【第6章】 花火キャンプ編 2
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九月二十九日(キャンプ二日前)
午後九時
「え、一番お金をかけたキャンプギア?」
私は運転席で腕組みをした。そしてすぐに思いあたる。
「ぶっちぎりで寝袋ね。冬用のやつ。こればっかりはケチる訳にはいかないの。だって死んじゃうから」
私は「ちょっと待ってて」と言うと運転席から立ち上がり、キャンピングカーの後部座席に向かった。後部座席はガタリと倒すとベッドになる仕組みなのだが、私は滅多にその機能は使わず、後部座席の後ろはもっぱら物置にしているのだ。そこから冬用の寝袋を引っ張り出す。そして運転席に戻った。
運転席のハンドルの奥にはスマホスタンドがつけられており、固定されたスマホが画面を向けている。
画面には寝袋を手に席に戻った私の姿が映し出されており、サイドに視聴者からのコメントが並んでいる。その中で明るい色が付いた大きいコメントを先ほど読み上げたのだ。『これまでで一番お金をかけたキャンプ道具は何ですか』という質問だ。その下には「南極ザウルス」というアカウント名、そして(2000円)と表示がある。スパチャという機能らしい。表示額から手数料を抜いた分が私の収入となるそうだ。
「はい。これ、私が使ってる奴です。マイナス18度まで耐えられます。五万円ぐらいだったかな」
私はそう言って寝袋をスマホに近づけた。
ポコンポコンと質問コメントが追加されていく。
私はその中から答えれそうな質問を見繕っていく。
『寝袋を買おうと思っています。なにか注意点はありますか 「たんたん」(1000円)』という質問に目を留める。
「えーと、寝袋を選ぶ際の注意点ですね。はい。ありますよ」
私は一旦、ふーと息を吐いて目を閉じ、考えをまとめる。そして目を開くと一気にしゃべり出した。
「やっぱりどこまでの温度に耐えられるかが一番ね。さっきこのシュラフはマイナス18度まで耐えられるって言ったと思うけど、気をつけなければならないことは、この数値はあくまでも限界温度、『Limit Temperature』だということ。つまり、死なないけど寒いよって数値ね。ちゃんとリラックスして寝れる温度表記は快適温度『Bomfort Temperature』そこを間違えると酷い目に遭うよ。寒い中の一晩ってめちゃくちゃ長いからね。私も子供の時にやらかして、友達と死にかけました」
ポコポコと返ってくる視聴者の反応を見ながら、私は改めて自分の現状におののきそうになる。
まさかこの私がライブ配信なんてものをする立場になるとは。
事の発端は、資金不足である。
キャンピングカーを手に入れて、マンションを引き払い、悠々自適生活を送るぜ! と旅を始めたものの、やはり先立つものは金である。
毎月の家賃分がなくなったとはいえ、ガソリン代も高速道路代もそれなりにかかる。また、駐車場代もかなり痛かった。車中泊OKの駐車場は意外に各地にあるが、決して安くはない。勿論、適当なホテルに比べれば格安だが、毎日となると話は別だ。ちりつもである。
田舎の場合は、地元の人に交渉して空き地に停めさせてもらうこともあるが、まあ、毎回は難しい。
貯金はそれなりにあるので、すぐに行き詰まることは無い。だがやはり貯金残高が目減りしていくのをただ見るのはメンタルにくるものがある。
かといって変に世間に顔が売れてしまっているので、安定した仕事もなかなか見つかりそうもない。まあ、もう会社勤めなどはこっちから願い下げだが。
とりあえず、夏の間は行く先々で適当に短期バイトをこなして糊口をしのいでいた。
そんな中、紗奈子から提案があったのだ。
せっかくなんだから、キャンプワイチューバーになったらどうかと。
無論、始めは断固断った。
そもそも私は人が嫌いであるが故にキャンプ場に引きこもっていたのだ。なんで自ら自分を世間に晒していかなければならないんだ。
「でも、どうせもう有名人じゃん。マスコミやらなんやらに追いかけ回されて有名税とられまくってるんだから、上手いことやってメリットも享受しないともったいなくない?」
そう言放った紗奈子の言葉は胸に刺さるものがあった。確かに。前回の高原キャンプの事件もあり、私の世間認知度は日に日に高まっている。もう、衆目に晒されないというのはムリなのかもしれない。それならいっそそれを儲けにしようと言うのは理にかなっている。
また、紗奈子が以前に自分のチャンネルで私の動画を(無断で)上げた際の収益データを見せてもらい、その予想以上の金額に心が揺らいだのも事実である。
ちなみに、紗奈子の提案でその収益を使って二人で高級中華を食べに行った。高級店などお互いに縁がなかったので加減がわからず、テンパって適当にオーダーしまくった結果、食べきれない量の満漢全席になってしまった。二人して必死にバクバク食べた後に待っていたのは、目玉の飛び出す会計額だ。あぶく銭は一円も残らなかった。せめて自制心の高い美音を連れていけばよかったと二人で後悔した。「悪銭身につかず」とはよく言ったものだ。
何はともあれ、効率よく稼げるというのは実感済みであり、魅力的だった。かといって、私は自分のキャンプの様子を動画にしたいとはどうしても思えなかった。写真を撮るのは好きだし、出来なくはないだろうが、そんな事を始めると動画撮影のためのキャンプになってしまい、純粋に楽しめないのではないだろうかと思ったのだ。趣味を仕事にすべきではないという言葉は真理だと思う。
そこで紗奈子がおすすめしてくれたのがライブ配信である。
「来た質問にだらだら答えるだけ。なっちゃんは口下手だけど、キャンプについて語るのは得意でしょ」
そのアドバイスは実に的を射ていた。実際にやってみると思いの外、性に合っていたのだ。
よくわからない絡みは極力無視し、キャンプについての質問に絞って回答してみると、自分でも驚くほどすらすらと言葉が出る。勿論、まだまだ他の配信者に比べるとたどたどしいし、なっていないところもあるのだろうが、なんだかんだ毎回好評であるらしい。視聴者数も日に日に増えている。始めたばかりなので物珍しさで覗いてくれている人も多いのだろうとは思うが。
しかし、数千円単位のスパチャが定期的に来るのには驚いた。自分でもそこらのにわかキャンパーよりはうんちくがある方だとは思うが、別にアウトドア本を超えてくるような知識ではない。そんな私の数十秒の返答に数千円の価値があるとは到底思えなかった。始めた当初はなんだか視聴者をだましているような罪悪感にさいなまれたものだ。
だがまあ、楽しんでくれているのならば良いではないか。その分、少しでも払ってくれたコストに見合う返答が出来るようにしよう。今はそう割り切って考えるようにしている。
『どこから配信してるの 「まろん」(500円)』
という質問に、「え? 今? そこらのサービスエリアですよ」と軽く答える。この手の質問には詳しく答えないと決めている。
これは美音のアドバイスである。ご指示と言ってもいい。「絶対にキャンプ場とかでやっちゃダメですよ。毎回、車の運転席って決めておいてください」そう美音は固く私に言いつけた。
「録画ならともかく、生配信で居場所がバレたりなんかしたら何が起こるかわかりませんよ。おかしなファンだっているんですから」
真面目な顔でそう言う美音に、私はケラケラ笑ってしまった。「そんな。アイドルじゃあるまいし」
しかし、美音の怖い顔を見て、私はすぐに笑顔を引っ込めた。
「いいですか。視聴者の中にはどんな人がいるかわかったものじゃないんです。ナツさんの顔はみんなから見えるけど、ナツさんからは誰も見えないんですからね」
「で、でも、キャンプ場の景色ぐらいじゃわからないでしょ」
焚き火やテントが映っていた方が雰囲気が出るのではないかと思い、私はそう言ったが、美音はブンブンと首を横に振った。
「ダメです。電柱一本映り込んだだけで標識から場所を特定されたりするんですから。他の何も映り込まない運転席に場所を固定すべきです」
特定厨というやつだろうか。私に対して? そんな物好きな暇人はそういないと思うが。
とはいえ、いつも心配してくれている美音の助言である。毎回その予想を上回る惨劇がおこってしまうので、心配性の美音からしたら心労が過ぎるだろう。素直に従うことにした。
実際、やってみると、セキュリティ面はどうか知らないが、配信場所が決まっているのはかなり楽であることはわかった。それこそキャンプ場だろうが駐車場だろうが、スマホをセットするだけで撮影ブース完成だ。これを当初の予定通りテントや焚き火をバックにしようなどしたら、毎回構図に頭を悩ませる羽目になっただろう。何事も手軽さは大事である。
ちなみに、今はそれなりに大きなサービスエリアの駐車場に駐車し、そこから配信を行っている。このサービスエリアは売店が充実しているとのことでSNSでバズっていたのだ。配信後に是非覗いてみよう。
『キャンプ場には行かないの? 「藤本さん」(200円)』
「ええ。毎日は行かないですね。サイト代も馬鹿にならないし。あ、でも、明後日はキャンプ場を予約してますよ」
『キャンプ場から生中継してください「じょいふる」(300円)』
「ごめんなさい。その予定は無いです。あ、でも、しばらくしたらどんなキャンプだったかとかは紹介しますね」
現在時刻は午後九時ごろ。そろそろ配信を終わらせて遅めの夕食としよう。そして今日はこのままここで寝ることとしよう。
そう考えると急に空腹を感じ始めた。コメントに返答しながらも、ついついスマホの向こう側にあるサービスエリアのフードコートの看板を見つめてしまう。いかんいかん。集中しないと。いや、もう、ここらで切り上げるか。
「すみませーん。そろそろ終わりまーす。じつはお腹ぺこぺこで」
軽い気持ちでそう言うと、
『焼き肉食べてください 「からあげ大好き」(5000円)』
『夕食代です 「みゆき」(1000円)』
『美味しもの食べて 「ポルコ」(2000円)』
とポコポコと一気に高額スパチャが送られてきて私は慌てふためいた。
「ちょ! 何にも、答えてないんだから、そんなのいいよ!」
狼狽する私が面白かったのか、次々に送られてくる。
『ビール代です 「最強シングル」(1500円)』
『寿司でもどうぞ 「Kids Kids」(4000円)』
『絶対に許さない 「スワン」(1000円)』
『デザート代でーす 「ひら社員」(500円)』
『マシュマロ焼いて 「石本大介」(200円)』
だめだ。流石に申し訳ない。
「お、終わります! えーと、その・・・・・・またね!」
私は無理矢理ライブを終了させた。
画面が閉じた事を確認して、ふーと息を吐く。
ああ。緊張したあ。やっぱりまだ慣れない。
私は立ち上がるとこきこき首をならした。
振り返ると、後部座席にセーラー服の少女、カンナが座っていた。右手の拳で左手を二回叩く。「お疲れ様」という手話だ。
私は「ありがと」と笑った。財布を手に、車を降りようとして、ふと、カンナを見る。
「ああ。そうだ。明後日、久々にキャンプ場でキャンプの予定だけど、カンナ、何かしたいこととかある?」
単にのんびりするのもいいが、何かいつもと違うコンセプトが一つあるとよりキャンプは楽しくなる。そう思っての質問だった。
カンナは少しの間、腕組みをして首を傾げて考えた後、思いついた! とばかりに顔をほころばせた。
顔の前で両手でお花を作り、ぱっと広げる動作をする。
「ごめん。その手話、知らない」
カンナは立ち上がると、しゃがみ込んだ。そして身体を揺らしながら立ち上がると、両手をぱっと広げた。掌をひらひらさせながら腕を降ろす。
「え? なに? きらきら星?」
カンナは焦れったそうにしながらも、再び奇妙な動きを繰り返した。ますます首を傾げる私に、今度は手に何かを持って、くるくるまわる動作を見せつけた。
ああ。なるほどね。
禁止のキャンプ場も多いが、明後日に予約しているキャンプ場は紗奈子がSNSで見つけてくれたプライベート感が高いと人気のキャンプ場だ。度が過ぎなければ許してくれるだろう。
「おっけ。いいのがあったら買ってくるね」
カンナは「ようやく通じた」と嬉しかったのか、輝く笑顔でうんうんと頷いた。
私は財布を片手にキャンピングカーを降りると、まっすぐにフードコートに向かった。
1000円のカツカレーを食べる。流石はサービスエリア。通常の店よりも割高である。しかし、さっきのスパチャでいうとたった一回分ほどだということにふと気がついて、改めて衝撃を受ける。先ほどの二時間ほどの配信で、私はカツカレーをいったい何皿頼めるのだろう。金銭感覚がおかしくなりそうだ。
食後は売店に向かう。
大きいサービスエリアは売店が充実している。
お。地ビールがある。たまには飲むのも悪くないな。そういえばここで売っている地ビールはどれも美味しいって話題になってたか。ありだなあ。
私は明後日のキャンプを想像しながら売店を物色する。このあれこれ考えながら準備する時間が一番楽しいかもしれない。特に最近はキャンプ当日が惨劇と化すことが多いので尚更だ。
ご当地カレールーなどを買うのも悪くないな。いや、カレーはさっき食べたか。でも、カレーだけは何日連続でも行けるタイプなんだよな、私。
しかし、今日の私のお目当ては別にある。最近始めたSNS。そこでやたら拡散されていたのを見てから、絶対チェックしようと心に決めていたのだ。おそらく冷凍コーナーにあるはずだ。
そんなことを考えながらぶらぶらしていると、ようやく見つけた。冷凍コーナーの大部分が肉屋さんの区画になっている。ご当地焼き肉キャンペーンと銘打って、焼き肉用の肉が冷凍で所狭しと並べられていた。
カルビ、ハラミ、モモ、ホルモンなどの様々な部位がパッキングされ冷凍されている。
これは・・・・・・素晴らしい。
とりあえずキャンピングカーの冷凍庫に入れておき、明日のうちに冷蔵庫に移しておけば、明後日のキャンプ時には良い感じに解凍されているだろう。
だが、問題は値段である。やはり肉は高いのだ。普段なら引きつけられながらも結局、金額がネックとなって、最後には買わない選択をするのが常だった。
だが、今日はふと、先ほどの配信を思い出した。
たしかスパチャで『焼き肉食べてください 「からあげ大好き」(5000円)』ていうのがあったな。
せっかくのご厚意だ。無下には出来まい。
なんとタイミングがいいんだ。これは神託であろう。「斉藤ナツよ。明後日は焼き肉と地ビールで乾杯するのです」そう神からのお告げだ。
私は一人ほくそ笑んだ。
よし。明後日は焼き肉キャンプだ。
私はそう決めると、ふっきれた。買い物カゴに欲望のままに肉を入れていく。一パック一パックそれなりの値段がするようだったが、5000円もいただいたのだ。大丈夫大丈夫。
特に苦労もなく手に入れた臨時収入で気が大きくなった私は、結局ほぼ全種類の肉をカゴに詰め込んだ。ありがとうございます。からあげ大好きさん。
その後、重くなったカゴをカートに載せ、ガラガラとお酒コーナーに押していく。さっき目をつけた地ビールもどんどんカゴに投げ入れた。だって、『ビール代 「最強シングル」(1500円)』もあったしね。ありがとうございます。最強シングルさん。
おっとデザートも忘れてはいけない。デザート代のスパチャもあったもんね。お土産用のコーナーで、冷凍の高級そうなチョコレートケーキを値段も見ずにカゴに放り込む。
レジに向かう前に、CDコーナーに寄り、盛り上がりそうな曲を適当に見繕い、あふれかけたカゴの上にぽんと乗せる。
さあ、明後日は超豪華一人焼き肉キャンプだ。スパチャのみんな、ありがとう!
意気揚々とレジに乗り込み、会計を済ます。
店員が笑顔で言った。
「お買い上げありがとうございます。二万四百円になります」
「にま!?」
私は財布を取り落としそうになった。
悪銭身につかず。本当に良く出来た言葉である。




