32.ロゼール
母から手紙が来た。
このうえなく短く、シンプルな単語のみが記されていた。
『逃げろ』
この前メル市に行った時の様子から、何の話なのかはすぐ分かった。
フローラと一緒に開封したのが幸いだった。フローラは私を介抱してくれた。
そのあとは意識が曖昧で、何を話したのか自分でも分からない。
尻が痛いのは分かったので、きっと私は地面にぺたんと座っていたと思う。
「大丈夫」
「大丈夫」
「わたくしがいれば大丈夫です」
フローラが私を抱きしめた。
私の全身が包みこまれるように暖かく、そして心地よかった。
まるで夢の中にいるようだった。
ずっとこのままでいてほしい。
幸せ。
フローラが耳元でささやいてきた。
「ロゼール、何でも思っていることを言ってください」
「好きだよ、フローラ」
‥‥それを言った後に、はっと我に返った。
私――ロゼールは、私の家でフローラに抱かれている。抱かれながら好きって言っちゃった‥‥言っちゃった? え、私、言った?
あ‥‥でも、前回と違って恋人としてとかは言ってないから大丈夫‥‥ただの友達としての好きだと思われてる‥‥よね?
フローラが私から体を離した時、私をじっと見つめていた。そのくりんとした目が、私を捕らえて離さない。全身が痺れるように動かない。
「な、何でそんなに見るの!」
私は思わず顔をそらして‥‥フローラの手に袋が握りしめられているのに気づいた。
‥‥ああ、さっき私を介抱した時に使った袋を握ったままだったんだね、と私は納得した。フローラのいつも通りの気遣いが嬉しかった。
「大丈夫みたいですね、よかった」
フローラは立ち上がると、たった一単語しか書かれていない手紙を両手で持って見つめている父に声をかけられた。
「‥‥2人はこれからどうするんだ?」
「これから話します」
父はフローラに対する口調が元に戻ったみたい。
‥‥これから話す。私はフローラの横顔を見上げた。それは、いつも私を見て微笑む時の目ではなかった。どことなく真剣で、はるか遠くを捉えているようだった。
フローラと目が合った。でもフローラの表情は変わらなかった。
手を差し出してきた。私はそれを握って、立ち上がった。
私も覚悟を決めなければいけない。




