47.ピクニック日和
(ああ、想像したらアッシュを撫でたくなってきた! そういえば、今朝は撫でてなかったもの!)
完全にアッシュ不足だ。
「ありがとうございます。なんだか、元気が出ました」
「そうか。これからも君のやりたいようにやればいい。それがアッシュにとっての正解だ」
「そんなこと言ってたら、間違った方向に暴走しちゃうかもしれませんよ?」
「そのときは私がいる」
(そうだよね。私は一人じゃないんだ)
子どもを育てたことのないシャルロッテにとって、毎日が悩みの連続だった。
できることはただ、愛情を与えることだけ。
それが正解かなんてわからない。
でも、そうするしかなかった。何より、アッシュは愛らしくて愛情を与える以外の選択はなかったのだ。
けれど、ときどき立ち止まってふと思うことがある。これでいいのだろうか?と。
昨日の対応もそうだ。
もっといい方法があったのではないのかと思ってしまう。
「私が暴走して悪いママになったら止めてくれますか?」
「ああ。だから、やりたいようにやれ」
「はい!」
シャルロッテは満面の笑みを浮かべる。
カタルと話していたら不思議と悩みは飛んでいった。
「カタル様のおかげで、悩みが吹っ飛びました」
「私は何もしていない」
カタルはふいっと顔を背けた。
何を考えているかわからない横顔。けれど、怒っている感じではなさそうだ。
照れているのだろうか。
からかうと本当に怒られてしまいそうだから、黙っていることにした。
「お仕事中にありがとうございました」
「いいや。いつでも来ればいい。アッシュのことは最優先事項だ」
シャルロッテは目を細めて笑う。
「はい。そうさせていただきます」
シャルロッテはカタルの執務室を出ると、肩を揺らして笑った。
(いつの間にかパパの顔になったなぁ)
カタルとアッシュのぎこちない関係を、もどかしく思っていた時期があった。
しかし、今ではそれすら感じない。
今の彼は息子思いのいい父親だ。
シャルロッテは窓の外を見る。
(いい天気だしピクニック日和だぁ)
シャルロッテは獣人ではないから、獣人の気持ちはわからない。
アッシュの苦悩もわかってあげられないのではないかと、悩んでいた。
けれど、悩みは人それぞれ違う。
獣人であるカタルやオリバーだって、アッシュの悩みを完全にわかるわけではない。
アッシュの悩みはアッシュにしかわからないのだ。
(よし!)
シャルロッテは調理場に向かった。
◇◆◇
別邸にある庭園の木陰に、シャルロッテは大きな敷物を敷いた。
「アッシュ、いい天気だよ」
「うん」
「ピクニック日和だね」
外の空気を吸ったら元気がでるかと思ったが、あまり効果はないようだ。
シャルロッテはオリバーにお願いして、今日の授業を早く切り上げてもらった。
オリバーもアッシュの様子を見て、それがいいと思ったのだろう。二つ返事で了承してくれた。
シャルロッテは持ってきた果物やお菓子を入れたバスケットを置いて、敷物の上にごろりと転がる。
子どものころはよく弟と一緒に、こうして転がっていたような記憶がある。
暖かな日差し、青い空、白い雲。
アッシュはおずおずとシャルロッテの横に座った。
いつもの元気はない。
小さな胸の中でいろいろ考えているのだろう。
「アッシュも一緒に寝っ転がろう。気持ちいよ」
「……うん」
アッシュは力なく言うと、シャルロッテの隣に寝っ転がる。
シャルロッテはアッシュの頭を撫でた。
アッシュは目を細めて受け入れる。嬉しいけれど、それを顔には出せない。そんな顔で。
「やっぱり、アッシュは可愛いね〜。一緒にいるだけで幸せになれるよ〜」
ギュッと抱きしめる。
落ち込んでいるときは抱擁が一番だ。これはシャルロッテの経験からくるものだった。
幼いころから落ち込んでいるときは、母の抱擁が一番の薬だったような気がする。
なぜかスーッと悩みが消えていく。
これは狼獣人も人間も変わらないと思う。
アッシュは最初、しどろもどろとしていたが、すぐに抱擁を受け入れシャルロッテの胸に顔を埋める。
しばらくの沈黙が続いたのち、アッシュがポツリと呟いた。
「ごめなさい……」
「どうして謝るの?」
「ぼく、失敗しちゃった」
アッシュは眉尻をこれでもかというほど下げた。
シャルロッテは声を上げて笑う。
「あんなの失敗のうちに入らないよ」
「おみみ、だめ、でしょ?」
「うん。みんなには秘密だね」
オリバーの授業でアッシュは皇族のことをたくさん知った。
ニカーナ帝国には人間しかいないこと。そして、皇族は人間のふりをしているおおかみ獣人であること。
それを知られてはいけないことも。
皇族が持つ秘密の重みを感じているのだろう。
「でも、誰にもバレてないよ。ママが隠したでしょう?」
「うん」
「ママが側にいれば大丈夫だよ。だって、ママはアッシュのことなんでも知っているもの」
シャルロッテはアッシュの頭を撫でる。
アッシュはシャルロッテの服を握りしめる。
「ぼく、もっとがんばる」




