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交渉しましょう

 



「お待たせしました」


 本から顔を上げ、こちらを見たレイシアに早速手の中のものを見せた。


「こういう宝石はお好きではありませんか?」

「……なるほど。手にとっても?」

「もちろん、構いません」


 一言断りを入れてから、レイシアは魔石を摘み丁寧に見ていく。

 魔術関連となると、礼儀作法というものをしっかりとさせてくる辺り、本当に侮れない子どもだ。

 いや、今更子どもだなんて可愛いものだと思う気にもならないが。

 恐らく、私を交渉対象として見ることにしたんじゃないかと思う。魔石を見るレイシアの真剣な目を見て、ますます彼に師事を仰ぎたい気持ちが強くなった。

 きっと彼は魔術が好きだ。そして私はその魔術に強く興味を惹かれている。


「これはどこで手に入れたんだ?」

「お父様から頂いたものですから、産地はわかりませんわ」


 そうか、と残念そうに呟く彼に、私は自分の勘違いに気付く。

 私は宝石の産地を聞かれたのだと思ったが、彼は魔石の産地を聞いたのではないだろうか。だとしたら、宝石の産地など意味がない。何故なら私が宝石を魔石に変えたのだから。


「レイシア様はそれが何かわかりますか?」

「魔石だろう」


 当然のごとく返答する。

 やはり、彼は魔術に精通している。これほど微力な魔石を宝石と間違えずに魔石といい切るところが。ただ、彼は頭の回転が大変良さそうなので、会話の流れでそういうものが出てくるのだと予測したのかもしれない。


「この魔石をどう思いますか?」

「……風の魔力が込められているな。微弱だが、宝石自体も質が高い。なかなか良い魔石だ」


 私の魔石が褒められた!!

 初めて魔石を作った時よりも、レイシアに褒められたことの方が喜びが大きい。

 嬉しい、そんな思いから私は口元が緩む。


「ありがとうございます」


 私の言葉にレイシアは不思議そうな顔をしたが、すぐに魔石に視線を戻した。

 というより、やはりこの人、かなり良い感覚を持っている。風の魔力が込められていることに気付いたことも、この微弱な魔力を感じ取ったことも。


「ただ、普通の魔石とは違うな」


 ぽつり、と紡がれた言葉にどきりとする。


「違う、とは?」

「言葉では言い表せ辛いが、俺が見てきた魔石と何かが違う。以前、こんな魔石を見たことがあったような気もするが……」


 ふむ、と考え込むレイシアに私はもう言ってしまってもいいんじゃないかと思う。

 そもそも、この人どれだけの魔石を見てきたのだろう。まだ7歳よね?普通そんな経験ある?

 そして、私は閃いた。これを交渉材料にしてしまおうと。


「レイシア様、よくお分かりになりましたね。普通の方ではこの宝石を魔石と気付くことも、風の魔力を微弱ながらも込められていることもわからないでしょう」


 レイシアがこちらへと視線を向ける。視線を交差させながら、私は続ける。


「そして、この魔石が普通とは違うことも」


 レイシアは無表情で、あまり感情を読むことは出来ない。それでも耳を傾けてくれていることが、興味を示している証拠だ。


「私はこの魔石が何故他の魔石と違うのか、その理由を知っています」


 レイシアはじっとこちらを見ていた。嘘をついているか見定めているようだった。


「その理由は、レイシア様が私に魔法を教えてくれましたら、お教えしますわ」


 にっこり。

 そんな笑顔が通じる相手ではないことはわかっているが、こういう時に必要なのは余裕を見せることだ。

 レイシアはじっと魔石を見つめ、目を閉じた。それは数秒だけであったが、きっと色々と考えていたのだと思う。この数秒だけでどんなことを考えたのだろう、と思うと天才の思考など考えるだけ無駄だ。というかどんな考えを巡らせたのかと思うと怖い。


「いいだろう。お前に魔法を教えてやる」


 よし!言質はとったぞ!

 私は心の中で、ガッツポーズをした。

 相変わらずクソ生意気だが、そんなことはもう気にしない。

 これで私の生存率アップ&バッドエンド回避だ!


 

 そんなことを思った時期もありました。

 ええ、今ではあの時の私は可哀想なアホな子だと思います。

 え、何故かって?そりゃあ決まってます。


「絶望的だな」


 小さな溜め息と共に漏れた呟きを耳にし、私の心臓はグサリと言葉の矢が刺さる。


 魔法が全くと言っていい程使えない。

 何故だ。


 あれから何度かレイシアは私の元へと訪れた。

 別にレイシア自ら来ようと思ったわけではなく、元々婚約者として仲良くなるための機会を与えられていたのだろう。

 そんな中、最初の約束通り私はレイシアに魔法を教わっていたのだが。


「何故、魔法が使えないのでしょうか」


 情けない声で、そんな問いかけをレイシアにしてしまう。

 確かにリラネイアは魔法が得意ではないとゲームの設定ではされていた。だが、まさか全く魔法が使えないとは思わないじゃないか。


「……可能性が一つある」

「何ですか、それは!?」


 俯いていた顔をがばりと上げてレイシアを見つめる。

 レイシアはとても真剣な表情で此方を見据えた。


「精霊の影響かもしれない」


 私はぽかん、とレイシアを見た。

 精霊?精霊って絵本とかでよく出てくるあの?

 私は、その理由はどうなんだろうかと首を傾げた。

 ゲームの中では精霊の存在が出てくることはなかった。

 この世界では絵本に登場することがあっても、それが実在しているのかは定かでない。

 だから私は勝手に精霊の類は存在しないものだと思っていた。


「わざわざ俺が教えているにも関わらず、全く魔法が使えないのはおかしいし、見ている限りでは魔力の動きがあることもわかるのに使えないこと自体不思議だ」


 眉間に皺を寄せ、見解を述べるレイシアに、「精霊……」とぼんやりと呟く。


 なにそれ、素敵。


「精霊って視えるものですか?」

「まあ、彼らに認められたらな」


 精霊か。

 ふと、昨日の夜に見たものを思い出す。





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