケットに無造作に突っ込んだ。
「役に立ちましたか」
「とっても」
警察の銃は厳格に管理されている。勤務外の許可を得ていない捜査で持ち出せるはずなどない。梅が使っていた銃は裏で出回っているものを佐藤に仕入れさせたのだ。
「すみませんね。22口径で。ご要望の38口径も探したんですが、なにぶん、急でしたから」
恩着せがましい佐藤の言葉を無視して、キャンプ場を見渡す。
「ここ、どうするんすか」
梅は大きく溜め息をついた。
「閉園ね。廃業よ」
今から大体の証拠は隠滅する。生き残りはいない。死体は全て処理する。
とはいえ、斉藤ナツと日暮秋人が行方不明になれば、ここに捜索が入る可能性はある。
「『組織』の方でもみ消せないんですか」
「まあ、小さい事ならやってくれるでしょうけど。今回はちょっと無理かな」
少なくともこの地でこれまで通りの形で運営することは出来まい。利益が出ないのであれば、「組織」も本腰を入れて守ってはくれないだろう。
「残念だけどね。まあ。長く続いた方でしょ」
「そうっすね」と佐藤は伸びをする。
「『組織』結構な利益を吸えただろうし。ウメさんもかなり儲かったんじゃないすか」
佐藤はそう言って肩越しに梅の高級外車に視線を送った。
梅はそれには答えなかった。
バンが管理棟に着いたのだろう。怒声と争い合う音が聞こえてくる。
「銃は持たせてないの?」
「あいつら、もともとは闇バイトとかで集めた素人なんで。銃を持たすのは最終手段すよ。あ、でも一応一通りの訓練はしてますよ。うちの兵隊は質がいいのが売りなんでね」
どうだか。
梅は疑わしげに佐藤を横目に見た。
「いや。本当っすよ。確かに、ボスも冬子もいないんで、一軍とは言えませんけど。素人数人やるぐらいなら余裕ですって」
そんな話をしているうちに、管理棟前につく。
黄色いキャンピングカーの横に黒いバンが横付けされている。その間に二脚の椅子が置かれていた。一脚は蹴り飛ばされたのか横倒れになっている。
もう片方の椅子に、日暮秋人が縛り付けられていた。
後ろで椅子の背もたれに拘束され、うなだれている。ポタポタと秋人の両膝に血が滴っていた。
梅はスタスタと近づくと、秋人の後頭部の髪を掴んでがっと顔を持ち上げた。袋叩きにされたのだろう。ズタボロで意識を失っていたが、微かに「うう……」とうめき声を上げた。
「なんだ。生きてるじゃない。なんでさっさと殺さないの」
梅の問いに、佐藤は部下達を見る。
部下の中で古株らしきひげ面の男が「姫宮がいないんですよ」と答えた。
佐藤が目をつり上げる。
「ああ? 何でだよ」
小太りの眼鏡が突き出た腹を揺らしながら言った。
「この男がキャンピングカーの前で暴れたんだよ。まあ、全員ですぐにボコったんだけど。その隙に逃げられたらしい」
「んなこと聞いてねえよ。なんで、姫宮が俺らから逃げる必要があるんだって聞いてんだよ!」
小太り眼鏡は「いや、僕に聞かれても」と目線を逸らした。
梅は秋人から乱暴に手を離すと、「ほら。使えない」と吐き捨てた。
ジャージ姿の金髪が、「あ? なんつったこの女」と色めき立った。梅は金髪をまっすぐ見据えた。
「使えない無能だって言ったのよ。単純作業もできないなんて」
「ああ!?」
金髪が怒声を上げる。梅に向かって踏み出そうとした瞬間、佐藤の拳が金髪の横っ面にめり込んだ。金髪がその場に倒れ込む。
「窪谷! お客さんに失礼すんじゃねえ! ボスのお得意さんだぞごらああ!」
場に白けたムードが漂う。佐藤は短髪を掻き上げながら「いいか」と声を張った。
「今日はボスがいねえ。つーことは、この場のボスは俺だ。兵隊のお前らは俺の指示通り動け」
そして、顔を引きつらせて梅の方に顔を向ける。
「ウメさん。あんたは大事なお客さんだ。表でも裏でも偉い人なのはわかってる。でもな、うちらも人間なもんでね。最低限のマナーは持っときましょうや」
梅は黙って腕を組んだ。
「あいつらは何もミスっちゃいねえ。姫宮が逃げるなんて聞いてなかったし、そもそもあんたの依頼は男を一人殺す事だったからな。むしろ、姫宮がいなかったから、人質にする可能性を考えてあの兄ちゃんを殺さずにおいとくって判断をした、部下達を褒めて欲しいね」
梅は溜め息をついた。低脳どもが。使えないくせに権利ばかりを主張する。
とはいえ、確かにここで争うのも馬鹿馬鹿しい。
「わかったわ」
佐藤も感情を押し込むように頷いた。
「あんたは俺に依頼をする。で、俺は部下に指示を出す。不満があれば部下ではなく、俺に。この流れ、大切にしていきましょう」
梅はうんざりした。
「じゃあ、依頼いいかしら」
「どうぞ」
「姫宮。あいつ、もう用済みだから。見つけて殺して。方法は任せる」
「わかりました」
窪谷と呼ばれた金髪が、血の混じった唾を地面に吐き捨てながら、「そのつもりなのがバレたから、逃げたんじゃねえのか」と独りごちたが、梅も佐藤も無視した。
「次に、死体。全員、痕跡ごと消したいわね」
「死体の処理事態はそこまで難しくないんですけどね」
佐藤は頭をかきながら、黄色いキャンピングカーに目をやった。
「問題はこれっす。運ぶにしても目立ちすぎる」
確かに。
梅は数秒思案した後、パンっと手を叩いた。
「山の上にため池があったでしょ。車道も通してたはず。そこに車ごと沈めちゃおう」
「いいっすね。じゃあもう車に死体全部詰め込んで一気に沈めちゃっていいっすか。こっちも手間が大分省けるんで」
「任せるわ」
佐藤が目線で指示を送ると、男達が動き出した。二人が管理棟に向かい、拓也の死体を運び出す。それを無造作にキャンピングカーに放り込んだ。次にバンのトランクからナツを運び出し、これまた乱暴にキャンピングカーに詰め込んだ。
「こいつらの持ち物あったら、それも全部、そん中入れとけ!」
佐藤の指示で梅は思い出した。
「『1』の屋敷の庭先にもキャンプ道具を散らかしてた。それも忘れないで」
佐藤は大声で叫ぶのに疲れたのか、スカジャンのポケットからトランシーバーを取り出して、指示を飛ばし始めた。男達全員が一つずつ身につけているらしい。
「ところで、ウメさん。例のストローマンさんは」
「気絶して、拘束されて、キャンピングカーの中。このまま沈んでもらいましょ」
「あんだけ界隈を騒がした藁人形さんも最後はあっけないっすね」
梅は黙って頷いた。
梅が心血注いで作り上げた薬の売買ルートのメンバーを、片っ端から殺戮していった殺人鬼。奴のせいでどれだけ「組織」の中の梅の立場が危ぶまれたことか。
「まあ、よかったんじゃないすか。ウメさん自身がケリをつけたとなれば、上の人たちも文句はないでしょ」
「そうね」
開設に尽力したこのキャンプ場の閉鎖は、正直、痛手だ。だが、ストローマンを始末できたと考えれば儲けものかもしれない。佐藤の言うとおり、「上の人たち」もそう判断するだろう。
それはそうと、残った資産は確実に回収しなければ。
「次の依頼」と梅は声を張った。
「私の商品を回収して。『1』から『3』の各屋敷の洗面所に並べてあるから残らず集めてきて。あと、『1』の屋敷の屋根裏にまとまった在庫が置いてある。それも運び出して」
そこで思い出す。
「『1』の屋敷の中にスーツケースがある。おそらくはストローマンの爆弾。それも忘れず回収。上に藁人形の証拠として提出するから」
「爆弾? 例のIEDっすか。おっかねえ」
佐藤は笑うと、トランシーバーに指示を飛ばす。
運転席と助手席にそれぞれ男が乗り込み、キャンピングカーが進み始めた。ガタガタと揺れながら山を目指す。
老婆、ナツ、拓也の、動かぬ三人を乗せて。
「佐藤さん」
小太り眼鏡が秋人の頭を掴む。まだ気絶しているようだ。
「このあんちゃんはどうするの?」
「そのまま置いとけ。もしかしたら姫ちゃんが助けにくるかもしんないしな」
小太り眼鏡の問いに佐藤はそう答えながらも、表情が半笑いだ。佐藤もそんな事態はあり得ないと思っているのだろう。
正直、姫宮に関しては、梅も興味を失っていた。たかだか薬物中毒者の女一人。逃がしたところで、だれに告げ口することも出来ないだろうし、したところで誰も信じまい。本人もそれぐらいわかっている。どうせ、薬が切れたらのこのこ出てくるだろう。
だから、ぶっちゃけ、秋人は用済みである。
だが、「秋人をさっさと殺せ」とは梅は言わなかった。
ナツ姉と慕い続けた女が、自分が寝ている間に、湖に沈んだ。
その事実を知ったとき、あの純情男がどんな表情を浮かべるのか、ふと興味が湧いたのだ。
佐藤が思い出したと言うように梅をふり返る。
「そうだ。山の上はどうします」
梅もすっかり失念していた。「そうね」と呟いてしばし思案する。
梅は言い放った。
「マニュアル通りに」
佐藤が当然だと頷く。
「了解」




