46.ロゼール
都市全体を十字の大通りで4つに区切られているメル市の教会は、北東側のブロックにあり、西側の大通りに面している。噴水広場に近い。
私――ロゼールは、そこに次々と運び込まれてくる人たちの治療にあたっていた。
大聖女は魔力も高いのだが、無尽蔵に魔法が使えるわけではない。精霊と話すだけでも魔力を使うので、魔法を使わずお祈りだけで済むわけでもない。時折休憩を入れていた。
椅子の撤去された大広間で、数え切れないほどの人が横たわっているのを眺めて、私は大広間の隅のドアを開け、小部屋のテーブルの椅子に座った。
休憩中の私の世話をしてくれるのは、今はフローラではなく父とジャックだ。
私が家族や恋人と自由に会えるよう、国王が教会に『聖女からのお願い』という形で伝えてくれることになった。国家も教会も大きい権力を持っているが、フローラによれば、今の極限状態では二者よりも私のほうがよっぽと権力を持っているから教会は私に逆らえないらしい。国王が直々に私を迎えに来た時点でお察しらしい。全くそんな実感はない。権力は全部フローラに預けるつもりだ。そのほうが気楽だしね。フローラも、権力に集まる人がいるからそのほうがいいと言っていた。フローラ自身も聖女だから、まあ、当面は大丈夫かな。
父は騎士団に仮復帰という形で私の専属護衛を勤めてくれている。ただ父は軍を抜けるには若すぎたので、自主的な鍛錬は欠かしていない。ジャックも森の狩りをしていたとはいえ、騎士団に入るべく鍛錬に励んでいる。
今日の休憩部屋には、父が1人でいる。
「サラの作ったパンだ」
「もう、お父さん、毎日そればかりだよ」
「はははっ、なんだ、他のが食いたくなったか?」
「別にそういうわけではないけど」
毎日こればかりだと、今度あのパン屋に行った時に楽しみがなくなっちゃうんだけど。今度来てってシルベーヌに誘われているの。私はパンをスープにつけて食べた。そんな私の頭を、父は撫でてくれた。撫でるというか揺らしてる。食事中だからやめて。
「大変か?」
「うん、大変」
「‥‥やっぱりやめるか?」
「まさか」
もしイザベラのときにも恋愛が許されていたら、この父テランスと結ばれる未来もあったのかな。聖女の厳しい制約によって失われたものも多いけど、同時に今の人生で手に入れたものも多い。
「これは罪を償うためでもあるけど、私、本能的に困っている人は放っておけないみたい。これからもずっと家族やフローラに会えるんだったら、聖女として大っぴらに活動できて本当によかった」
「イザベラも同じことを言ってたな」
「うん。はじめのころの短い間だったけど。‥‥これからもずっと家族や大切な人と会えるよう、守ってほしい」
「分かった、任せろ」
笑みがこぼれる。まだまだこれからどうなるか分からないし、私もいずれ王都に行かなければいけないときは来るだろう。でもその時はフローラも守ってくれると信じている。今の私は、セレナやイザベラの人生の全てよりも幸せだ。
◇
今来ている患者は、主に北にあるテントの人たちだ。だがメル市の市民の中でも、近くの森へ狩りに行った人も多い。やはり瘴気があるのだろう。今の私では対処できないから、フローラが帰ってきてからやろう。
地面に横たわる人たちに順番に聖魔法をかけて、ようやく休憩かな。王都にある壇はいつ来るのかな。あれさえあれば。‥‥と思っているとちょうど、教会の開放されているドアから1人の少女が入ってきた。
「‥‥あ!」
私はそこへ駆け込んだ。金髪の少女に抱きつく。
「おかえり、フローラ!」
「ただいま帰りました、ロゼール様」
フローラも私を強く抱きしめている。暖かい。2週間も離れ離れだった。会いたかった。会いたかったけど、フローラはこれからも定期的に王都へ行く。王都へ行けない私の代わりにやってくれているのは分かっているけど、会えないのは寂しい。
私はフローラの顔をしっかり見る。記憶に焼き付けたい。「‥そんなに見られると恥ずかしいです」とフローラが頬を赤らめながらも、私を見続けている。
‥‥でも私は、すぐにフローラから目を逸らした。
「‥‥王都はどうだった?」
「それは‥‥」
また複数の足音がした。国王と護衛たちだった。遅れて宰相が「げ、現場からの報告を受けるのは私の仕事でございます」と走ってくるが、国王は「娘の報告くらい儂に聞かせろ」と譲っていない。7年間も会えなくて寂しかったらしい。フローラもくすりと笑っている。が、すぐ神妙な顔に戻る。
「‥‥王都の様子は皆様ご存知でしょうから、ロゼール様には後で教えますね」
あまりいい状態ではないと思った。私はまだ発作は出てないけど、それでもフローラは私の手を握ってくれている。
「黄金の壇は手筈通り運び出しました。浮遊魔法で王都から帰る時、上空から兵士たちが運んでいるのを確認しましたので明日中には到着すると思われます」
「メル市のあたりは瘴気も少ないから賊も活動できる。万が一もあるので、こちらから迎えの兵を出そう」
「お願いします。司祭や聖職者も、あの一行に混じって来ていただいています」
「うむ。‥‥生き残りの治療はしたか?」
「はい。王城の中や城下町の教会を中心に。各戸の訪問はまだできておりません」
「‥‥王城の中はどうだった?」
「多数の使用人が亡くなっていました。残る使用人も飢餓状態にあり、治療とともに食糧も与えました。ホリア村で料理の経験がございましたので‥‥」
「‥‥ディアナの姉や兄は?」
「‥‥‥‥」
目を伏せているのを見るだけでも、意図的に話題を避けていたのが分かった。私はフローラが握ってきている手を、両手で包み返した。
「‥‥報告します。キャサリンお姉様はご無事で、使用人にお世話いただいておりますが‥‥エリザベスお姉様はすでに帰らぬ人に」
「‥‥ニコラは?」
「エリザベスお姉様暗殺計画を自白し、わたくしに無礼を働いたため、王太女の名において病室に軟禁するよう命じました。すでに証拠も確保しており、現在余罪を調査中です。あとはお父様のご判断次第です」
「‥‥あいつはとんでもない‥‥いや‥‥儂が王位継承の短剣をずっと持っていた理由が分かっただろう」
「はい」
「ディアナが王城から逃げたのも、あいつが原因か?」
「‥‥はい」
国王はディアナの頭を撫でて、「今の今までそれを黙っていたのは、ディアナにしかできない優しさだ。大切にしなさい」と言っていた。
◇
教会の奥にある宿舎の部屋を2つ借りている。1つは父と兄、1つは私の部屋だ。そこで寝泊まりしている。急患があれば、まず衛兵や聖職者に確認してもらってから私を起こすことになっている。
フローラは市長の家で国王と一緒に寝泊まりしている。平民の生活には慣れていたけど、やっぱり貴族の部屋で寝たほうが落ち着くという。他の人には内緒にしてほしいって言ってたけどね。
そんなフローラだけど、よく私の宿舎の部屋に遊びに来る。浮遊魔法を使えば移動がすぐだからと、夕食が終わったあたりで気軽にやってくる。
「聖女の仕事は慣れましたか?」
「イザベラの時にすでに慣れてるよ」
「‥‥聖女猊下と呼ばれるようになってつらいと感じたりは?」
「少しあるけど、フローラがいるから大丈夫」
「ふふっ」
フローラも姉が死んで大変だろうに、私を気遣ってくれるのが嬉しい。
「髪の毛、そろそろ切らないとね」
訪問聖女を始めてから6年間、髪型が変わらないようずっと手入れしていたんだよね。その髪の毛が、王都へ行っていた2週間の間にまた伸びている。
「いいえ、伸ばすことにいたしました」
「えっ」
「ロゼール様とおそろいにしたくて」
私は返事もできず、そっぽを向いていた。照れていたと思う。フローラの手はいつも熱いはずなのに、今はちょうどいい温かさだった。
「それに、長い髪の毛は平民の時は手入れが大変でしたが、今は楽です」
なるほど、そういう事情もあったんだね。シャンプー代とか高かったのかな。水を茹でるための火の管理も大変そうだし。
‥‥でも、フローラが私を大切に思っているのは本当に嬉しい。最初は私の片思いだと思っていたけど、今では私以上に相手を大切にしてくれていると思う。
「‥‥ねえ、フローラ。明日仕事の前、ちょっと村の一本木へ行かない? 早起きになるけど」
「もちろんです」
フローラにとって私は大切な人。だからこそ、私もそれに応えないといけない。




