26.ガストン
儂――ガストンは、ベッドの上で意識が朦朧としていた。だが、宰相と市長の話し声は聞こえた。儂は数少ない力を振り絞って、儂に背を向けている宰相に声をかけた。
「‥‥おい」
「は、はい、何でしょうか」
宰相は転倒しそうなほど慌てて振り向いた。
「聖女は定期的に来るのか? それともいつ来るかわからないのか?」
「日曜日の夜とのことです」
「今夜ではないか。‥‥聖女が来そうなところに衛兵を配置せよ」
「で、ですが!」
宰相ではなく市長のほうが割り込んできた。
「どうした?」
「そ、その、一般市民の家になります。病気で苦しんでいる人の側に兵を置くのはいかがなものかと‥‥」
「別に聖女を罪人としてとらえるわけではないのだ。仮に市長の言う通り王都へ行きたくないのなら、ここで話したい。わしも一国の王だ、国益のために説得する権利はある。それでも無理なら引き留めることはないが‥‥」
「それでも病人に迷惑ではないかと‥‥」
「確かに悪いことをするが、国としてもなりふりかまわないのだ。ひとりひとりの病人を気にしていたら、国など治められない」
「それでも‥‥」
「くどい、行け」
「は、はっ!」
市長が慌てて出ていったところで、宰相も「私も手伝います。のちほどここにも兵士が参ります」と言い残して部屋を出かける。
「待て」
「は、はいっ」
「なぜここに兵士が来るのだ?」
「陛下も瘴気にやられております。ここに聖女が来る可能性もゼロではないかと」
「聖女が本当に王都に来たくないと言っているのなら、儂のところに来ることはないだろう。むしろ兵がもったいない。ここには最低限の人だけ残してあとは街に配置せよ」
「は、はっ!」
宰相は市長の後を追うように、宰相自身も病体だというのに息を切らして走っていった。
◇
夢を見た。
わが三女、ディアナの夢だった。
姉よりもひとぎわきれいに輝く金髪を長く伸ばして、美しい緑の目をしていた。
その微笑みは天使のようで、裏表なく周りの人を惹きつけた。
花畑で蝶々と戯れる姿は絵になっていた。
使用人たちもみな、ディアナに惹かれていった。
それだけではなかった。頭も良かったのだ。
あまりに飲み込みが早く、教育係はいつも驚いていた。
貴族の作法もすぐ覚え、パーティーでは幼女ながらまるで一人前の大人のように評判がよかった。
儂も仕事を早く切り上げ、子供の中でディアナを真っ先に迎えに行ったものだ。
贅沢な暮らしにありながら決してこれ以上を望むことはなく、相手を思いやり、誰かのために動ける人だった。
歴代のわが王家一族の中でもひとぎわ王にふさわしい人とまで言われた。
だが8歳パーティーの前日、ディアナは忽然と姿を消した。平民出身の使用人、シリルとともに。
ディアナを妬む人がいたことは分かっている。しかし行動に移すことはないだろうと思い、意に介さなかった。
まさかそいつら自身が手を下すようなことは、ないだろうな。
しかし疑わしきとは言え、犯人でもない人を罰するわけには行かない。
まずはディアナを見つけ、シリルを取り調べる。話はそれからだ。
儂は必死にディアナを捜した。しかし手がかりは今の今まで見つからなかった。
平民に変装したというのは分かったものの、逃走中に何度も服を取り替え、髪飾りを取り替えたらしく、目撃証言は二転三転した。
どこかの町で暮らしているという話を聞きつけ、名前を聞いた町には全て兵士をやった。
しかしそのどれもが別人、勘違いばかり。なしのつぶてだった。
ディアナよ、儂はもうすぐ死ぬ。
残りの命はわずかだ。
死ぬ前に一度、ディアナの顔を見たい。
ひと目だけでもいい。その利発な姿を見せてくれ。
ほんのひと目だけでいい‥‥。
突然、儂の目を強烈な光が襲った。
これは夢か?
‥‥いや、現実だ。なんだ、もう朝か。いや、朝の室内にしては明るすぎる。
儂は目をわずかに開けた。
「わ、起きちゃった?」
「逃げましょう!」
「そうだねっ」
2人の人間が、慌てて部屋のドアへ走っていった。
魔法の光の残りが、2人の後ろ姿に色を付けた。
赤髪、そして‥‥金髪。
「‥‥ディアナ?」
ディアナは長髪だったが、あの子は短髪だった。
しかしその後ろ姿は、仕草は、どことなくディアナの面影を感じさせるものだった。
◇
翌朝、儂は目を覚ました。体に違和感がする。身を起こした。軽い。とても軽い。
だがまだ完全には治っていないようで、頭が少しくらくらしたままだ。
「陛下、大丈夫でしょうか?」
「う、うむ、今日は少し体が軽い、医師を呼んでくれ」
「はい」
市長がすぐ部屋を飛んでいった。今回の場合、儂の身の回りの世話は本来は宰相の管轄なのだが、宰相自身も病気なので無理強いはできない。
すぐに来た医師は、儂を診て「信じられません‥‥かなり軽くなっています」と驚いていた。
「聖女だと思うか?」
「瘴気を治せるのは、聖女しかいないでしょう」
「医師もそう思うか」
儂は確信した。やっぱりあの2人は‥‥聖女だったのだ。‥‥ディアナ? あの金髪はディアナなのか?
すぐ、市長とともに宰相が寄ってきた。儂は市長に尋ねた。
「聖女というのは、どのような外見か覚えてるかね?」
「は、はい、赤髪と金髪の2人組と聞いております」
「髪の長さは?」
「赤髪は後ろで結んでいることから長髪、金髪は見たままの短髪と聞いております」
「‥‥なら、儂がゆうべ見たのは聖女だったのだな」
道具を片付けていた医師が振り向いた。市長の体がぴくっと動いた。宰相が儂の顔を見て固まっていた。
「‥‥聖女が、ここへ来たのですか」
「うむ。あれは間違いなく聖女だ。しかしなぜ、儂のところへ‥‥」
市長が一番驚いている様子だったが、あれが本当に聖女だとすれば、王都へ行きたくない聖女がなぜ儂を助ける?
聖魔法が使える者が見つかれば、確実に国へ報告され、王都へ呼び出されることになっている。
もし聖女が10歳、遅くとも12歳を過ぎているのなら、それくらい心得ているはず。それを乗り越えてでも王都に行きたがらない‥‥。
なのに、わざわざ権力の中心である儂を治しに来た。
「ディアナ‥‥なのか?」
少なくともあの金髪は‥‥。面影、行動。我が子ディアナと信じるには十分だ。
儂は布団を掴んだ。
「聖女を徹底的に捜せ! それから武装をひとつよこせ!」
「えっ‥陛下が直々にご指示を?」
「違う。儂も兵に混じって探す。今は国家の危機だ、手は一人でも多いほうがいい。指揮は病人に任せろ。分かったら早く手配するんだ」
「は、はい!」
宰相も市長も逃げるように部屋を出ていった。
‥‥しかし、ディアナがなぜ、こんな真似事を?
国を裏切ってまで、王都に聖女として名乗らないその理由は何なのか?




