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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第6章 自分で決めて何が悪い
155/230

【第6章】 花火キャンプ編 3

 

 3

 

 十月一日(キャンプ当日)


 午後三時


 完全予約制のキャンプ場「Green Garden 美丘」は評判通り実にいいキャンプ場に思えた。

獣よけなのか、入り口には古城の門を思わせる大きなゲートがそびえ立っていたが、あらかじめ全開にしてあった。それを車に乗ったまま通過して敷地内に入る。

 キャンプ場の敷地の中心には小ぶりな丘がある。その丘を囲むようにして10ほどのサイトが点在しており、全て車で直接乗り入れが可能だ。どのサイトも広く、キャンピングカーでも楽々乗り入れる事が出来る。他のサイトとは距離も遠い。しかも木々が良い感じに生い茂っているので、プライベート感もきっちりあるのが素晴らしい。しかも、サイト同士の地形の関係で、他サイトの音はほとんど聞こえてこないそうだ。自然のなかなのに、防音機能もばっちりとは驚きである。

 なによりシステムが秀逸だ。チェックインの手続きが不要なのである。

 利用者はあらかじめネットで予約したサイトに車で乗り入れる。そこには注意事項を書いた紙とキャンプ場の地図。それからゴミ袋。事前にオプションで注文していた薪の束もあらかじめ置いてある。あとは自分でマナーを守って楽しんでくださいというスタイルだ。

 料金の支払いはクレジット決済ですでに済んでいる。だからチェックアウトの手続きも必要ない。つまり、入場から退去まで誰にも会うことなくじっくりキャンプを楽しむ事が出来るのだ。

 最高だ。

 管理人が猟奇殺人鬼なのではと疑う必要も無いし、隣のサイトの客がよからぬ企みをしているのではないかと勘ぐる必要も無い。自然とキャンプギアとキャンプ飯だけに集中出来る。なんと素晴らしいキャンプ場だ。

 私は自分が予約していたAサイトを探した。林の中の車道を進みながら木に括り付けられた看板に目をこらす。見つけた。『サイトA』

 車がちょうど一台通れるほどの間隔の小道があり、そのすぐ奥がAサイトのようだ。広さは十メートル四方といったところか。

 キャンピングカーでサイトに乗り入れると、その場で切り返し、入り口を塞ぐようにして横付けした。これで入り口の方からの視界も遮ることが出来、周囲は木々のみになる。木々はそこまでうっそうとしている訳ではなく、隙間はあるので、チラチラと他サイトや敷地の真ん中にある管理棟は覗き見えるが、それほど気になるものではない。

 キャンピングカーから降り、大きく伸びをする。日差しはまだきついが、木々は木陰を作ってくれているおかげで暑くはなかった。風が通り抜け、じめじめとした湿気も感じられない。実に快適だ。

 さあ。設営を始めますか。

 私はまず虫除けスプレーを取り出した。身体に吹きかけるタイプではなく、地面にまくタイプだ。これをサイトの回りの地面にまんべんなく吹き付け、結界を張る。経験上、この方法が虫除けには最も効果的である。加えて、自分の身体には別のスプレーをかけて二重にガード。これで完璧だ。

次にキャンピングカーの側面に屋根をつけるイメージでタープを張った。この下で焼き肉パーティーをさせていただこう。

 テントはキャンピングカーとは離してサイトの端に設営する。焼き肉の煙で匂いがついてしまっても困るからな。

 テント内には寝袋と枕も準備しておく。暗くなってからでは面倒だし、今日はお酒もしこたま買い込んでいる。酔った状態で寝具を準備できるかどうか不安だった。別にお酒に弱い体質ではないが、飲むのは久しぶりだから悪酔いするかもしれない。

 大学生の頃、元彼の徹とホラー映画を観ながら夜通し飲み明かした事があったが、その際は翌朝に記憶が飛んでしまっていた。徹にも大分迷惑をかけたらしい。申し訳なかった。

 だが、今日はソロキャンプである。誰にも迷惑はかけようがないので気楽だった。

 正確にはカンナがいるにはいるが、あの子は車と一体化しているので二人ではなく、一人と一台換算だ。ひとりキャンプと言っても差し支えあるまい。

 その後、タープ下に焚き火台、チェア、サイドデスクを設置した。少し離れて一眼レフでパシャリとやる。いいねえ。黄色いキャンピングカーが緑の中で映えている。

 ちなみにカンナが車体の窓から顔を出してピースしていたが、当然写真には写らない。こればっかしは仕方ない。死者と生者の境はどうしようもなく存在するらしいのだ。

「あ、そうだ」

 私は忘れていた事を思い出し、慌ててスマホを取り出した。

 LINEを開け、紗奈子と美音と私で構成されるグループライン、「なっちゃんを心配する回」(紗奈子命名)を開く。

『キャンプ場つきました』とメッセージを送り、現在地の位置情報も添付した。

 即座に美音から『了解です』。少し遅れて紗奈子から『OK!』。とスタンプが送られてくる。

 このシステムは言うまでもなく美音が発案した。私の身に何か起こったときにすぐ対応できるようにと。私は目的地に着く度にこの報告をする。

 めんどくさいし、なんだか過保護が過ぎて正直嫌なのだが、美音には湖畔キャンプの際に地域を駆けずり回ってキャンプ場を探してもらった過去がある。その後もいろいろあったし、「心配しすぎだよ」とは言えない立場だ。これくらいはする義理があると思っている。

 それに、言っても一分もかからないような操作だ。毎回やっているとすぐに慣れた。美音も紗奈子も始めこそ、「どんなキャンプ場?」「管理人さんは?」「人を殺しそうな人はいない?」などと聞いてきていたが、今は大分慣れているようで過敏な反応はなくなった。今回など二人ともスタンプ一つだけである。

 でも、これはこれでちょっと寂しい。

 もっと食いついて欲しい。

 と言うことで、スマホでも一枚写真を取って、トーク画面に送った。

さあ。私の映え映えのキャンピングカーを褒め称えるがいい。私はほくそ笑んでトーク画面を見つめた。

 美音『いいね!』スタンプ。

 紗奈子『OK!』スタンプ。

 反応、うっす。

 紗奈子に関してはさっきと同じスタンプじゃねえか。

 だが、よく考えれば今日は平日である。そりゃあ美容師の美音は忙しいだろうし、紗奈子もなんだかんだでシングルマザーだ。返信してくれるだけでもありがたいと思おう。

 



 設営が終わったところで、私はキャンプ場内の散歩を始めた。

 マップを見たところ、このキャンプ場は獣よけの塀でぐるりと敷地を囲まれているらしい。自分が入場した大きな門が唯一の出入り口のようだ。その反対側にある裏門は丘への登山口に繋がっているらしい。

 丘の麓にあるこのキャンプ場は大きな円形である。敷地内にキャンプサイトが点在し、ど真ん中に管理棟がある。これで丘の上にお城でもあれば完璧に要塞だなと思ったが、マップの裏の説明を見たところ、実際に昔は丘の上に小さな山城があったらしい。まあ、規模からして城というよりかは見張り小屋に毛が生えていた程度のものだったらしい。今は城壁の石も全て運び出され、土台が残っているのみになっているそうだ。

 ちなみに登山道は階段がついており、歩いて登れば10分ほどで丘の上まで行けるらしい

 よし。見に行ってみよう。

 歴史は嫌いではない。それに、見張り用の城が建てられたぐらいなのできっと景色も良いに違いない。

 私は一眼レフを肩にかけて、意気揚々とサイトを出た。サイトを出る際、キャンピングカーを出入り口に塞ぐようにきっちり横付けにしてしまっていたので、車体と木の間のわずかな隙間にすっと身体を通して車道に出る。ちょっとギリギリに停めすぎたかもしれない。明日、出るときは注意して動かさなければ。

 てくてくと林の中の車道を歩く。時刻は十五時頃。日差しがきつい時間帯だ。しかし、木々の葉の隙間からは青い空が覗き見えるが、生い茂る木の葉で日光は良い感じに遮断されていた。そのせいか暑さはほとんど感じない。風通しが良いのも大きいのだろう。今年の夏はどこに行っても猛暑だったので涼しげな風が嬉しかった。

 アスファルトに映し出された木の葉の陰が揺れるのを楽しみながら歩みを進めていると、木々の中に赤い車体が見えた。他のお客さんがいたようだ。「サイトB」という看板が木の幹についている。

 木の隙間から様子を伺う。

 一人の女性がSUVのトランクから荷物を運び出している。赤いアウトドアジャケットにチノパン。後ろ姿なので顔は見えないが、茶髪のミディアムショートが耳まで覆っている。そしてどうやら眼鏡をかけていることは辛うじてわかった。

 彼女もソロキャンパーなのだろうか。

 そう思うとちょっと興味が出てきた。挨拶ぐらいしてもいいのではないだろうか。

 そう思っていると、ちょうどサイトの入り口が目の前に出てきた。よし。声をかけてみよう。入り口の小道に足を向ける。

 しかし、そこで、彼女が何か呟いているのに気がついた。

「なんで・・・・・・」

「いや、そうだろうけど・・・・・・」

「・・・・・・しょうがないなあ」

 そんな風に。

 彼女の回りを見回すが、人影はない。

 独り言だ。

 私は彼女のサイトに踏み入れようとしていた足をすっとひっこめ、視線を車道に戻してまた歩き出した。

 いかんいかん。彼女はソロを楽しみに来ているんだ。

 自分の世界に入っている人を邪魔してはいけない。私もソロを邪魔される度にいつも迷惑していたじゃないか。

 最近、ソロキャンプをする機会が減って、初心を忘れていたようだ。誰かとするキャンプは勿論楽しい。だが、それとはまた全く違うベクトルで、自然の中に一人でどっぷり浸かる幸福感がソロキャンプにはあるのだ。ソロをこよなく愛する自分がそれを侵すなど言語道断である。

 しかし、ソロキャン仲間が近くのサイトにいるのはなんだか嬉しいな。

 私は気づくと鼻歌を歌いながら車道を進んでいた。

 だが、そのご機嫌ソングも丘への入り口につくまでだった。

 丘を登るために作られたのだろう木の杭で作られた階段が丘の上に続いているのは遠目から見えていた。だが、いざその登り口にたどり着くと、木製の裏門は閉じられ、大きな南京錠で施錠されていた。ラッピング処理された紙の標識が木の門に貼り付けられている。

『立ち入り禁止』

 なんだよ。マップには「是非登って、景色をお楽しみください」って書いていたくせに。

 私は落胆すると踵を返した。このままサイトに戻ろうかとも思ったが、折角ここまで来たのだ。近くの管理棟まで足を伸ばす事にする。

 管理棟にはすぐについた。平屋の木造一軒家。中には売店があり、管理人が常駐しているらしい。側には炊事場と小綺麗なトイレも併設されている。

 管理棟の入り口にはサイトマップが設置してあり、埋まっているサイトには『予約済み』のマグネットが貼ってあった。

 マグネットは三つ。私のサイトと、さっきの女性キャンパーのサイト、そしてもう一つ。管理棟を真ん中に三角形を描く位置関係だ。その三角形の裏に先ほどの丘がそびえている形だ。


「こんにちは。ご利用ありがとうございます」

 背後から声をかけられて、振り向く。

 薪を小脇に抱えた男性が立っていた。歳は30代後半といったところだろうか。紺色の作務衣の上下を着込み、頭には黒いバンダナを巻いている。あごひげが渋い。

「管理人の高城です」と男は穏やかに微笑んだ。

 高原キャンプの管理人ランダルがアメリカンスタイルのナイスガイだったとすると、高城は和の伊達男と言ったところだろうか。作務衣は個性的だが、似合っているからか特に違和感も無い。古城があったというキャンプ場の雰囲気ともよくあっている。

「あ、どうも。お世話になります。佐藤秋子です」

 予約の際に使った偽名を名乗る。本名で予約をすると芸能人だと勘違いされてサインをねだられたりしたことがあるのだ。まあ、顔でばれることもあるが、高城は何も思わなかったようで、「ああ。Aサイトの佐藤さんですね」と笑顔を崩さなかった。

「薪は足りましたか?」

「はい。十分です。ありがとうございます」

「よかったです」と高城は再び微笑むと、「では、佐藤さん。何かあったらいつでも言ってくださいね。売店は18時までですが、私は常時管理棟にいますので」とぺこりと頭を下げ、管理棟に入っていった。

 丁寧だが、しつこくない。実に好印象だ。

 やはりああいう風に癖のない管理人は安心する。

 様々な管理人に煮え湯を飲まされてきた私は完全に警戒心が解けていくのを感じた。そう。本来は管理人というのはいてくれるだけで安心感をもたらしてくれる存在なのだ。いざというときに頼れそうな男性がいることは実に心強い。

 よおし。今回のキャンプは順調そうだ。

 私は再び鼻歌を歌いながら歩き始めた。管理棟に背を向け、林道を進む。


 その背を、管理棟の窓から高城がじっと見つめていることに、斉藤ナツが気づけるはずもなかった。

 薄暗い管理棟の中、彼は一人呟いた。


「佐藤・・・・・・ですか」





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