208話 戦士は狐耳奴隷にプロポーズする
見送るのは騎士を連れたソアラ。
「まだ怒っているのですか」
「当たり前だろ。魔王だぞ。魔王。俺は普通の戦士なの」
「貴方の中の普通もおかしな点はいっぱいありますが、ここは素直に謝罪しておきましょう」
「引っかかる言い方だな」
俺は風呂敷でまとめた荷物を背負う。
夜明け前の薄暗い時刻。
都から三キロほど離れた場所に来ていた。
近くには高く堅牢な橋がぐねぐねと蛇のように地平線に延びている。
古代種が建造した『願望の天橋』と呼ばれる遺跡である。
ここから中央までを一直線に結ぶ近道だ。
これから俺達はセイン討伐に向かう。
先にネイに会いに行くべきとも考えたが、安否は確認されているのでセインを始末することを優先させることにしたのだ。
行き先は大陸の中心『イグジット遺跡』。
どうやらセインはそこを住処にしているらしい。
同行者はピオーネ率いる選りすぐった三十人の兵。
それからナンバラとタキギだ。
「本当に良かったの。将軍のボクを送り出して」
「彼らをよく知る者が必要でしたから。こちらにはイザベラもいますし他の将軍も健在です。いざとなれば陛下もいますし、信者による総攻撃も可能ですから」
「こわいよソアラ! 世界を滅ぼすつもりなの!?」
「大げさですよ。そのような手もある、と申したかっただけです」
青くなったピオーネがガクガク震える。
俺はカエデとフラウに目をやる。
同じように風呂敷を背負った二人は、決意に満ちた顔をしていた。
「とうとう中央に行くのですね。緊張します」
「セインの始末もだけど、旅の目的だった主様のお母さんの秘密がようやく判明すると思うとドキドキするわ。この長かった旅もあと少しで終わると思うと寂しくなるわね」
「ですが、あの魔物と化した元勇者を倒せるでしょうか。奥の手を伏せていたとは言え、こちらの攻撃をことごとく無効化したことを忘れてはいけません。経験値やスキルを吸収するという触手にも十二分に警戒が必要です」
カエデの言う通りだ。
今のセインは以前とは段違いの力を手に入れている。
ここで討たなければより危険な存在となることは想像に難くない。
「この橋をまっすぐ行けば遺跡へ着くそうです。道中お気を付けて。神のご加護があらんことを……なぜ身構えているのですか?」
「いや、叩かれるのかなと」
「うふふふ、聖女と呼ばれる私がそんなことするはずないでしょう」
ソアラも成長したってことか?
ま、ここには人の目もあるし、いきなりぶったたくなんてするわけないか――と思わせておいて実は!?
再び身構える。
だが、ビンタが来ない。馬鹿な。
「準備ができ次第、私もセインの最後を見届けに行きます」
「おお」
「……なんですかその顔は?」
拍子抜けしつつ俺達は旅立つ。
馬車の荷台ではすでにナンバラとタキギが二度寝していた。
カエデとフラウも荷台に乗り込み、最後に俺も乗り込む。
ごとごと幌馬車が走り出した。
◇
幌馬車はひたすら長い一本道を行く。
すれ違う者もいない。
この橋を使用するのは遺跡に用がある者かその近くに限られ、一度橋に乗るとその高さから簡単には降りられない。どうやって作ったのか橋脚は非常に高く、地上から五十メートルから百メートルのところを風に煽られながら進む。
「……暇じゃん」
「暇よね」
タキギとフラウがだらっとして外の景色を眺める。
カエデはうつらうつらと俺に寄りかかり、ナンバラは布で愛用の武具をご機嫌な様子で拭いていた。
暇だ。本当にやることがない。
魔物でも出てくれれば張り合いもあるのだが、今のところ非常に安全で快適な旅となっている。橋が高すぎるせいだろう。せいぜい気をつけるのは飛行型の魔物くらい。
「この辺りで休憩しよう」
ピオーネの指示により馬車が停まる。
「こんな光景が見られるとは思ってなかったよ」
「そうですね」
橋から生い茂った森を見下ろす。
地上では魔物の鳴き声が響き鳥の群れが飛び立っていた。
突き出た岩山と木々に埋もれる巨剣に巨大な鎧、それから馬鹿でかい人の形をした骨。近くにはロズウェルの仲間だと思われるゴーレムが数体倒れていた。
あんなのが闊歩していたなんて想像できないな。
「旅が終わったらどうする」
「これまで通りご主人様と共にあります」
嬉しい言葉に顔が緩む。
ラストリア王には一年くらいと伝えられたが、充分な成果があれば切り上げてもいいと事前に伝えられている。調査団はビッグスギアの全面協力を受け、俺も各国に名を売り多くの知り合いもできた。もうほとんど達成したようなものだ。
こちらで得られた知識は島へ伝えられ、発展に大きく寄与することだろう。
残る仲間も見つけ出せたら、この旅は終わりだ。
そろそろこれからのことを考えなければ、
「それでさ、もしカエデが良かったらなんだけど……」
「はい!」
カエデが狐耳をピンと立てて尻尾を振る。
緊張した様子で、じっとこちらを見ていた。
「一緒に、暮らさないか」
「それってもしかして」
恥ずかしさに顔が熱くなる。火が噴き出しそうだ。
緊張に手が震える。足も震えてきた。
「奴隷じゃなくて対等な関係になって、毎朝挨拶して一緒に飯食って、それから、えーっと、畑仕事でも何でもいいから食い扶持稼いで、夜も同じ時間に寝る。あの、言いたいこと分かるよな?」
「はい! ご主人様のお側にずっといます!」
カエデが抱きついてくる。
俺も背中へ腕を回しほんの少し力を込めた。
プロポーズしてしまった……めちゃくちゃ恥ずかしい。
あとでソアラに怒られないかな。
もっとロマンチックな場所で伝えろよ、って胸ぐら掴まれそうで怖い。でも、この雰囲気はいい感じだと思うのだ。百点満点は無理でも、七十点はいけたんじゃないか。
「トール?」
「あるじさま?」
ハッとする。振り返るとオーガのような顔のピオーネとフラウがいた。
今にも刃物を持って飛びかかりそうな剣呑な様。
氷魔法でも使っているのかと思うほど冷気が発せられている。
「もちろんボクにも一緒に暮らそうって誘ってくれるんだよね? ん?」
「カエデだけ特別扱いは許されないのよ」
二人がじりじり詰め寄ってくる。
カエデはぽわぽわお花が飛んでいてこの状況に気づいていない。
突然、兵がざわつく。
「敵が!」
進行方向に人がいた。
そいつはフードをおろし素顔を晒した。
「見たような顔があるので挨拶に来てやったぞ」
「イオス……?」
倒したはずのイオスが微笑んでいた。






