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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第7章 人は誰にもなり得ない
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【第7章】 廃村キャンプ編 17 MP5とトライポッド


 17 MP5とトライポッド


「秋人、あんたマジか。」

 顔が半笑いになるのを押さえられない私に、秋人も「マジだよ。僕の最高傑作さ」とにやりと笑った。

 目の前には展開され、六角形の焚き火台に変身したヘキサゴンと、その中に私が組んだ薪が収まっている。

 ほぐした麻紐を火口にしようと薪の下に押し込んだところで、秋人が「着火するの? バーナーあるよ」と駆け寄ってきた。首に掛けたネックナイフを取り出しかけていた私は、「いや、ファイヤースターターで……」と言いかけ、秋人がコンテナから取り出した黒い固まりに目が釘付けになった。

「それ、あれだよね」

「そう思い出のMP5さ」

 秋人の手にはあの日の、廃ホテルに不法侵入した時のサブマシンガンが握られていた。リュックに入ってしまう小ぶりなボディも銃口近くの埋め込まれたタクティカルライトもあの日のままだ。唯一、違うところはバナナ型だった弾倉が筒状のパーツに変わっていることか。

「なんで、キャンプ場にエアガン持ってきてるのよ」

「違うよ。もうエアガンじゃない。これはガスバーナーに生まれ変わったんだ」

 秋人は得意げにマシンガンを掲げる。

「ほら。このマガジンのところ。ただのドラムマガジンに見えるでしょ」

 ドラムマガジンとやらはよくわからないのだが、以前の細長い弾倉が、巨大なプリンカップを横向きにしたような形状になっているのはわかったので、とりあえず頷く。

「ここにね、OD缶を仕込んであるんだ。で、チューブがチャンバーにつながってて、銃身にはガスバーナーがくみこんであるから……」

 秋人はドラムマガジンとやらの先端のひねりを回す。シューという聞き慣れた音とともに銃口からガスが吹き出す音が鳴る。

「で、着火装置と連動させたトリガーを引くと……」

 カチリと引き金を引いた瞬間、銃口から炎が吹き出した。結構な勢いで思わず仰け反る。

「すごい! なんかカッコイイ!」

「でしょ! なんかカッコイイでしょ!」

 二人してマシンガン型バーナーの前で大はしゃぎする。

「貸して貸して!」

 火を止めたバーナーを両手で受け取り、しげしげと眺める。

「これ、自分で思いついたの?」

「いや、アイデア自体はキャンプ雑誌で他の銃で作ってる人がいて、真似したんだ。でも、カスタム自体はもちろん僕が全部やったよ」

 マガジンのガス管から延びたチューブが銃身の横の穴から内部につながっている。このチューブアダプターは私も似たものを持っているし、内部に詰まっているバーナーもアウトドアショップで見かけたことがある。構造もよく見れば至ってシンプルだ。

 だが、これをエアガンに違和感なく組み込むには相当の加工と工夫と微調節と試行錯誤が必要であることは想像に難くなかった。

 たかだか火を付けるためだけにマシンガンを魔改造するなんて、時間と金と労力の無駄遣いといわれるかもしれない。というか、確実にそうなのだが、趣味とはそういうものであろう。無駄なことに全力を捧げられるものだけが趣味に生きることが出来るのだ。

 銃器にはなんの興味も持っていない私だが、分解したエアガンとバーナーをいじくり回しながら一人頭を捻る秋人の努力が垣間見え、実に愛おしい一品に思えた。

「ライトもスコープも本物だから、暗いときは明かりになるし、スコープを望遠鏡代わりに野鳥観察もできるよ」

 山中のキャンプ場でこんな物を無闇に構えていたら通報されそうなものだが、それはもちろん配慮して楽しむのだろう。

 私は早速、ヘキサゴンの中の薪に向かって銃口を向けた。まずガスを噴射させ、それから引き金を引く。

 ボン! と派手な音を立ててガスが燃焼し、薪が炎に包まれる。そのまま火炎放射器のように薪を炙り続けると、ものの数秒で薪が燃え上がった。

 うん。ガスバーナーって普通に便利だな。

 本来、火起こしは空気の通り道や薪の細さなどに気を遣わなければいけない繊細な作業なのだが、バーナーの火力をもってすれば一撃である。

 まあ、時短ではある。だが、じっくり火起こしする楽しみは失われるので私の好みとは微妙に異なった。

 一長一短だな。キャンプには本当にたくさんの楽しみ方がある。

 使い終わったMP5バーナーは秋人によって丁寧にしまわれた。専用のガンケースまで用意していたのは流石の一言であった。

 



「ほお。これが、とらいぽっど、か」

 いつの間にか屋敷から出てきた老婆が、肩越しに私が組み立てたトライポッドを見て納得したように頷いた。

「これに鍋をつるすのか」

 私がヘキサゴンの上に設置したのは三脚タイプのトライポッドだ。銀色の三本のポールを束にして収納されているが、焚き火台の上で展開させると、高さ一メートルほどの巨大な三角錐になる。三本の足を焚き火台の周りに設置すれば、焚き台の真上で頂点をつくる。焚き火台が骨組みだけの三角錐の真下にすっぽり収まる形だ。そして頂点からは先にかぎ爪のついたチェーンが垂れ下がっている。かぎ爪に鍋の取っ手をかければ、焚き火台の上に鍋を吊して調理が出来ると言うわけだ。

「そして、これがダッチオーブンよ」

 黒い鉄鍋を私は老婆に自慢げに見せた。「洒落とるな」と老婆は興味深げに目を細めた。

 ダッチオーブンは平たく言うと、分厚い鋳鉄の鍋である。

 ネックは手入れの面倒さと重さだ。スキレットと一緒だな。

「蓋まで鉄製か」

「ええ。閉めた上から炭を乗せれば、上下から加熱できてパンだって焼ける」

「なるほど。トースターか」

「オーブンよ」

 この老人、横文字は基本的に苦手らしい。かと思えばレキジョやらの死語は知っているし、知識の幅がつかめない。

 私は六角形の焚き火台に火を起こし、具材を仕込んだダッチオーブンに蓋をしてトライポッドで吊り下げた。始めなので強火がよかろうと、チェーンを伸ばして火に近づける。

「便利じゃな。高さ調節できるのか」

「自在鉤に似てるでしょ」

 ダッチオーブンは分厚いために熱が均一に伝わりやすく、蓋も同様の素材で重いために密閉性が高い。煮込み料理にはうってつけだ。

 さて。あとは火加減に注意しつつ煮えるのを待つだけなのだが。

 チラリとパップテントの方を見る。チェアに座った秋人は鼻歌を歌いながらパスタの用意をしていた。ローテーブルの上で器用に野菜を切っている。

 私の視線に気づいたのだろう。秋人は顔を上げてにっこり笑った。

「ナツ姉。スープパスタとペペロンチーノ、どっちがいい?」

「……ペペロンチーノ」

「ニンニクは?」

「たっぷり入れて」

 秋人は「了解」と微笑むとまた手元に目線をもどした。

 ……うむ。暇だ。

 下準備に気合いを入れすぎたのかもしれない。ソロキャンプなら読書でもするところだが、それは秋人に失礼な気がする。いや、別に秋人は気にしないか。でも、万一にでもサボってるとか思われたくない。自分も何か作業をしていたい。

 仕事を求めて辺りを見回す。いつの間にか焚き火台の周りにはヘキサゴン専用のテーブルが設置されており、チェアが一つ置いてあった。私が座る用だろうか。自分の椅子ぐらい持ってるのに。

 ランタンスタンドも二隅に設置され、ヴィンテージもののランタンにも柔らかな光がともしてある。私が薪拾いに行っている間に全ての設営を終えてしまったらしい。

 しごできかよ。

 私は秋人が用意してくれたチェアに腰を下ろした。そしてその座り心地にさっき座ったものの同じ型であることに気づく。秋人、この高級椅子、二脚買ったのか。

 金銭感覚の違いに軽くめまいを覚える。よかった。市営の無料キャンプ場なんかに連れて行かなくて。

「ヒッピー娘。暇なら手伝え」

 背後からの呼び掛けに振り向くと老婆がまな板を持って立っていた。まな板の上には川魚が載っていた。

「え、なんか増えてない?」

 私のフードから飛び出して来たカワムツは二匹だったはずだ。まな板には十数匹が横たわっている。

「足らんじゃろうと思ってな。追加で穫っといたぞ」

「感謝しろ」とばかりに鼻を鳴らす老婆だったが、別に川魚が食べたいと言ったつもりは無い私は返事に迷う。だが、善意でしてくれたのだろうと考え直し、ぺこりと頭を下げておく。

「ぬめりは取っといた。二人で捌くぞ。ヒッピー娘、薄い刃物は持ってるか」

「ええ」

 私は調理道具をまとめたバッグから鞘付きのナイフを取り出した。小ぶりだが釣り人用に製作されたものなので刃が薄い。俗に言うフィッシングナイフだ。魚を捌くにはちょうど良いだろう。

 対して、老婆が取り出したのは大ぶりな剣鉈だった。柄まである大ぶりな山鉈で、先はとがっているが、刃が薄いとは言えない。自然と老婆が鉈で小魚の頭を落として、私がナイフで腹部を切り出し、内臓を取り出すという流れになった。

 私は本来自分が座る予定だった椅子を持って来ると老婆に譲り、焚き火台の前のテーブルに二人並んで作業をする。

「うまいの、ヒッピー娘。釣りをするのか」

「釣りはあんまり。スーパーで安い魚を買って捌くことが多いの」

「今時の若いのにしては感心じゃな」

 誰と比較したのかはわからないが、老婆は少し私を見直したらしい。とはいえ、私も能率が良いわけでは無く、後半は頭を落とし終わった老婆もはらわた取りに加わった。剣鉈の先端を器用に使ってするすると捌いていく。専用ナイフを使っている私よりもよっぽど速くて正確だ。経験値の差だろう。老婆はその点に関しては特に口に出さず、二人で黙々と川魚を処理した。

「甘露煮にするの?」

「それも考えたがな。若者は揚げ物の方がよかろう。油は持っとるか」

「もちろん」

 私は「待ってて」とキャンピングカーに戻った。

 暗い車内で備え付けのシンクの棚をガサゴソ探っていると、後部座席に気配を感じた。見ると、カンナがにこにこしながら座っている。

 カンナが手話を送ってきた。

『おばあちゃん、楽しそうだね』

 そう言われてようやく気づく。なんだか自然すぎる流れで気がつかなかったが、いつの間にか老婆がキャンプサイトに溶け込んでいる。現に今も秋人が話しかけているらしく、秋人の笑い声と老婆のぶっきらぼうな返事が聞こえてきている。ちらりと窓から様子を伺う。老婆は相変わらず仏頂面なので楽しんでいるかは正直わからない。だが、焚き火台に手をかざす背中は機嫌が悪いようには見えなかった。

 キャンプデートには、ならなかったな。

 そう思った瞬間、すうっと肩の力が抜けていくのを感じた。落胆では無く、安堵だと自身で悟る。美音やら紗奈子に盛り上げてもらってなんとなく浮き足立っていたが、自分は別にキャンプ場で恋愛なんてしたくなかったんだと自然と納得した。

 キャンプ場はキャンプをするところだ。少なくとも私にとっては、それだけだ。

 私は足取りが急激に軽くなったのを感じながら、サラダ油と粗塩、スキレットを手に、二人の元に戻った。

「なんかいいことでもあった?」と秋人がめざとく聞いてきたので、私は「別に」と返す。

「私、やっぱり、キャンプがしたいだけなんだって、思ってさ」

 秋人が首を傾げ、老婆が何を今さらとでも言うように鼻を鳴らす。

 陽は完全に落ちきって、秋人のヴィンテージランタンがサイトを温かく照し出していた。





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