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経験値貯蓄でのんびり傷心旅行 ~勇者と恋人に追放された戦士の無自覚ざまぁ~  作者: 徳川レモン
第四章

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141話 乙女達の受難その3


 ソアラさんが高笑いする。

 目の前にはお金の小山があった。


 総額二百三十四万ルドラ。


 複数の人達から賭けで巻き上げてできた財。


「見なさいピオーネ。これこそが神のご加護です。もちろん私のイカサ――テクニックもあっての結果ではありますが」

「今、イカサマって言おうとしたよね」

「違います。テクニックです」

「イカサマ」

「余計なことは言わなくていいのです」


 むにゅうと頬をつねられる。

 理不尽、ボクは事実を述べただけじゃないか。


 熱を持った頬をさすりつつ、改めて自室を確認する。


 土壁をくりぬいただけの簡素な小部屋。

 出入り口は布が垂らされただけで、プライベートなんてものはほぼない。


 この部屋にはボクとソアラさんの二人で暮らしていて、寝るための毛布が二つあるだけ。


 他の人達も似たような環境だ。


「ところであっちの方は上手く行ってるの?」

「順調です。見てみますか? イザベラ」

「はい」


 布を僅かにめくり顔を覗かせたのは班長だ。


 あれから彼女はソアラさんに連敗し、とうとう己を賭けてしまった。

 その結果奴隷となったのである。


 おまけに班長――イザベラさんは沢山の奴隷を持っていたこともあり、ソアラさんの傘下は三十人余りへと膨れ上がっていた。


 彼女に案内され坑道の奥へと進む。


 そこでは五人の女性が交代を行いながら、ひたすら外を目指して地面を掘り進めていた。


「ソアラ様のご指示通り、通路の各所に幻惑の古代文字を配置、数人の警備も賄賂で見回りを緩めております。開通ももう間もなくかと」

「よろしい。引き続き作業を進めなさい」

「かしこまりました」


 す、すごい、あれだけ遅々としていた脱出プランが急速に進んでいる。

 もしかしてソアラさんはこれを狙っていた?


 班長は複数の奴隷を抱え、警備の魔族とも比較的仲が良い。


 賭け事はこの状況を作り出すための手段に過ぎなかったんだ。


 見直したよソアラさん。

 これなら早くにここを出られそうだ。


 ボクはイザベラさんが言ったことに少しだけ引っかかりを覚えた。


「幻惑の古代文字って?」

「暗黒領域では文字に関しての研究はされていないのですか」

「一応専門家が調べてはいるけど、ボク自身は興味がなかったからそっちの知識は全く」

「貴族でしたら少しくらいは勉強しておきなさい」

「はんへふへふほ!?」


 なぜか頬をつねられる。

 ひどい。


「古代文字はそれ自体に力がある特殊なもの。魔法陣が魔力で発動するのも、古代文字が使用されているからです」


 えっとつまり、幻惑の効果がある文字を配置して、警備の目を誤魔化している?


「ソアラ様、そろそろ」

「そうですね。いよいよ最後の仕上げといきましょうか」


 最後の仕上げ?



 ◇



 大広間でソアラさんは百人近い人間に注目される。

 彼女は大きく手を広げ、声高らかに宣言した。


「今宵、私達はここを脱出します。ようやく解放の時が来たのです。もう建設に従事する必要はありません。故郷へと戻りましょう」


 女性達はざわつく。

 大々的な脱出の誘いに戸惑っているようだった。


 一人の女性が手を上げる。


「向こうには夫が! 助けていただけるのでしょうか!?」

「心配はいりません。すでに男性側とはコンタクトを取り、脱出の準備が進んでいるはずです。先に述べたとおり決行は今夜、警備の目が最も緩む時間帯を狙います」


 ボクはすぐに気づいた。

 ソアラさんは脱出する人数を増やして、ボクらから魔族の目を逸らすつもりだ。


 恐らく三割逃げ切れたら良い方。


 ルドラの配下はレベルも高く強力なスキル持ちばかりだ。


 けど、それでもやるしかない。

 こんなところで野垂れ死ぬなんて嫌だ。

 ボクはトールに会いたい。


「助かるかどうかは賭けになるでしょう。私達も助けには戻れません。それでもこの提案にのってくださりますか。愛する人々が待つ外を目指しますか」


 一人が手を上げる。


 また一人。


 また一人。


 次々に手を上げ始め、部屋の中は土に汚れた手で埋め尽くされた。


「あんたら、やると決めたからには絶対に捕まるんじゃないよ! 外で美味いメシ食って、良い男に抱かれたいだろ! 根性見せな!」

「おおおおおおっ!」

「ソアラ様とピオーネ様は絶対に期待に応えてくれる方だ! ここで鍛えた力、死ぬ気で振るって必ず逃げな! 幸せになりたいだろ!」

「おおおおおおおおおおおおっ!!」


 班長が拳を掲げる。

 女性達の手は握られ拳となった。


 ところでボクも期待されるのはなんで?




「次」

「はい!」

「次」

「ありがとうございます!」


 隠し通路から女性達が次々に出て行く。

 外に出たらそれぞれ別の方角を目指して走る計画だ。


 ルドラの配下の目を誤魔化す為。


「ソアラ様、これで全員です」

「では、私達も逃げるとしましょう」

「うん」


 一番最後にボク、ソアラさん、イザベラさんが外に出る。


 穴から出ると月のない暗闇が待っていた。

 まだ配下はこの事態に気が付いていないようだ。


 すぐさま偽装の指輪で僕らの姿を黒くした。


 実は脱出プランの中に、指輪のレベルが3に到達するのも含まれていた。


 ここに連れてこられた時点ではまだレベルは2。

 偽装の指輪はレベル1でステータス偽装、レベル2で姿の偽装、レベル3で任意の相手のステータスや姿を偽装することができる。

 この状況なら相手に看破持ちがいても、上手く撒くことができるはず。


 ちなみに偽装の指輪は透明化はできない。

 できたらもっと便利だったのだけれど。


 ルドラ城建設地は深い森の中にある。


 ボクらは西に向かってひたすらに走った。


「はぁはぁ、そろそろ動き出す頃かな」

「かなり時間も経過しましたからね。神よどうか我らに救いを」

「お二人とも隠れてください」


 イザベラさんの言葉に、ボクとソアラさんは木の陰に身を隠す。


 ばさっ。


 上空をワイバーンが通過した。

 やはり捜索はすでに始まっていたようだ。


 捕まっても殺されはしないだろう、その代わり警備はより強固になる。


 二度目の脱出はほぼ不可能。


 この機会だけが唯一助かる道だ。


「こっちです」

「道が分かるの?」

「向こうから風に乗って故郷の匂いがいたします」

「さすがはビースト族だね」

「ふっふっふ、これも計算の内なのですよ、ピオーネ。森の中を迷うことなく進むには鼻の利くビーストが必要でしたからね」


 イザベラさんは豹部族だ。

 細身だけど引き締まった身体に、長い前髪が片目を隠している。

 ボクと違って出るところはきっちり出ていて、すごく魅力的な人だ。


 おまけに豹の耳と尻尾とか可愛い。


 安全な場所に移動したら、尻尾とか触らせてもらえないかなぁ。


「まずい、あれはラップトール」


 草陰に身を伏せる。

 先には二頭の亜竜がいた。


 たぶんこの森に生息する野生の魔物だ。


 ラップトールは向こうにもいた。

 あいつらは嗅覚が鋭く、集団で狩りをすることで有名だ。

 嫌なタイミングで遭遇してしまった。


「……こっちに気が付いているようです。ピオーネ様は背後に警戒を」

「うん。ソアラさんは動かないようにね」

「申し訳ありません。レベルが低いばかりに」


 ボクのレベルは現在85。

 イザベラさんは573。

 ソアラさんは48。


 イザベラさんの強さは抜き出ている。

 それでもルドラに逆らえないなんて、ここはなんて恐ろしい場所なんだろう。


 イザベラさんは鋭い爪で一瞬にして二頭を掻き殺す。


 すると背後に潜んでいた二頭が、茂みから飛び出した。


 やっぱりあっちは囮。

 奇襲を仕掛けるつもりだったか。


 ボクは拾った石を二つの大きな口にそれぞれねじ込んだ。


「ギャウ!?」

「グギャ!」


 武器がなくたってやるときはやるんだ。

 魔族の貴族をなめるな。


 思いっきり殴ると二頭は弾き飛ばされ、起き上がるとよたよたした足取りで逃げ出す。


 ふぅ、危機一髪。

 寿命が縮んだ気がするよ。


「ピオーネは勇敢ですね。良いてご――ごほん、良い戦士です」

「手駒って言いかけたよね」

「気のせいです」

「絶対手駒って言った」

「しつこいですね」

「ふぁへふぁほ」


 痛い。つねらないでよ。

 ほら、やっぱり爪を食い込ませてる。


 あとでトールやカエデさんに言いつけてやるんだから。


「お二人ともご無事で」

「うん、勝手に逃げてくれたからね」


 イザベラさんが戻り、ボクらは再び走り出す。


 トールや他の皆と再び会う為に。



 生きて戻るんだ。





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― 新着の感想 ―
[良い点] ソアラさんどこぞの賭博破戒録の主人公みたいな稼ぎっぷりですなあ…
[良い点] 更新の連チャンお疲れ様です。 ソアラ&ピオーネにそんな逆転方法があるとは。 高レベルの部下を連れて無事に脱出なるか? [気になる点] 次は是非ともネイ&アリューシャ&リンのサイドを見せて下…
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