【第5章】 高原キャンプ編 10
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陽が沈み始めた。
キャンプ場は昼間の喧噪が嘘のように閑散とし始めた。デイキャンプに来ていたお客は皆テントを畳み、車に積み込み始めている。
リフトを動かす従業員が「間もなく本日の運行を終了しまーす。お乗りになる方、いらっしゃいませんかー」とキャンプ場に声をかけに来た。
ランダルが「ご苦労様」と声をかける。付き合いが長いのか、若い従業員も笑顔でランダルに笑いかけた。
「ハンバーガー、大人気じゃないすか」
「君たちが次から次へとお客さんを運んでくれたからね。往復で1000円だっけ。そっちも儲かったんじゃない」
「やっぱりスキーシーズンには届きませんすけどね」
ランダルは「そうかいそうかい」と笑った。
「明日の運行も十時からだね。よろしく!」
「はい。こちらこそ。お互い儲けましょう」
従業員は手を振ってリフトに戻っていった。その途中で金髪眼鏡の青年に話しかけられ、しばらく談笑していた。ノブだ。知り合いらしい。みんな地元仲間という訳か。
彼がノブと別れてリフトに戻ってからさらに30分ほどで、ガタンとリフトが停止する音が聞こえた。
「ボス。ちょっとだけ、夕日を撮りに行ってもいいすか?」
高原の夕日は息をのむ美しさだった。
ランダルと私はハンバーガーショップの片付けを終え、今度はBBQの準備に移っていた。本日唯一の泊まり客である美亜達一行が夕食プランを申し込んでいたらしい。
私の頼みに、ランダルは笑顔で親指を立てた。
「でも、なるべく早く戻ってきてね」
「さんくす。ボス」
私はハンターカブに乗り込むと、広場を抜け、シン達のテントを通り抜けて少しの場所にバイクを停めた。
バイクを草原のど真ん中に置いて、夕日をバックに一枚。私は一眼レフを構えながらにやついた。膝をついたり、半分寝そべったりして、角度を変えながらパシャパシャとシャッターを切る。いいねえ。最高だ。
「撮りましょうか?」
気がつくと、背後に委員長が立っていた。テントから私の姿が見えてわざわざ来てくれたらしい。
「バイクと一緒に撮りますよ」
笑顔の委員長にどう返したものか少し逡巡する。
別に私はバイクの写真を撮りたいのであって、自分を撮りたいわけではない。しかし、折角の好意を無下に断るのも悪い気がした。
それによく考えれば、私は自分の写真をほとんど持っていない。確か美音はSNSのアイコンに自分の旅先の写真などを使っていた。紗奈子は息子の未来くんとのツーショットの画像だったはず。対して私は、今は無きミニクーパの写真をいまだに使っている。
前に進む時なのかもしれない。
自分の写真など気恥ずかしいと思っていたが、美音や紗奈子のアイコンにちょっとした憧れがなかったと言えば嘘になる。ここは夕日をバックに新しい相棒のカブを得た自分をかっこよく映し出すのも良いのではないか。上手く撮れればアイコン画像にしよう。
「お願いします」
私はカメラを渡すと、バイクのシートに腰掛けた。
「はい、チーズ」と委員長が一眼レフを構える。笑顔の作るべきか迷ったが、結局真顔で見つめることにした。パシャリ。
「いいですね。カウボーイハットがかっこいい」
そう言われて、自分がまだカウボーイハットと赤いエプロンを着けていたことに気がつく。嫌だ。これは恥ずかしい。
私は「ちょっと待って」と委員長のところに駆け寄ると、急いでカウボーイハットを脱ぎ、エプロンの後ろの紐に手を回した。
「え、脱いじゃうんですか。似合ってるのに」
委員長は残念そうに言うが、私はこんな馬鹿らしい姿をアイコン画像にする気は無かった。しかし、エプロンの紐がやけに固い。もぞもぞしているうちに太陽が山間に消えようとしていた。まずい。シャッターチャンスが。
「手伝いましょうか」
「お願い」
私は委員長に背中を向けた。委員長の細い指が絡まった紐をほぐしていく。
「とけました」という委員長の声に、私は勢いよくエプロンを背中から抜き取った。
そのエプロンの生地の一部が、腰の拳銃に引っかかっていたとも知らず。
重い物が地面に落ちた鈍い音がした。
「あ」
「え?」
私はその音で全てを察した。だが、とっさに動けなかった。一瞬の間を置いて、ゆっくり振り向く。
新聞紙の包みは予想通り地面に落ちていた。そして運の悪いことに、地面はちょっとした傾斜になっており、新聞紙からその重い中身だけが滑り落ちて委員長のつま先で止まっていた。
むき出しになったリボルバー拳銃を、委員長は目を丸くして見つめている。
切羽詰まったとき、人は逆に冷静になることがあるという。私はその心境が理解できる気がした。
ゆっくりと膝を曲げ、私はリボルバーを拾い上げた。そして「ふう」と息を吐いて、腰の後ろに刺し直す。新聞紙は拾って丸めてポケットにねじ込んだ。
「ナツさん・・・・・えっとそれ」
委員長は目を見開いたまま私の顔を見つめた。
さあ、どう返そう。「コスプレだよ」で誤魔化すか、「拾ったんだよね」と乗り切るか、それとも「キャンピングカーを漁ったら出てきたんだ」と正直に話すか。
考えろ。考えるんだ。斉藤ナツ。
「ナツさん、それ、拳銃ですよね」
私は考えに考えたあげく、はっきりと言った。
「なんのこと?」
堂々と、シラを切った。
人は土壇場になると、急に全てが面倒臭くなることがあるのだ。
「え、いや、今、腰の後ろに差し込んだ・・・・・・」
「ごめん。なんのことかマジでわからない」
委員長が口をぽかんと開ける。それはこっちのセリフだとでも言いたいところだろう。そりゃそうだ。
だが、一度これで行くと決めたからには、この方法でゴリ押すしかない。
「写真、ありがと。カメラ、返してくれる?」
委員長は狐につままれたような顔で一眼レフを差し出した。私はそれを笑顔で受け取り、エプロンとカウボーイハットを再び身につける。
「じゃあ、私、BBQの準備しなくちゃだから」
私は颯爽とバイクに飛び乗り、管理棟へと走り出した。
サイドミラーには、沈みかけた夕日をバックに呆然と立ちつくす委員長の姿が映っていた。
「すんません。そろそろ来るはずなんすけど」
そう言ってノブは謝りながらスマホを耳に当てる。
BBQの予約は6人分されていたらしい。美亜、委員長、ノブ、シンの4人に加え、もう二人、夜から遅れて参加予定だったそうだ。しかし、その二人が約束の時間になってもやってこない。連絡もつかないらしかった。
「ダメだ。シロマのやつ、出ねえ」
ノブが舌打ちする。
「アッコも既読すらつかないよ」と委員長。
「困りましたね」とランダルがため息をつく。
キャンプ場は陽が完全に落ち、真っ暗になっていた。キャンピングカー周りだけ、ランダルのランタンがいくつもつるされることでライトアップされている。デイキャンプ利用者や登山客は全員下山し、高原に残っているのは美亜達4人とランダルと私だけだ。
「炭を入れてしまいましたから。そろそろ食べ始めないと」
ランダルは用意した二つのBBQコンロと、テーブルに並べられた肉やソーセージに目をやった。実に豪華だった。もちろん肉だけではなく野菜も各種そろっているし、塊チーズにマシュマロまで用意されている。
「もう、食べ始めちゃおうよ。来ない方が悪いよ」と美亜。お腹が減ったらしく、さっきからじっと肉を見ている。
その美亜を、キャンピングカーのそばからじっと見つめている瞳があった。カンナだ。
ランダルの言葉を思い出す。
『うちのカンナもね、もし生きてたら、あの子たちと同い年だったはずなんだよ』
自分と同年代の生きている女の子。そりゃ、気になるよな。
ちなみに、私はというと、彼らの会話を片耳で聞きながらトングでコンロの中の炭をいじっていた。炭に火が完全に回り、ピンク色に発光している。たしかに焼き始めるのは今が火力的にベストタイミングだ。
「でもよ、6人分あるんだぜ。食い切れねえよ」
ノブがぼやいた。確かに、ランダルの用意した量はたとえ6人でも多いくらいだった。
「じゃあよ。スタッフさんにも食ってもらったらいいじゃねえか。ランダルさんとナツさんによ」
それがシンの声だったので、私は意外に思って顔を上げた。シンはポケットに手を突っ込んで並べられた肉を無表情に見ていた。彼は私を嫌っているので、そんな食事に誘うようなことを言ってくるとは。どういう心境の変化だろう。
私の視線に気づいたシンが、私を睨み付ける。
「んだよ。食えねえっていうのかよ」
やっぱり肩を組んで笑顔で乾杯とはならないようだ。
私はボスに視線を送った。ランダルは「いいのですか?」と美亜を見る。
「賛成! みんなでワイワイやった方が絶対楽しいよ! シン、いいこと言うじゃん!」
彼は「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。相変わらずタバコを吸っていたが、もうキャンプ場に子どもはいないので咎める筋合いもない。
「では、サマーくん! 私たちもご相伴にあずからせてもらおうか!」
ランダルはパンと手を鳴らし、足下の大きなクーラーボックスを開けた。氷水につけられた瓶と缶の飲み物が大量に現れる。
「では、乾杯といきましょう!」
皆が思い思いの飲み物を手にする。美亜は真っ先にコロナビールの瓶に飛びつき、ノブはハイネケンビール、委員長はチューハイ。意外なことにシンはジンジャーエールの瓶をとった。ああ見えて、酒は苦手なのか。
ランダルはノンアルコールビールを取った。仕事中だとわきまえているのだろう。私も習ってドクターペッパーの缶を取る。
ノブがテントからワイヤレススピーカーを持ち出してきた。クラブミュージックを再生する。
すでに赤ら顔の美亜が叫ぶ。
「では、この出会いを記念して、いわって・・・・・・しゅくして? とりあえず盛り上がりましょー! かんぱい!」
次話は今夜に投稿予定です。
よろしくお願いいたします。




