34.メル市市長
私――メル市の市長は、役人たちとともに帳簿を確認していた。
この市では、商店をひらく人は届け出をし、従業員についても報告しなければいけない。
ただ最大の問題は、店を畳む時に特に届け出をしなくてもいいことだった。
そのため、どの書類にある店が現在存在しているか、単一の書類だけではわからない状態だった。
大量の書類の中から同じ場所の書類を集め、日付順に整理しなければいけない。役人たち総出で、その調査に昨日の朝からずっと取り掛かっていた。
私も聖女に恩がある。私を1回、娘を1回治してもらった。
聖女は平民の前にしか現れないと思っていたのが間違いだった。貴族の中でも特に真面目に働く人の前に現れた。人を助けるのに身分は関係ないという言葉を誰かに言ったらしい。
そんな聖女は2人組らしいが、うち金髪のほうの子が、助けた貴族たちの半分以上に「王都に行きたくない、王都に見つかったら聖女をやめる」と言っているとも聞いた。
私は聖女のことを報告しなければいけない。そうしないと重罪だからだ。このとおり、国家全体の危機につながりかねないからだ。だが私はそれができなかった。聖女に助けてもらった貴族やその関係者たちが次々と、私に直訴してきた。
とどめは私の娘だった。私の知らないうちに聖女から助けてもらったらしく。国王に向けて手紙を書いていた私を泣きながら止めた。私はその手紙を燃やすしかなかった。
誰の差し金か知らないが、聖女は外堀を埋めることに長けているらしい。相当な切れ者だろう。
そして‥‥私も、聖女を王都に送りたくない一人だ。
聖女は王都へ行かず、ずっと市にいて人々を治している。我々を救ってくれる存在が最も嫌かることを、どうしてできようか。
思えば私は聖女に感化されたかもしれない。聖女を隠すのは重罪だ。だが私は同時にメル市の市長でもあるのだ。市民のための存在でなければいけない。私は人知れず書いた2枚目の手紙を燃やした。
私のところにも聖女が来た。使用人がコップ一杯のミルクを用意すると、2人の聖女たちは私のために祈ってくれた。
私は礼を言った。聖女が帰ろうとした時、金髪が赤髪をドアの前に置いたまま、1人で私のところへ戻ってささやいてきた。
「‥‥市長はわたくしたちのことを隠していただけるのですね?」
私の心を見透かされたような言い方だった。明かりがあるとはいえ薄暗かったその部屋で、少女は間違いなく私の顔を見て獲物を仕留めたかのように笑っていた。この聖女は、私が各方位から説得を受けていたことを間違いなく知っている。この人にはかなわない。私は笑って「誓おう」と返事した。
あの金髪の子は、立ち振舞からして高貴な貴族の出だろう。高貴のものは、もちろんコネや親の七光りもあるが、一般には才能があるから高位を与えられるものだ。そのような親の子だから、相応の才能がある。もしこの王国が存続するのなら、願わくは、次の王もあのように聡明な人であってほしい。
「‥‥見つかりました!」
しまった、回想をしている場合ではなかった。書類を調査していた役人の大声が私のもとへ届いた。
「第二通りのパン屋、店主シルベーヌ、そして店員の名前はサラです。サラはホリア村出身です」
「‥‥‥‥」
「今すぐ陛下を追いかけて報告いたします」
「待ってくれ」
私は頭を抱えて、手を伸ばした。役人が書類を掴ませてくれる。私はそれを読んだ。間違いなく‥‥名前はサラ。この市から一番遠くにあるホリア村出身。村での家族構成までは書かれていない。
私は‥‥なんという愚かなことをしているのだろう。国を見捨てるのは愚かだ。市民や村民を見捨てるのも愚かだ。私は聖女に直々に誓った。私はどうすればいいのだ。
「‥‥1日だ、1日待ってくれ、店に事実を確認してからだ」
私は、まるで陛下を相手にしているときのように言葉を絞り出した。




