44.フローラ
わたくしには、犯した罪を知る義務がございます。
わたくし――フローラは、浮遊魔法から地面に降り立つと、目の前の薄暗い道路に何人か倒れているのを認めました。おそらく、すでに助からないでしょう。
ですが、謝罪のために立ち止まる暇はありません。人の体を踏まないように駆け抜けます。
見知った角を曲がると‥‥わたくしの目から自然と涙が溢れ落ちます。
6年間‥‥いえ、7年間見ていなかった王城です。王城が向こうにあります。それは7年前と全く変わっておらず、薄高い丘の上にそびえ立っていました。
しかしその王城へ向かうこの大通りは、7年前はあれほど活気があって人にぶつかるなというほうが難しいくらいでしたのに、今は無人です。‥‥あちらに露店が1つだけございますね。果物が腐っています。これは簡単に腐るものではありませんから、瘴気の影響でしょう。そして、露店の主人は‥‥わたくしは短く黙祷をしました。
大通りに死体はほぼありませんが、側道に死体が多くあるのに気付きます。おそらく大通りを掃除するための体力がなく、そこに置くしかなかったのでしょうね。ひどい風邪をひきながら仕事しているようなものですから。分かってはいたのですが、実態は想像以上にひどいです。わたくしはロゼール様だけを見ていましたが、父はこの景色をよく知ったうえでロゼール様をお探しになっていたのですよね。無知を恥じます。心が痛みます。
‥‥もしわたくしがあの時、ロゼール様が聖魔法を使えるとわかった時点で王都へ連れ出せば、王都の人たちは助かったのでしょうか。‥‥いいえ、結局助からなかったと思います。何が正解だったのか、わたくしには分かりません。ですがわたくしの在位中に、必ず、かつての王都を取り戻してみせます。
少しは人がいると思ってわざわざここへ降り立ったのですが、‥‥無駄足だったようですね。おそらくほとんどの病人は家にこもり、ただ死を待っています。もう都市としては末期状態です。仕方ありません、まずはわたくしの家族を優先しましょう。
わたくしは精霊にお願いして、もう一度浮遊します。そして、まっすぐ王城の方へ向かいます。7年ぶりの王城がどんどん大きくなるのを、向かい風を受けながら感じます。
普通に門から入るとしても、門番の体力をあまり当てにはできません。それ以前にわたくしがここへ戻るのは7年ぶりで体も大きく変わってしまいましたし、王族らしからぬ服を着ていますし、髪の毛をばっさり切り落としています。何人に気づいてもらえるか‥‥。
外から廊下を覗く限りでは、誰も歩いていません。
窓の中からかかっている鍵を精霊にお願いして外してもらい、廊下に降り立ちます。窓を丁寧に締めてしばらく歩きますが、廊下は無人です。わたくしの部屋は‥‥いえ、後回しです。まずは兄と姉の部屋です。
‥‥と、廊下を歩いている時、ふとうめき声が聞こえます。ここは使用人向けの部屋ですね。ドアを開けてみると‥‥ホリア村にあるものと比べたらよほど立派なベッドに、一人の男が横になって歯を食いしばっていました。
「う、うん‥‥?」
わたくしが治療したあとその中年の男は目を覚まし‥‥「はぁ、はぁ‥‥」と荒く呼吸します。よく見れば、わたくしが生まれる前からおられた執事でした。ここで、瘴気に囲まれてもお勤めを続けておられたのですね。まだベッドから身を起こしません。
「大丈夫ですか?」
「おなかがすいて‥‥あなたは? どこかで見たような気が‥‥」
「申し遅れました」
7年前にいなくなって、髪も切ってるからわからないかもしれません。とにかく権威だけを強調します。
腰から短剣を取り出し、名乗ります。
「先日お父様から王位継承権をいただきました、第三王女ディアナ・ベルハイムでございます」
「な‥‥っ、ディアナ様‥‥、お会いしたかった。ああ、ついに私にもお迎えが参りましたか」
「違います。現実でございます。お久しぶりです、ケビン執事」
「ああ、ああ‥‥私の身が軽いように思えるのですが、どなたがお治しに?」
「わたくしです。先日、新たに聖女になりました。本日は聖女としての任務でこちらに参っております」
それからわたくしはベッドから少し離れ、「立てますか?」と尋ねます。執事は「いいえ‥‥」と、首も振らずに返事します。
「私の看病をしている者がいましたが、数日前から来られなくなり‥‥この城には、私のようにして餓死した人も多いと思います。‥‥とにかく、まずは食べ物をお持ちでないでしょうか」
「キッチンにないか探します」
「で、殿下にそこまでなさっていただくわけには‥‥」
「気になさらないでください。わたくしのお兄様、お姉様も同じかもしれませんので、むしろ事前にお聞きできてよかったです」
◇
わたくしは執事にお渡ししたビスケットと水の残りをワゴンに乗せて、廊下を歩いていました。向かう先はもちろん、わたくしのひとつ上の姉の部屋です。確か、端から6つ目の‥‥この部屋ですね。よくお姉様に服のアドバイスをしてもらっていたのを覚えています。
ドアを開けます。‥‥ベッドが2つありました。看病しやすくするために、ここに別の人のベッドを運んでいたのでしょうね。部屋の中央で女性の使用人が1人倒れています。脈を取ってみます。‥‥申し訳ありません、ワゴンの邪魔になりますので端で横になっていただきます。
次に右側のベッドにいる、第二王女キャサリンを聖魔法で治療します。「‥‥う、うーん‥‥」とうめき声が聞こえて、目を開きます。
「‥‥あなたは?」
「わたくしは‥‥」
「ディアナ?」
「‥っ、分かるのですか」
「分かるわ。あなたの顔は忘れもしない」
わたくしは寝たままのキャサリンを抱きます。声を荒げて‥‥もう1つベットがあったことを思い出します。「失礼しました」とハンカチで目を拭いて、あちらへ向かいます。
「エリザベスは死んでると思うわ」
後ろから声がしたけど、念のため見てみます‥‥5分くらい放心状態になりました。申し訳ありません。
◇
キャサリンは水を飲んでビスケットを口にしたあと、わたくしに尋ねます。
「ディアナはいつまでここに?」
「これから10日ほど滞在いたします」
「‥‥この王都はもう聖女の手に負えないわ」
「それでも1人でも多く助けます。‥‥わたくしには聖女の存在を知りながら報告せず、王国を危険にさらし続けた科がございます。その十字架を一生背負い続けます。あの子と一緒に」
キャサリンは力なく微笑んで、「そこまで気負わなくてもいいわ」と言ってくれました。
「‥‥ねえ、聖女はもう1人いるみたいな言い方だったけど、いるの?」
「はい。メル市にいます。わたくしの婚約者です」
「‥‥あら、聖女って男でもなれるの?」
「‥‥あっ」
いけません。姉だからと気が緩んでしまいましたが、女の子同士で結婚とかあまり考え込ませて無駄な体力を使わせてはいけません。
「後日説明いたします。まずはゆっくり休んで、体力を取り戻してください。また参ります」
「‥‥これからどちらへ?」
「お兄様のところです」
「‥‥ねえ、あの人の存在を忘れてたから治してませんでした、ってことにはできないの?」
「いいえ。聖女は誰に対しても平等です。ただし‥‥」
と、わたくしは短剣を取り出します。「そ、それは‥‥」と姉は驚いていました。
「王太女としての命令は、また別でございます。お姉様」
今、わたくしは悪い顔をしています。




