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訪問聖女と黄金の杖  作者: KMY
第4節 聖女の足音
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15.ロゼール

特に日曜日でもないある夜、まだ未明だというのに粗末な大きめの椅子に座っている私は、自分を取り囲む大量の男たちから頭を下げられていた。

私はパジャマを着ていたけど、それだと寒かろうということで厚いコートをかぶせられている。男物の大きなコートだが、けっこう古いもののようで、ほころびが目立つ。部屋も、木の壁や床に穴や汚れが見える粗末なものだ。なにより誘拐されておいて、すがるような目で見られるのが私の頭を混乱させる。

もとの家は? 母は? 私は帰れるの? 元の生活に戻れるの? 何もされないの? 殺されないの? 私の心拍が無意味に大きくなる。それに気付くと、男の1人が私の前に跪いた。耳に大きな輪をつけていて、ぼろいベストを身に着けている痩身の男だった。


「俺たちのボスが瘴気でやられているんだ。どうにか治して欲しい。信頼しているボスなんだ、頼む」

「‥‥なにか液体を入れるための空の袋をください」

「おい、取ってきてくれ」


あと少しで来そうだった。私の心臓が高鳴りを止めてくれない。いかにも症状が出てきそうな状況だったので頼むことができた。

男の持ってきた袋を使って、私は呼吸した。息を吸って、吐いて。私は考えすぎたかもしれない。おもえば袋を頼めるくらいには冷静だった。症状は特に出なかった。袋を口から離して、深呼吸を一回入れる。

どうする。ボスという人を先に治す? それとも、私は元の家に戻れるか先に確認する? ‥‥いや、人命が先だ。


「ボスのところに案内してください。一杯のミルクも一緒に」

「ミルクなら用意してある」


正直、怖い。ボスを治したら私は用済みで殺されるかもしれない。もしこの男たちが、私を瘴気を祓える存在――聖女だと気づいているとしたら、一生ここに閉じ込められて魔法を使わされるかもしれない。男たちに囲まれながら歩いて、私はようやくその可能性に思い至った。私はいうほど冷静ではなかったらしい。


「あの‥」


尋ねようとしたところで階段を登り終わり、そのすぐ前に大男の横たわっているベッドがあった。ここは屋根裏のようで、天井が斜めだった。明かりはないが外からうっすら入っている月光よりも、ボスの顔色のほうがはるかに暗かった。体にうすまいている瘴気を、気配で感じる。これは死まで近い。先ほど男たちに冷静に事情を聞いていれば、きっと私は後悔していただろう。

いつもの調子で。大丈夫。私はボスの頭の方にある棚の上に一杯のミルクの入ったコップを確認してから、手を合わせた。


「コップ一杯のミルクを差し上げます。精霊さん、どうかこの人を瘴気から救ってください」


私の手が白く光る。この人は末期のようだから、少し時間がかかる。ゆっくり。あせらず。大丈夫。

光が消えたところで、ボスの「う、うーん」とうなるような声が聞こえる。


「ボス!」


男たちが私そっちのけで、一気にそこへ集まる。この人たちがどんな人なのか分からないけど、それでも大切な人はちゃんといる。人だかりを見て、私は目を細めた。


   ◇


「こいつは誰だ? 誰の女だ?」


青い月光だけが差し込む部屋で、ベッドに座っているボスと呼ばれる男は、顔はそれほど老けていないのに髪の毛がなかった。スキンヘッドというものだろう。体躯が大きいだけで、着ている服は特別というわけでもなく、周りの男と同じくらい古いものだった。

私の周りを男たちが取り囲んでいる。逃げられない状況には変わりない。でも男たちは、私から距離をとっていた。


「誰の女でもねえっぜ、ボス。こやつは聖女です」

「なに!」


ボスは目を大きく見開いて私を一瞥いちべつして、そして手下どもに怒鳴りつける。


「お前たち、なんてことをしたんだ! 絶対するなと言っただろう!」


その大声は確かに怖いものであったけど、なぜか不思議と溶け込めるような、優しさのこもっているような声だった。


「で、ですが、ボスが死にそうだったんですぜ」

「いいか、俺たち『銀色の狼』はな、真逆の道を歩いているやつの手を借りる必要はない。銀色は白に染められることはない。絶対にだ。俺が死ぬとしたら、それは運命だ」

「それでも!」


男たちは、私をそっちのけで言い争いを始めた。


『銀色の狼』――前世イザベラのときに聞いたことがある。王都周辺や様々な都市を荒らして、金あるものを殺し、子供を誘拐して金をかっさらう酷悪で有名な盗賊団だ。でもボスの言った銀色という響きに、私はなぜか懐かしさにも似た不思議な気持ちを感じた。銀色は前世の私の髪色だからだ。

ふと前世での聖職者の言葉が頭をよぎった。『聖女はすべての人に平等に』はじめはそれを、私を家族や恋人と引き離す呪いの言葉だと思っていた。でも今は、それが心地良い鐘の音のように響いてくる。

前世の私は、どうして聖女になったんだろう。人を助けたかったから。死んでいく人を見殺しにするのが怖かったから。私が父を愛していたのと同じように、誰かの愛する人達を守りたかったから。それができるのが、世界の中で私一人しかいなかったから。『銀色の狼』は確かに愛する人を殺すようなひどい集まりだけど、それでも愛が確かにそこにある。


「ボス。ここに来たのもなにかの縁です。この人たちの中にも瘴気に憑かれている人がいるので、全員治します」

「ならん! 今すぐ帰れ! おいお前ら、こいつを丁重に送り届けろ。触ったやつは殺す」


ボスは私を手で払った。極悪の組織というわりには、その言葉に違和感があった。

私の顔を覗き込むように見ていた側近の男が、他の何人かの男と一緒に「ちょっと来てくれ」と私を外側に誘導した。


屋根裏部屋には壁が三方にあり、台形に囲まれている一面だけ何もなくただ見知らぬ真っ黒な森が広がっている。ここはベランダとして使っているらしく、転落予防なのか、腰ほどの高さにもならない新しめの木でできた柵があった。とはいえ結構な高さがあるようで、足がすくむようだ。


「俺たち『銀色の狼』を知ってるか?」

「聞いたことはあります」

「俺たちは多くの人を殺した。一生裏の世界で生きていくしかないんだ。いったん牢に繋がれたら、二度と俺たちらしく生きていくことはできないんだ」


その言葉を聞いて、私の心がずきんと痛む。分かってはいけないはずの気持ちが、この胸にすごく染み込む。なぜなら私も聖女として、同じ経験をしたから。


「だからボスは、お前が俺たちを改心させようと説得するのを嫌がっているんだ。それにお前の言葉を聞いて子供を逃がすようなこともしたくないんだ。要はお前に恩を売りたくない」

「‥‥それでも、あなたたちはボスを助けたかった。私の気持ちに似ているような気がします」

「いいか、そんなことは絶対に言うな。俺たちなんかをお前と一緒にするな。二度と言わないでくれ」

「分かりました」

「それから、俺たちを街角で見かけたら絶対に近づくな。逃げてくれ。今夜のことは忘れろ」


私は言葉もなく、黙って頷いた。


「じゃあ下りるぞ」


そう言って歩きかけた男たちに、私は声を出した。


「‥‥1つだけ質問することを許してもらえますか」

「内容による」

「なぜ私が聖女だと気づいたのですか? ただ観光に来てパン屋で寝ていただけの普通の少女をどうやって探せたのですか?」


少しの沈黙のすえ、男は頭を抱えてため息をついた。それから、不気味に、漏れるように笑い始めた。


「‥‥そうか、5年もそうやって隠れているつもりだったのか。お前が本当にそう思ってるなら、おめでたい奴だ」

「えっ、それはどういう意味ですか?」

「それはな‥‥」


男が言いかけたところで、いきなり上から声が聞こえた。

懐かしい声だった。聞きたくない声だった。そして、聞こえるはずのない声だった。


「遅れてごめんなさい!」


その声の主は私の目の前に、隕石のように落下した。「はぁ‥」と息をついて立ち上がるその後姿は、見慣れた短い金髪だった。いつもの変装である茶色の上着に真っ黒のズボンを穿いていた。


「フローラ、どうして‥‥? どうして上から?」

「わたくしも浮遊魔法を使うのは初めてで、せっかく精霊が教えてくれたのに手間取ってしまいました」


私の頭の中が一気にこちゃごちゃになる。え、何で? 精霊と話せるのは聖女の中でも特に魔力の高い人だけだよね?


「何でフローラが精霊魔法を使えるの?」

「‥‥後で話します」


そう言って私を背にするフローラは警戒するように、男たちを前にして身をかがめる。


「‥‥大丈夫、大丈夫だから。私に害を加えるつもりはないみたい」

「そうですか‥‥?」

「帰してくれるって言ってるから」

「そうでしたか‥‥それなら帰りましょう」

「待ってくれ」


帰れるなら空を飛んでいつでも帰れるとばかりにフローラが体勢を整えたところで、さっきまで話していた男が発言を再開した。


「ボスを助けた礼とは言わないが、ひとつ忠告させてくれ。ついてこい」


男たちが部屋の中へ入ったので、私もそれについていく。フローラが何か言ってくると思ったが、黙って一歩遅れてついてきた。

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