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訪問聖女と黄金の杖  作者: KMY
第8節 黄金の杖
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45.フローラ

わたくしが王城を離れるきっかけになったのは、兄の部屋での密談でした。

あそこでわたくし暗殺を相談なさっていたのですよね。

そうでなくても、わたくしがいた時から素行の悪さは問題になっていました。

先程の姉の口ぶりから、兄は今でも悪行を重ねているかもしれません。

おそらく歯向かう人を追い出すとか、わたくしのように邪魔な姉を殺すとかですね。

父がわたくしの失踪後も短剣を兄に渡していなかったのも納得できるほどの出来に仕上がっているのでしょうか。

ですが人命優先です。どんな理由であれ人を見殺しにすると、ロゼール様に叱られてしまいます。『銀色の狼』のボスですら治してしまったロゼール様の寛大な心は、尊敬に値します。


そんなことを考えていたら、兄の部屋に着きました。そっとドアに耳をあててみると‥‥中から声がいたします。独り言のように感じられます。

わたくしは自分の衣装を見ます。‥‥どう見ても平民が身につけていそうな茶色の服、そして男かと見紛う真っ黒な長ズボンですね。髪の毛も短く切ってあるので、遠目で見れば金髪の少年になるかもしれません。声はむやみに出さないようにいたしましょうか。


わたくしはかつてシリルがやっていたようにドアを開け、ワゴンを横に深く一礼します。


「遅いぞゴミが!」


兄ニコラの怒号が響きます。首だけ起こしていますね。おそらく倒れてからあまり日が経っていないのですね。このようなお方に限って、悪運が強いと申しましょうか。

わたくしは「申し訳ございません」と、できるだけ低い声で言います。


「俺をどれだけ待たせたと思ってるんだ! 昨日から来てないだろう、倒れるなら代わりを用意してから倒れろ!」


‥‥おそらく、あなたに尽くした使用人はすでにこの城のどこかで倒れています。


「謝れ! 地面に頭を付けて詫びろ!」


言う通りにします。‥‥率直に言います、従ったほうが面白そうでした。わたくしが地面に膝と頭をつけている途中も、兄は「お前以外には誰も来なかったんだ! あいつらキャサリンとエリザベスばかりにくっつきやがって、俺には無しか!」とわめいています。詳しい事情は分かりませんが、おそらく自業自得かと思います。

兄は一通り言ってやっと気が済んだようです。「まあいい、食事をよこせ」と言ってきましたので、わたくしはビスケットと水を差し出します。‥‥自分では腕を動かさないようでしたので、わたくしが口の中に入れます。


兄、わたくしが王城にいたときはまだおとなしかったのですが、あの時よりもひどくなっておりますね。


「‥‥まったく、エリザベスめ、瘴気騒ぎでもなければ去年には殺しているはずだったのに‥‥!」


あら?


「お前も知ってるだろう、カーター侯爵のパーティーのときに毒を飲ませるつもりだったんだ。お前も侯爵から返事が来た時に嬉しそうにしていただろう」


あらあらあらあら?

わたくしを誰か別の人と間違っておられるのですね。7年ぶりですから無理もございませんが。


「その手紙はどちらにございましたか?」


再び低い声で尋ねると、「俺の書斎だ、ああ、お前動けるなら始末しとけよ、机の右の上から3つ目の引き出しだ」という返事が来ました。

あらあらあらあらあらあらあらあら。


「ニコラ殿下、お体は動かせますか?」

「ばか、瘴気のせいで脚が動かないんだ。上半分は元気だが、最近力が落ち始めた」


なるほど。放っておいてもしばらくは生きていられますね。

このあたりでわたくしは声を戻します。


「‥‥ニコラお兄様、お久しぶりです」

「‥‥はあ? お、お前は誰だ!」

「わたくしはお兄様の妹、ディアナ・ベルハイムでございます」

「ははは、冗談も大概にしろ、あいつは死んだんだ。8歳のパーティーで俺が殺す前に死んでくれたんだ。ばかな妹だ」

「ふふ‥‥」


面白い兄ですね。もう少し眺めようと思っていましたが、この城には他にも苦しんでいる人がいますのでこのへんにしておきます。

わたくしは短剣を取り出しました。短剣が光るのを見て、兄はようやく目を丸くしました。


「わたくしは王位継承者として指名された、クローレン王国第三王女、ディアナ・ベルハイムです」

「な、なぜお前がその剣を持っている! 俺によこせ!」

「先ほど口になさいましたエリザベスお姉様殺害計画、そして王太女に対して屈辱的な謝罪の強要、どちらも重罪に値します。後日この短剣と王国の名においてしかるべき処罰を行います」


兄は残念ながら少し黙ってしまいましたが、すぐまた面白い口を開きました。


「ま、待て、あれは夢を見ていたんだ! そうだ、悪い夢だ! 事実ではなくすべて俺の夢の中の話だったんだ、信じてくれ!」

「‥‥それから、わたくしはこのクローレン王国の新しい聖女の1人でもございます。聖女としてニコラお兄様を治しに参りましたがまだ元気なご様子、これを拘束代わりといたしまして、罪人を取り扱える人が見つかるまで治療は保留させていただきます。ご寛恕のほどお願いいたします」


使用人よろしくうやうやしく頭を下げました。兄は「お、おい、待て、俺は動けないんだ! 死にそうなんだ! 苦しいんだ! だから早く治してくれ、なあ!」と言っていますが無視して、わたくしはワゴンを手押しします。他の使用人や姉が現在どのような状態になっているか、全然ご存知ではないのですね。

はあ、こんな時でなければ新しいおもちゃになりましたのに、まったくもってもったいないものです。使用人かと見紛うような丁寧な姿勢でワゴンを横につけて一礼し、叫ぶ兄を無視してドアを閉めました。

ついでに証拠も見つけておきました。手紙はわたくしが預かっておきます。本当に面白い兄ですね。


‥‥兄のお陰でわたくしはロゼール様に出会えたのですから、そこだけはむしろ感謝しております。


   ◇


王都に着いてから5日目、ようやく部下の兵士たちが王城の門前に到着しました。

メル市から王都まで、わたくしは浮遊魔法で2日ほどで移動できますが、部下たちは飛んでいけないので1週間かけて移動しました。この兵士たちは王都出身ですが、ロゼール様に治療されて調子は良くなっています。ですがこの王都に来るまでに瘴気だらけの道を通っておりましたので、また瘴気に憑かれています。この王都も瘴気だらけですので、治してもまた憑かれます。

本来であれば個別に治療するよりもまず王都全体の瘴気をなんとかすべきなのですが、そのための手段が教会にございます。その手段の使い方をご存知なのが、教会の生き残りを除けばイザベラ猊下の記憶があるロゼール様だけなのです。なのでそれを急いでメル市へ運び出してもらいます。それが到着する日を見計らって、わたくしはこの王都を発ってメル市へ戻り、ロゼール様と一緒に王都やそこへ向かう道の瘴気を取り除きます。それが終わって初めて父たちは王都への帰途につく‥‥そのような計画になっております。


まずは兵士たちの瘴気をいったん治療します。これをメル市へ運び終わったらまたあちらで治しますから、また1週間耐えてくださいね。

あら、兵士を引率しているシリル、大丈夫ですか。買って出てくれたのは嬉しいですが、無理はなさらないでくださいね。


「長旅ご苦労さまです。早速ですが教会に向かいます」

「はい、ディアナ殿下」


殿下。この呼び方は久しぶりすぎてまだ慣れませんが、これから慣れなければいけないでしょう。いずれ陛下とも呼ばれるでしょうから。

そういえばロゼール様は、正式な就任式はまだですが聖女として周りから猊下と呼ばれるようになりました。呼び名が変わるだけでもイザベラ猊下の時の記憶が蘇らないか少々心配です。


   ◇


教会に着きました。王城の中の教会は、王国で一番立派なものです。広さに関してはさすがに他に劣りますが。

中は‥‥案の定、何人も倒れておりますね。死に場所として神の前を選択したのですね、お気持ちがわたくしの身にも滲みてまいります。


持ち出したいあれは国宝レベルで重要なものなので、教会の大広間にはございません。ロゼール様に教えてもらった場所へ向かいます。聖壇の右側に、小さい部屋がございます。小さいといっても、30人ほどが余裕で入れる広さです。その部屋の奥に‥‥ございました。上の部分が気持ち悪いくらい真っ黒な壇が。

いろいろ思うことはございますが、まずは壇を運び出してもらいましょう。


「で、殿下!」


兵士たちが壇を持ち上げ、荷車に乗せた状態で部屋を出ますと、司祭が1人出てきました。この司祭はあらかじめ治療済で、ロゼール様の今後について相談に加わってもらうためにメル市への出立を指示しております。


「それはこの国の安寧のために最も重要なものであり、持ち出してはいけません」

「本来ならそうでしょうが、事情が事情です」

「ですが‥‥」


仕方ありませんね。すでにメル市への移動を指示する時に一度見せているのですが‥‥わたくしは腰からもう一度短剣を取り出します。


「王太女としてここに来ております。そしてこの処置には、お父様の許可をいただいております」

「は、はい、失礼いたしました」

「ではシリル、続けてください」


シリルは「はい」と答え、兵士たちと一緒に荷車をころころ転がして大広間を進みます。と、司祭から質問が来ました。


「‥‥あれほど大切なものを一体どうなさるか、教えていただけますでしょうか」

「あれをメル市まで持ち出します。もう1人の聖女と一緒に、あれを使います」

「‥‥‥‥は?」


あら、久しぶりにあれが使われることになって喜ぶかと思いきや、司祭は表情を険しくしていますね。


「あ、あれは国より大切なものです! 僻地へ持ち出して、万が一のことがあれば‥‥!」

「今はメル市よりもここのほうがよっぽと僻地です。それに、新しい聖女にはこの王都に来られない事情があり、当面はメル市を中心に活動いたします」


司祭は「‥‥そ、そうでしたか」と、まだ不満げです。わたくしが歩き出すと、「あ、あの!」と、また呼び止めてきましたので、振り返りました。


「新しい聖女猊下とは、どのようなお方でしょうか?」

「‥‥司祭はお年を召しておられるようですが、イザベラ猊下とはお会いになりましたか?」

「初めてこちらに来られてからご遷化なさるまで、お仕えしておりました」

「そう、ではお会いになったらきっと驚かれますよ」


その時の顔を見てみたいですね。わたくしは出口から差し込む光を背に、不敵な笑みを浮かべました。

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