【第5章】 高原キャンプ編 8
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ハンバーガーショップ・ウエスタンの盛況は昼過ぎをピークに一旦落ち着きを見せ始めた。
「まずはバンズにバターを塗って、少しだけ鉄板で焼く。少しだけだよ。焦げ目がつくか付かないかぐらいで」
「いえす。ボス」
そんな中、私はハンバーガー作りに挑戦させられていた。
「よし。じゃあ、一旦、お皿に移そう。バンズの底にソースを塗るよ。これが接着剤代わりになるからね。次にレタスとトマトだ。肉の下に野菜を敷くことで、必要以上に肉汁がバンズに染みるのを防いでくれる」
私は「なるほど」と答えながらバンズに野菜を載せた。
「さあ。お待ちかね。ハンバーグだ。牛100パーセント。粗挽きと細挽きを混ぜ合わせてるから食感が豊かで食べ応え抜群だ。そしてこれにチーズをいやというほど載せる」
鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てるハンバーグに、ランダルはスライスチーズを三枚載せた。
「チーズにはこだわっていてね。知り合いの牧場から直接買っているんだ」
そう言われて、私はチーズが入っていた空箱を手に取った。確かに大手のメーカーではないようだ。独自ブランドというやつだろう。牧場の名前がわりにイラストが添えられていた。牛の頭から胸の絵と、その首にかかった大きな鈴のイラストだ。牛といえば首に掛かっているのは西洋のベルのイメージだが、この絵では丸い形状の鈴なのが面白かった。まるでドラえもんのようだ。
「ほら。溶ける様が美しいだろう」
鉄板に目を戻すと、ハンバーグの上に載せられたチーズがみるみるうちに溶けていき、分厚いハンバーグをすっぽりと包み込んだ。
「そこをすかさずバンズに載せる!」
私はフライ返しを肉と鉄板の間に差し込み、「ほっ」と肉を持ち上げた。先ほど用意したバンズと野菜の上に載せる。チーズが流れ落ち、下のトマトまで白く覆われていく。
「うまいぞサマーくん! あとは焼いたベーコンとピクルスを載せてバンズを被せて完成だ!」
私は言われたとおりに残りを載せ、完成したハンバーグを横から見た。実に美味しそうである。初めてにしては上出来なのではなかろうか。
「よし。記念すべき一個目のバーガーは自分で味わい給え。遅くなったがお昼休憩だ。よく働いてくれたから、一時間ぐらい自由にするといい。ジュースも一本もっていきなさい」
「ポテトは?」
「好きなだけ!」
「さんくす。ボス」
私は自作のバーガーとポテトを一袋、あとドクターペッパーの缶一つを紙袋に詰めた。
さあ。どこで食べようか。
そこで思いついた。そうだ。キャンピングカーの中で食べる体にして、隙を見て拳銃を棚にもどそう。
私は名案を思いついたつもりで意気揚々とキャンピングカーに向かった。しかし、その動きにめざとく気がついたランダルは言った。
「すまないサマーくん! ハンバーガーはどうしてもこぼれやすいのでな。出来れば外で食べてくれ!」
「・・・・・・いえす。ボス」
やけにガードが堅い。もしかしたら、先ほどのカニさん歩きなどの不審な動きで警戒されているのかも知れない。
私は渋々とキャンピングカーの裏に回った。出来れば自分のキャンプサイトで食べたかったが、また変に写真に撮られるのもごめんだ。
それに、キャンピングカーの裏手にはハンターカブを停めていた。シートの上に腰掛けて食べよう。愛車のカブの上で食べるハンバーガーも乙ではないか。
そう考えると自然と表情が緩んだ。軽い足取りでキャンピングカーの裏に回る。
そこで私は立ち止まった。
愛車のハンターカブのシートの上にすでに座っている先客がいた。
セーラー服の少女。カンナだ。
彼女は私の姿を見ると、慌ててシートから降り、ばつ悪そうに頭を下げた。
「いいよ。座っときなよ。その代わり、後部にずれて」
カンナは顔をほころばすと二人乗り用のタンデムシートの方に座り直した。スカートから覗く両足を揃え、キャンピングカーに背を向ける形だ。そして、空いたシートを手でぽんぽんと叩く。「早く座って」という意味だろう。
私はカンナと横並びになる形でバイクに腰掛けた。実際に二人してこんな座り方をしたらバイクが転倒する危険があるが、カンナの方は実体がないから多分大丈夫だろう。それに私は駐車時の安定性向上のためにサイドスタンドを追加で取り付けている。私一人の体重なら危なげなく支えてくれた。
私とカンナはまるで横並びのベンチに腰掛けているような形になった。
「・・・・・・さっきはありがとね」
私はハンバーガーの包みを開けながら言った。カンナはきょとんとした顔を私に向ける。
「エンジンかけて、ボスの気をそらしてくれたでしょ。助かったわ」
カンナはにっこり微笑むと、左の掌の上で、右の手を縦にトントンとした。まな板と包丁。ああ。トマトの切り方を伝えたお礼だと言いたいのだろう。そこで再びカンナは親指を立てる。はいはい。グッジョブね。
ここに来て確信する。この子は喋れないのだ。
これまで出会ってきた幽霊にはさまざまなタイプがいた。中には意思疎通が出来る死者と出会うこともあった。それこそ林間キャンプで出会った岸本あかりとは焚き火を挟んで長時間語らったものだ。だが、そうでないケースも多い。湖畔キャンプで道案内をしてくれた少女は一言もしゃべらなかったし、雪中キャンプのレイジは死の直前までの行動をひたすら繰り返していただけだった。
そう考えると、あかりや、先日出会った正樹などのまともに会話が出来るパターンは珍しいと言える。
そして、カンナである。この子は意思疎通はバッチリできるが、どうやら声が出せないらしい。幽霊になる過程でなぜかそうなってしまったのか。それとも生前からそうなのか。確かめようがない。まさかランダルに聞くわけにもいかないしな。
私は「なんにしても、ありがと」と呟き、ハンバーガーにかぶりついた。
そして目を丸くする。なんだこれ。めちゃくちゃ旨いじゃないか。
ハンバーグの舌触りやあふれる肉汁もさることながら、濃厚なチーズがたまらない。さらにトマトとレタスが挟まっていることによって変にこってりし過ぎない。無限にいけそうだ。ランダルが調合していた特性ソースも相性抜群である。こんなの食べたら、もう他の店のハンバーガー食べれないぞ。
「カンナ。超うまいね。これ」
口いっぱいに頬張りながらカンナを見ると、彼女は嬉しそうに大きく頷いた。そしてハンバーガーを指さし、自分の顎を人差し指と親指でつまむような仕草をする。手話だ。私は大学の選択授業で手話を学んだことがある。何年も前のことなので代表的な手話しかもう覚えていないが、今の動作には覚えがあった。確か「好き」という意味だったはず。つまり、「わたしもそれ好き」と言いたいのだろう。
「だろうね」と私が返すと、意味が通じて嬉しかったのか、カンナは座ったまま身体を揺らした。しかし、その動作に反してバイクの車体はぴくりともしない。
この子、物理的な影響を与えられるわけではないのか。
先ほど、この子は車のエンジンをかけた。つまりキーを捻るぐらいの力は出せるのかと思ったのだが。
「カンナ。お手」
そう言って掌をカンナの鼻先に突き出してみる。カンナは怪訝な顔をしながらも、私の掌に自分の掌を重ねた。
何も感じない。というか、勢い余ってすり抜けた。
「あんた、どうやってエンジンかけたの。これじゃキー、触れないでしょ」
カンナは「どう言ったらいいんだろう」みたいな思案顔をしたあと、まず、キャンピングカーの車体を指さした。それからその指を自分の胸に向ける。そしてもう一度キャンピングカーに人差し指を突き立てた。
なんとなく、理解した。
「キャンピングカーは私。私はキャンピングカー」という意味だろう。
キャンピングカーと一体化しているイメージなのか。
つまり、彼女は実体化して「指でキーをつまみ、捻った」訳ではない。まるでまぶたを上げたり、口を開いたりするように「エンジンをかける」という動作をしたのだ。自分の身体の一部として。
まるで付喪神のようだ。いや、あれは物自体が意志を持つ妖怪だっけ? カンナはもともとは幽霊だろうから、また違うのだろう。物に意志が宿ったのではなく、物に取り憑いたの方が近いのかもしれない。
死者の世界にも、まだまだ知らないことが多いな。
いや、別に知りたいわけじゃないけど。
もぐもぐと口を動かしていると、あっという間にハンバーガーはなくなってしまった。最後の口の中身を飲み下すと、少し喉につまった。大口で食べ過ぎたようだ。慌ててドクターペッパーの缶を開けて、呷る。ごくごくと喉に流し込み、「ぷはー」と息を吐いた。
その飲みっぷりが可笑しかったのか、カンナは隣でクスクス笑った。
私はポテトをつまみながら、缶ジュースを傾ける。そして、おもむろに聞いた。
「・・・・・・あんたのパパ、なんで銃なんて持ってるの」
カンナの表情が固まり、そして私から目をそらし、地面を見つめた。しばらくその整った色白の横顔を見つめたが、返答する気は無いようだ。
「まあ、答えたくないならいいわ。どっかのタイミングで戻しておく」
誰にだって人に言えない事情の一つや二つ、あるものだ。
カンナがバイクからすっと降りた。私の前に立つ。何事かと顔を上げる私に、手話を交えたジェスチャーをする。私の腰を指さして、それから拳を握る。
手話は基本的なものしか知らないが、その動きと表情から、意味は推測できた。
「それはあなたが持っていて」と言っている。
「嫌だよ。こんな物騒なもの」
カンナは片目をつぶり、顔の前で両手を合わせた。これは「そこをどうにか」だろう。
「どうにもならないよ」
カンナが上目遣いで見てくる。
「そんな目をしてもだめ」
カンナは音もなくため息をついた。その場にしゃがみ込む。だがまあ、ダメ元だったのだろう。そこまで落ち込んだ様子はなく、私のつまむポテトを物欲しそうに眺め始めた。まあ、幽霊は食べれないだろうからな。
ポテトを食べ終わり、ドクターペッパーを飲み干した私は立ち上がった。腕時計を見る。まだ休憩時間は十分にあった。軽くツーリングでもしよう。
バイクにまたがる。
「後ろ、乗りなよ」
そう声をかけると、カンナは寂しそうに首を横に振った。そしてキャンピングカーを指さす。
キャンピングカーを離れられないのか。一体化しているとは本当らしい。
「そっか」と私が返すと、彼女は微笑んだ。
「じゃあ、またあとで」
私はバイクにキーを差し込みエンジンをかけた。アクセルひねり、バイクを発進させた。
カンナはキャンピングカーにもたれ、小さく手を振っていた。
次話は明日の朝、投稿します。
よろしくお願いいたします。




