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訪問聖女と黄金の杖  作者: KMY
第5節 唯一の力
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24.ガストン

儂――ガストン王は、ようやくクローレン王国の西の国境近くにあるメル市へ到着した。まだ歩ける騎士をありったけ集め、それでもできてしまった何十人もの死体を途中の町や村に置いてきた。それぞれの町や村の半分以上もすでに廃墟になっていた。報告には聞いていたが、自分の国がこんな事になってしまい、国民には申し訳ない。一刻も早く、この身を燃やしてでも聖女を王都へ連れ帰らなければいけない。

少しでも負担を減らすため、儂は馬に乗った。儂の乗るような馬車は重く、瘴気にやられた馬に引けるとは思えなかった。儂の乗る馬にも余計な装飾はつけないよう言った。そして兵士たちの体調を考え頻繁に休憩を入れようとしたが、将軍が「あまり休みすぎても病気が進行するだけです。無理にでも歩かせるべきです」と言ってきたのでその通りにした。

道はどこも、明るい晴れた昼だというのに妙に薄暗い。本来聖女にしか見えないはずの瘴気が、普通の人にも見えるということだ。これは国の終焉をあらわす色である。急がなければいけない。

儂は歩けなくなった兵士に馬を譲ったが、その兵士は馬上で死んだ。このようなことが何度も繰り返され、儂が喀血かっけつしたのもあって兵たちは馬を遠慮するようになった。儂たちは、病身に鞭打って強行軍で進んだ。


ようやくメル市の近くへ来た。この村も例によって無人であったが、黒もやは今までのどの村よりも明らかに少ない。


「陛下、あれを見てください!」


宰相がメル市の方向を指さした。なんということだ。昼だというのにあのあたりは妙に明るく、まるで青空があるかのようだった。ああ、つい数年前までは当たり前だった青空、それがここにあるとは。王国各地が壊滅的な被害を受けている中で、ここだけ平和でいられるとは。大聖女は必ずここにいる。聖女は森や湖の浄化も可能だが、大聖女の住むところには一定以上の瘴気は寄り付かないとも言われており、聖女を王都に留め置く大きな理由となっている。大聖女が王都にいるだけで心強い。一日でも早く連れ帰ることで、少しでも多くの命を助けられる。


「今から行きますか?」

「‥‥いや、今から行っても途中で夜になる。儂が来たことを先遣せんけんをやって市長に伝え、兵士たちの療養と聖女捜索の準備をさせよ。儂たちは明日の朝出発する」

「はっ」


あのメル市に、必ず大聖女がいる。‥‥‥‥あわよくば儂の娘ディアナも、メル市で元気に暮らしているといいのだが。


   ◇


翌日の昼、儂はメル市の南端に到着した。ここに来るまでにも多数のテントがあったが、おそらく聖女の恩恵にあずかろうとした人たちだろう。国民にここまで無理を強いてしまい申し訳ない。

多数のメル市の衛兵が出揃う中、市長がハンカチで汗を拭きながら儂の前へ出てきた。‥‥瘴気におかされず元気に動いている人を見るのは何年ぶりか。これだけでも、聖女の存在を信じるに十分だった。


「出迎え感謝する。早速だが市長は、聖女の噂を聞いているかな?」

「それは‥‥詳細は建物の中でお話しますゆえ」

「いや、緊急のことだ、ここでもよい、話してくれ」

「いいえ、屋外でお話するわけにはまいりません」

「?」


屋外で聖女の話をしてはいけないというのは初耳なのだが、何か事情があるのだろうか。儂たちを取り囲む衛兵の隙間から市民たちの野次馬が見える。市民たちが儂のことをどことなく睨んでいるように見える。瘴気の侵略を許した儂の失政を恨んでいるのだろうか。


王都から来た人たちはほぼ全員療養所で休み、儂や宰相などごく一部は市長の屋敷で寝泊まりすることになった。聖女の捜索はメル市の兵士たちが代わりにおこなうという。

儂たちはメル市の北東へ連れてこられた。このあたりには貴族や上級市民が多い。豪華な装飾の施された家の立ち並ぶ石畳の通りで、儂は市長と一緒に馬車に乗っていた。市長は儂の呼びかけには応じるが、なんとなく儂から目を逸らして申し訳無さそうに体を固めているような気がした。この空気に違和感を覚えていると、突然横からスーツ姿の貴族が飛び出してきた。衛兵たちに腕を掴まれながらも、わめいた。


「奏上します! 陛下、聖女に会ってはなりません! 聖女がここを見放してしまいます! ここは王国最後の地です、どうか、どうかお見逃しを!」

「それはどういうことだ?」


儂は馬車から身を乗り出したが、すぐに向かいに座る市長が「それは私が後ほど説明いたします」と言った。


   ◇


「‥‥つまり、そなたは聖女に治療してもらったことがあるのだな」

「はい‥‥」

「聖女がいると知りつつも、国に報告しなかったのだな」

「はい‥‥」

「本来ならそなたは重罪だが、今の今まで報告しなかった度胸に免じて理由を聞いてやる。教えてくれ」


儂は市長の家の応接室で、向かい合っているソファーに座って市長の話を聞いていた。儂はこのメル市に来て初めて苛立ってしまった。この市長は王国転覆を企てているのか、そうでなければ聖女を隠そうとはしないだろう。ああ、頭がくらくらする。しかし国民の苦しみはこんなものではない。儂が折れたら、そのときこそ国の終わりだ。


「‥‥聖女は、王都に行くのを嫌がっているようです」

「なに?」

「聖女に会ったという者が、私にそう説明したのでございます」

「‥‥つまりそなたは伝聞を信用したのだな」

「は、はい」

「まず、その者に真相をたださねばならぬ。聖女に会ったというのなら、本人から直接聞け。そなたも領土を治める立場ならそれくらいすべきだ」

「はっ、申し訳ございません」

「これはなかったことにするが、次はないぞ」

「ははっ‥‥」

「では、お前の兵を動かして問題ないのだな」

「はい、すでに向かわせております」

「手際がよいな、助かる」


しかしこの時、冷や汗を何度も垂らしている市長を見て、儂はこの問題の根深さに気付かなければいけなかった。

なぜ聖女は15年以上も王都をあけていたのか。

なぜここ以外の都市が壊滅的にあると訴える様々な状況があっても、王都に来なかったのか。

聖女は王国を見捨てるのか。見捨てないのか。儂はそれを知りたい。


   ◇


儂は市長の使用人たちに肩を持たれながら、ふらふら歩いていた。


「椅子があちらにございます」

「あ、ああ‥‥」


市長の部屋を出たすぐあとに、儂は頭がふらつき、廊下に倒れた。


儂は車椅子に乗せてもらい、予定より早く寝室に入った。

胸が苦しい。何度も血を吐き、使用人たちに介抱してもらった。

すぐ医師がとんできたが、分かりきっている説明をしたあとは、余命だけ言い残して去っていった。


行軍の無理がたたった。

儂に残された時間はそんなに多くない。

しかし‥‥儂のすべての時間は、この国の人が1人でも多く生きながらえるために捧げる。

1人でも、1人でも、1人でも多く。

必ず聖女を見つけてやる。

この命を捨ててでも。

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